消せない思い出をキミに

日向千秋

第1話 出会い①

 ただ綺麗だと思った。

 小さな刀を振るい、次々と敵をなぎ払うその姿はどこかで聞いた戦乙女を連想させた。

 小柄なその姿は勇ましくも優麗で。

 

 ひらひらと落ちる色鮮やかな紅葉に包まれ、彼女は静かに佇む。

 夕陽に照らされたその美しい姿に、オレはただ見惚れていたーー。




 この世界にはいくつかの島と一つの大陸しかない。

 大陸西部の国、アインハイト連邦。数々の戦いを経て、近年連邦国家として建国したその国は十の州から成っている。

 

 その一つ、ヴィレ州は国の南西に位置し、西の大国ブロンツと接している。

 州都の街、ゾンダーベルクは芸術と学問の街としても注目を集めており、小さな街ながらも活気にあふれている。

 近隣諸国からの留学生をはじめ、多くの学生が街を行来している。また、隣国との玄関口でもあるため行商人など外部の旅人も多い。

 

 街に点在している何百年もの歴史ある石造りの講堂やその近くのカフェには時間を持て余した学生たちで賑わっている。


 街の中心地には広場と大きな協会があり、そこから長い商店街が続いている。

 街の横を流れるシェーネ川には古い石造アーチ型の橋が架かっており、橋の端には街の出入り口となる荘厳な門がある。


 しかし、この街で最も象徴的な建造物はそれらではない。

 街の横、小高い山の上には巨大な石造りの城がある。この州を治める公爵の居城、ゾンダーベルク城である。

 城へは街から一本の道が伸びており、時折荷馬車が通っていく。

 

 そんな街の昼下がり、教会近くの食堂から一人の少年が籠かごを背負って出てきた。

 くすんだブロンド髪の少年は白いよれたシャツに茶色いウールのズボンを履いた、どこにでもいる素朴な少年だ。


「レッカーさん、ちょっと山まで行ってきます。栗や胡桃は少し早いかもしれませんが山菜だけでも採ってきます。夜の営業までには戻ります」


 すると店の中から大柄な男が白いコック帽を片手に出てきた。


「ハンス、最近野盗がここいらにも出るようになったらしいぞ。気を付けて行けよ」


 男は店の入り口で取り出した煙管を吸いながら、少年に警告する。

 日焼けしたあさ黒い肌に、白髪まじりの長い茶ひげの男は太い眉毛を寄せながら少年を見送る。

 

「気を付けます。いざとなったらすぐに逃げますよ」

 

 ハンスと呼ばれた少年はエメラルドの瞳を細め、雇い主に笑顔で返した。

 


 少年は短い髪を風に揺らして街の中を歩いていく。

 彼が向かう先は川を渡った先にある裏山だ。道中一山ひとやま超えるが、そんなに遠くもない。

 

 昼時を終え、辺りには午後の授業や仕事に戻っている者、買い物をしている主婦などが街を歩いている。

 

 橋の街側の袂たもとには出入り口となる門がある。いつも門番が二人立っているが普段は誰でも出入りできる。しかし陽が落ちると街外へは出れるが、街中へは入れなくなる。

 

 夏も終わり、秋に入りかけているこの時期、日は短くなり、閉門の時間も早まる。

 ハンスは門をくぐりながら、日没までの時間を逆算し問題ない事を確認する。

 

 雇先の店主は野盗の心配をしていたが、いつも採取している場所だ。日が落ちる前には戻れる距離だし、危険はほとんどないだろう。ハンスの足取りは軽い。

 

 門を通り過ぎてすぐ、橋ですれ違う人々の中に10歳くらいだろうか、母親と手を繋いで歩いている白いワンピースの少女が目に入る。

 

 ハンスはその姿を見るや否や思わず足を止めてしまった。

 そして母子とすれ違ってから思い出したかのように再び歩き出す。

 しかし、次第に歩く速度は速くなり、橋を渡りきる頃には走りだしてしまっていた。

 必死に何かから逃れるようにーー。



 

 

 目的の場所にたどり着いたハンスはさっそく山菜やキノコを採っていく。秋は始まったばかりで、栗や胡桃などはまだ見当たらない。

 色づいてきた葉の色に夏の終わりを感じながら、ハンスは黙々と採取していく。

 

