ブラック労働サンタさん(という名の戦闘員)が子どもたちの笑顔のためにクリスマスの国を守ります

@kossori_013

第1話 クリスマスの国

第一章 クリスマスの国



 雪が降る。

 どこまでも白く、やわらかく、静かに降り続ける雪が、この国のすべてを包み込んでいた。

 ここは一年中雪が降り続けるクリスマスの国。わたしたちの世界のちょうど裏側にあって、クリスマスの訪れとともに、その門が開かれる。といっても、クリスマスの国では、年中どこかのクリスマスと繋がっている。地球のどこかでは必ず夜が訪れ、子供たちが眠りにつく時間がある。だから、時空がゆがんでいるのだ。

 街の中心にそびえる巨大なクリスマスツリーは、まるで生きているかのように、やわらかな光を放っている。その枝には、無数の装飾が輝いていた。金色の星、銀色の鈴、色とりどりのガラス玉。それらはすべて、この国の職人たちが、夜空に流れる星の光から作り出したものだった。


 広場では、毛皮のコートを着た男たちが、大きな木箱を運んでいた。

「おい、これは東京行きだな?」

「ああ、あと三時間で配達時刻だ。急げ」

 男たちの吐く息が白く凍る。だが、彼らの表情は明るい。頬は寒さで赤く染まり、目には温かな光が宿っていた。

 木箱の中には、子供たちへのプレゼントが詰まっている。おもちゃ、絵本、ぬいぐるみ、ゲーム機。どれも、子供たちの願いに応えて、クリスマスツリーの根元に実ったものだった。


 街並みは、まるで絵本の中から飛び出してきたようだった。赤と白のストライプが施された尖り屋根の家々が、雪に埋もれるように並んでいる。その窓からは、暖炉の暖かな光が漏れ出していた。煙突からは白い煙が立ち上り、甘い匂いが漂ってくる。シナモンと砂糖の香り。焼きたてのケーキの匂いだった。

 通りには、色とりどりのイルミネーションが飾られている。赤、青、緑、金色。それらが雪に反射して、街全体がやわらかな光に包まれていた。まるで星屑が降り注いでいるようだ。


 角を曲がると、ひいらぎの農園が広がっていた。

 深緑の葉が雪の白さに映える。小さな赤い実がついた枝を、エプロンをつけた女性が丁寧に切り取っていた。彼女の手は、長年の作業で少し荒れていたが、動きは優雅だった。

「今年の実は、色が濃いわね」

 隣で作業していた老人が、しわくちゃの顔をほころばせた。

「ああ。子供たちの喜びが、よく届いているんだろう」

 この国では、人々の幸せな感情が、植物を育てる。子供たちのクリスマスへの期待、プレゼントをもらったときの喜び、家族と過ごす温かな時間。そうした感情が光となって集まり、この国に降り注ぐ。だから、ひいらぎの実は年々赤く、ツリーの苗木はすくすくと育っていくのだ。


 さらに進むと、祈りの教会が見えてきた。

 白い石造りの建物は、雪に覆われて、まるで天から降りてきたかのようだった。高い尖塔の先には、黄金の星が輝いている。重厚な木の扉を開けると、中は暖かかった。

 ステンドグラスから差し込む光が、床に色彩豊かな模様を描いている。赤、青、緑、黄色。それらが混ざり合い、まるで虹のようだった。ガラスには、サンタクロースが子供たちにプレゼントを配る姿や、天使たちが歌を歌う様子が描かれていた。

 祭壇の前で、白い髭を蓄えた神父が祈りを捧げていた。

「メリークリスマス」

 低く、穏やかな声が、教会の中に響いた。この国では、「アーメン」の代わりに「メリークリスマス」と言う。それが、彼らにとっての最も神聖な言葉なのだ。


 教会を出ると、通りの角にケーキ屋があった。

 ショーウインドウには、ブッシュドノエルが並んでいる。チョコレートクリームで覆われた丸太のようなケーキ。粉砂糖で雪を表現し、小さなサンタクロースの砂糖菓子が飾られている。

 店の扉を開けた女性が、紙袋を抱えて出てきた。茶色の髪を三つ編みにまとめた、若い母親だった。

「今日は特別な日だから、少し奮発したわ」

 彼女は袋の中身を覗き込み、幸せそうに微笑んだ。この国では、パンの代わりにケーキを食べる。そして、鶏を殺さなくても、かまどからローストチキンが現れる。古いレンガ造りのかまどに、ひいらぎの枝と祈りの言葉を捧げると、黄金色に焼けたチキンが、湯気を立てながら姿を現すのだ。まるで魔法のように。


 街の中心に戻ると、巨大なクリスマスツリーの根元に、不思議な扉が並んでいた。

 木でできた扉、鉄でできた扉、ガラスでできた扉。形も大きさも様々だ。それらは、わたしたちの世界への入り口だった。

 ひとつの扉が開くと、そこから暖かな光が漏れ出した。扉の向こうには、眠っている子供の部屋が見える。赤いリボンのついたプレゼントを抱えた配達人が、静かに扉をくぐった。彼の姿が、光の中に溶けていく。

 別の扉からは、家族が集まるリビングルームが見えた。飾られたクリスマスツリーの下に、配達人がそっとプレゼントを置く。誰にも気づかれることなく、彼は素早く戻ってきた。

「ニューヨークの配達、完了」

「次はパリだ。急げ」

 配達人たちが、次々と扉をくぐっていく。彼らの顔には疲れが見えたが、誰もが誇らしげだった。子供たちの笑顔のために働くこと。それが、この国の人々にとっての最高の喜びなのだ。


 空を見上げると、星が流れていた。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。無数の光が、天から降り注いでくる。それは、願いを込めた星だった。世界中の子供たちが、クリスマスに願いを込めると、その思いが光となって、この国に届く。

 流れ星がクリスマスツリーに吸い込まれていく。枝の間を通り抜け、幹の中に溶け込んでいく。そして、ツリーの根元に、新しいプレゼントが実る。大きな赤い靴下の中に、子供たちが望んだものが詰まっている。

 ツリーの周りには、子供たちの声が響いていた。

「やったぁ!プレゼントだ!」

「サンタさん、ありがとう!」

「これ、ずっと欲しかったんだ!」

 その声は、光となって空に舞い上がる。喜びの光が、雪の結晶のように輝きながら、ゆっくりと空へ昇っていく。そして、再びこの国に降り注ぎ、すべてを包み込む。


 夢のような世界。

 永遠に続くクリスマス。

 子供たちの笑顔と、温かな光に満ちた国。

 それが、ここだった。


 しかし。


 雪が降り積もる夜の街角で、異変が起きていた。

 黒い影が、建物の隙間から這い出してくる。ぬるりとした動きで、地面を這いながら広がっていく。その影からは、腐った肉のような臭いが漂っていた。甘いケーキの香りが支配していた空気が、急に澱んだものに変わる。


 影が膨らんでいく。

 黒紫の色をした、巨大な何かが、形を成し始めた。人の背丈を優に超える大きさ。表面は粘液に覆われ、ぬめぬめと光っている。無数の触手が、地面を叩きながらうねっていた。

 怪物の姿が、完全に現れた。

 顔のようなものはない。あるのは、大きく開いた口だけだった。鋭い牙が、何列にも並んでいる。口の奥からは、緑色の液体が滴り落ちていた。それが地面に触れると、ジュウッという音を立てて、石畳を溶かしていく。白い煙が立ち上り、焦げた臭いが広がった。


 怪物が、触手を振り上げた。

 それは、近くの家の壁を叩いた。ドンッという鈍い音とともに、壁に亀裂が入る。赤と白のペンキが剥がれ落ち、レンガが崩れていく。

 家の中から、悲鳴が聞こえた。

「助けて!」

「誰か!」

 人々が家から飛び出してくる。毛皮のコートを羽織った男、エプロンをつけた女性、小さな子供を抱いた老人。彼らの顔は、恐怖で青ざめていた。


 その時だった。


「ギャアアアアアアアアッ!」


 断末魔の叫びが、夜の静寂を引き裂いた。


 怪物の巨体が、宙に浮き上がった。いや、何かに引っ張られて、無理やり持ち上げられたのだ。黒紫の体に、銀色の刃が突き刺さっている。一本、二本、三本。鋭利な刃物が、怪物の体を貫いていた。

 刃が、さらに深く突き刺さる。

 ブシュッという音とともに、怪物の体から、毒々しい緑色の液体が噴き出した。溶解液が、空中を飛び散る。地面に落ちた液体が、石畳を焼き、えぐっていく。白い煙が立ち上り、硫黄のような臭いが鼻を突いた。


「さっさとくたばれ!」


 低く、荒々しい声が響いた。


 ズガンッ!