「これは違うな…このルッコラは持っていくか。ポルチーニがあれば香りづけができていいんだが…これはアンズダケか。持っていこう...」

 独り呟いて、次々と横に置いた籠に入れていく。


――ザッザッザ。

 どこからか落ち葉を踏む足音が聞こえてきた。動物ではない、人間だ。それも大勢の。

 これは異様な状況だ。普段ここには狩人や木こり以外山中に人は滅多に来ないし、仮にそうであってもこんなに大勢で行動することはない。

 ハンスは採取を中断し、足音がする方から見えないよう籠を持って草影に隠れる。


『最近野盗がここらへんにも出るようになったらしいぞ』


 先ほどの雇い主の言葉が脳裏をよぎる。


 ――まさかな...。

 

 隠れた草影から足音のする方を慎重に伺う。


 奥から出てきたのは、十人程の剣を持った男たちだった。恰好に統一性は無く、みすぼらしい恰好をした者、比較的きれいなシャツや靴をは履く者、鎧を着ている者など様々であったが、その衣服の多くに赤茶色の血痕が付着していた。

 

 思わず手で口を抑えるハンス。統一性のない恰好、盗品や略奪品と思われる衣服や装飾品。間違いない、野盗の一団だ。

 絶対に気づかれてはいけない。気づかれれば、命はない。

 血の気が一気に引く。

 ハンスは息を凝らし、一歩たりとも動けない。


 野党たちは隠れるハンスに気づく様子もなく何やら話し込んでいる。

 

「おい、言ってた話とちげぇじゃねえか。女がいるって言ってたのによ」


 一人の男が剣を肩に担ぎながらあたりを見渡す。

 

――女?オレを見間違えたのか。

 

 また別の男が答える。

「あれぇ~?おかしいでやんすね。さっき小柄な黒髪の女を見かけたんでやんすが…」

 

――黒髪?オレじゃない…なら、その女ひとが危ない。

 

 ハンスは動けないながらも目線だけ動かす。


 すると不意に野盗の一団に向かって歩く人影が現れた。

 ハンスの目の前を通り過ぎたその人影は小柄な黒髪の少女だった。

 俯いてふらふらと歩く彼女は目の前の野盗に気づいていない。

 しかし、ハンスは声も発せず、動けもしなかった。


「お頭!コイツ!コイツでやんすよっ。珍妙な恰好をした黒髪の女っ」


 下っ端らしい男が指をさして全員に知らせた。

 お頭と呼ばれた男は、にやりと笑いながら舌なめずりをする。

 

「ちとガキっぽいが、まあいい。楽しませてくれそうじゃねーか」

 

 周りの男たちも笑い、全員の視線が少女に向かう。


 少女は確かにこの辺りでは見ない身なりをしていた。

 

 俯いており顔はよく見えないが、東方から来る行商人に似た風貌だ。顎下に切り揃えられた黒髪、藍色の着物にえんじ色の帯を巻き、下はこれまた藍色の短いズボンにひざ下まで伸びる長い紺色のソックス。

 靴は妙に上等そうな皮製のブーツだ。

 首からは銀のチェーンに黄金色をした鉱石のネックレスを下げている。

 

 奇妙なのはそれだけではない。

 少女は女性が一人で背負いきれないような大荷物を背負っていた。


 その大荷物に野盗たちも気づいたのか、頭らしき男が歓喜した。


「ヒュ~、珍しいものたくさん持ってそうじゃねえか。その荷物もお前も高く売ってやるよ」


 その声に反応してか、少女がピクッと動きを止めた。ゆっくりと顔をあげて何かをつぶやく。

 

 顔を上げた少女に野盗たちは更なる歓声を上げる。


 野盗の一人が言った。

「ここら辺では見ねえ顔立ちだがなかなかの上物じゃねえか。俺たちに任せたら悪いようにはしねーよ」

 

 また別の男が少女の肩に手を掛けようとする。


――もう無理だ...。助からないっ。ごめん…。

 

 ハンスは見ず知らずの少女に心の中で謝り目を背けた。


「ぎゃあああぁぁぁ!!!」


 男の叫び声が周囲に響き渡る。

 とっさに目を向けると、ハンスは信じられない光景を目にした。

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