 銃声が、夜空に轟いた。


 怪物の体に、銃弾が撃ち込まれる。一発、二発、三発。止まることなく、容赦なく、正確に。黒紫の体に、穴が開いていく。そこから、さらに緑色の液体が溢れ出す。

 怪物が、のたうち回った。触手が、無秩序に振り回される。しかし、それも長くは続かなかった。


「クリスマスを邪魔するやつは、許さねぇ!」


 再び銃声が響く。


 ズガン、ズガン、ズガン。


 立て続けに撃ち込まれる銃弾。怪物の体が、ビクビクと痙攣する。触手が、力なく地面に落ちた。そして、巨体が崩れ落ちる。


 ドサッという重い音とともに、怪物は動かなくなった。

 黒紫の体から、ドロドロとした液体が流れ出す。それは、溶解液とは違う色をしていた。黒く、濁った、内臓の一部のような何か。悪臭が、あたりに立ち込める。


「おらっ!ワルモノは汚く惨めに死ね!!」


 声とともに、さらに銃弾が撃ち込まれる。

 もう動かなくなった怪物の体に、執拗に、何度も、何度も。その体が、原形をとどめないほどに、粉々に砕かれていく。

 黒い血が、雪の上に広がった。白い雪が、黒く染まっていく。


 そして。


「ヒャハハハハハハ!!」


 高笑いが、夜空に響き渡った。


 雪がやんでいた。

 雲の切れ間から、星の光が差し込んでくる。

 その光の中に、ひとりの男の姿があった。


 長身の男だった。

 赤い衣装を着ている。だが、それは、もはや真っ赤というより、黒ずんだ赤だった。怪物の返り血が、衣装全体を濡らしている。胸も、袖も、ズボンも、すべてが血に染まっていた。

 男の顔に、血しぶきが飛んでいる。頬に、額に、唇に。それでも、男は拭おうともしなかった。銀色の髪が、月明かりに輝いている。

 男の手には、まだ煙を上げている銃が握られていた。硝煙の焦げ臭い匂いが、空気を汚している。


 男は、冷たい微笑を浮かべていた。

 それは、人を安心させるような笑みではなかった。敵を恐怖させる、冷酷で、残忍な笑みだった。


 人々は、息を呑んで、その姿を見つめていた。

 恐怖と、安堵と、感謝が、入り混じった表情だった。


 男の背後には、巨大な獣が立っていた。

 鹿のような角を持ち、たくましい四肢で地面を踏みしめている。その瞳は、知性を宿していた。獣は、静かに男の隣に立っている。まるで、主人を守るかのように。


 星が、静かに輝いていた。

 雪が、再び降り始める。

 男の赤い衣装に、白い雪が降り積もっていく。


 この男こそが、サンタクロースだった。


 人々を守るというその役割に反して、悪の断末魔と返り血に彩られ、硝煙の焦げ臭い匂いと冷酷な微笑を持って、国の秩序を守る存在。

 返り血でその衣装は真っ赤に染まっている。

 ときに背筋も凍る高笑いをもって、「ワルモノ」を粛清する、恐るべき戦士。


 それが、クリスマスの国において、ひときわ恐れられる存在。


 サンタクロース。


 男は、銃を肩に担ぎ、相棒の魔獣の背に飛び乗った。

 そして、夜空へと飛び立っていく。赤い衣装が、闇の中に溶けていく。


 あとには、粉々に砕かれた怪物の残骸と、黒く染まった雪だけが残された。


 人々は、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。

 やがて、誰かがつぶやいた。


「ありがとう、サンタさん」


 その声は小さく、震えていた。


 しかし、感謝の気持ちは確かにそこにあった。


 クリスマスの国の夜は、再び静けさを取り戻した。

 雪が降る。

 星が輝く。

 遠くで、鐘の音が鳴り響いている。


 メリークリスマス。


 子供たちの笑顔のために。

 この国の平和のために。

 サンタクロースは、今夜も戦い続ける。


 血に染まった赤い衣装を纏って。

 冷酷な微笑を浮かべながら。

 相棒の魔獣とともに。


 夜な夜な空を飛び回り、無慈悲な弾丸をもって、悪を粛清するために。


 それが、サンタクロースの使命だった。


 そして、この物語は、そんなサンタクロースの日常から始まる。


 血と硝煙と、笑い声に彩られた、クリスマスの国の物語が。


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