零れ落ちた欠片

毛井茂唯

第1話 忌み子と孤児



 白い肌に白い髪。瞳は真紅。薄汚く汚れようとその容姿は目立つ。

 周りが黒髪黒目ばかりだから、当然と言えば当然だ。


『また来ているわ。忌まわしい』

『早く死なないかしら。とばっちりは御免よ』

『化け物の子どもだ。あいつがいると化け物が寄ってくるに違いない』

『しかし、殺せば化け物が大地を覆うほど出てくるぞ。呪いの子だ』

『恐ろしや、恐ろしや……』


 俺は呪われているらしい。

 確かにその通りだ。

 他の子どもと違って親はいないし、食べるものもないし住む家もない。

 屋根のある場所を転々としている。そしてすぐに見つかって追い出される。

 少しだけ住んで様子を確かめて、駄目そうだったら別のところへ移る。今回も駄目そうだ。



 また別の町に移った。

 そこには化け物がいた。

 町の人たちは化け物に襲われていた。

 二足歩行の角の生えた馬だった。

 俺は殴ってそいつをぶっ殺した。化け物退治は生まれつき得意だ。

 町の連中は俺が化け物を嗾けたと言って石を投げてきた。今回も駄目そうだ。



 寂れた村に来た。

 そこには誰もいなかった。

 ほとんどの家が黒焦げになっていた。

 どうやら火事が起きたらしい。無事な家もあったので住まわせてもらう。

 食べ物は山に入れば見つかりそうだ。近くに川もあったから魚も食べられる。

 暇もあるので焼けた家を撤去して、森を切り開いて地面を均した。

 畑でも造れればいいけど俺に知恵はない。

 毎日毎日地面を均し続けて、周りの化け物を殺して回った。


 そうやって季節が一巡したくらいで久しぶりに人間を見た。俺を見てどこかに消えた。

 何日かして人が沢山来た。


『殺せ!白い化け物だ!』

『化け物を殺せ!土地を奪い返せ!』


 矢を射かけられ、槍で追い立てられ、刀で切り付けられた。

 どうやら俺を化け物と思っているらしい。土地を大分綺麗にしたのに勿体ない。

 今回も駄目そうだ。


 

 人里に近づくのを止めて、山で暮らした。

 化け物は少なく実りもある。お腹いっぱいは食べられないけど生きてはいける。

 最初からこうしておけばよかった。

 でも仕方ない。俺は人の中で暮らしてみたかったんだ。

 今でもそうだけど、痛いのは嫌だ。



 10年の時間が流れた。

 相変わらず俺は化け物扱いだけど、人の中に少しだけ入ることが出来ている。

 俺が化け物でも、化け物を殺す化け物として人から重宝されていた。

 俺みたいな化け物を倒す人間のことを、退治屋と呼ぶらしい。

 人間は俺を恐れているが、同時に自分より弱いものと思っているようだ。

 何故恐れているのに弱いと思っているのかよく分からない。化け物が倒せても頭が良くないからだろうか。



 また化け物の退治を依頼された。

 今回の化け物は、特別な武器がないと倒せない位、すごく強いらしい。

 依頼されるときに不思議な雰囲気の人と会った。

 白髪の混じったゴワゴワとした髪と髭、皺だらけの顔。みすぼらしい服から除く腕は黒光りする金属のように滑らかで俺の胴体より太い。

 とても強い気配のする人だった。

 その人は人間から恐れ敬われていた。

 鍛冶の神様と呼ばれていた。


『ほお、人間の中にこれほど清い気のものが生まれていたか。まさに英傑の原石だ。名は何という』

『ない』

『ナイというのか。不思議な名だな』

『名がない』

『名が、無いのか?』

『ない』

『……』

『……』


 案内された先にいたのは大きな二足歩行の牛だった。持ち手の長い斧を持っていたが、化け物は別に強くなかった。

 刀という刃の武器を預かったが、使い方が分からなかったので、放り捨てていつ通り素手で殴った。

 化け物の腹に大穴が空き、そのまま消滅した。

 なんだ、何時も通り武器がなくても倒せるじゃないか。

 鍛冶の神様は豪快に笑っていたが、他の人間は俺を化け物と呼んで恐れていた。


『良い、実に良いぞ!坊主、儂の元に来い、修行を付けてやる』


 来いと言いながら、既にドスドスと足を踏み鳴らして前に進んでいる。俺はその背中について行った。


 それから碌な休憩もなく三日歩いた先に町があり、その外れに鍛冶の神様の家、小さな小屋があった。

 火の臭いの強い、鉄の道具が沢山ある小屋だ。


『イヨ、帰ったぞ。それと子どもを拾ってきた。面倒を見てくれ』

『神様お帰り~……子ども拾ってきた!?』


 そこには俺と同じくらいの年の女がいた。名前はイヨという。

 髪は黒く短い。日焼けした肌には黒い煤が付いて汚れていた。でも瞳は炎のように茜に光り輝いている。


『うわぁ……真っ白な子だね。アルビノってやつかな。でも外にいても日焼けはしてないね』

『うぇあっ!!』

『あ、ごめん!ビックリしちゃった?』


 突然腕を触られて、肌を撫でられて驚いた。

 今まで触れてくる人間などいなかったから余計に驚いた。


『ついでに名前がない。イヨが付けてやってくれ』

『犬や猫じゃないんだから。君も嫌だよね?』

『俺は別にいい。でも俺は人から名前を聞かれたことがなかったから必要ないと思う』

『……ちょっと待ちなさい。お姉さんが真面目に考えてあげるから』


 難しい顔をしつつ名前を考える女。

 別に何でもいい。白い化け物とか、呪いの子は嫌な気がするけど、呼ばれ慣れてはいる。


『決めた、君の名前はシンヤでどうだ!』

『わかった。これからそう名乗る。聞かれる機会があれば』

『おおそうか、シンヤか、善き名だな。ちなみに意味は何だ』

『音が良さげかなと』

『…おい坊主、やっぱり別の名にするか?』

『シンヤでいい。悪くない』


 初めて贈られたものに文句などない。

 俺もシンヤという音は気に入った。


 俺はシンヤだ。



 それからは鍛冶の神様の家に厄介になった。

 鍛冶の神様は、時間のある時は俺に武術を教えてくれる。

 でも他所にも弟子がいるのでよく出かける。

 直接教わる頻度はそう多くはない。

 代わりに課題を出されて、ひたすらそれをこなしている。


 イヨは鍛冶の神様から鍛冶を学んでいる。

 鍛冶の神様が、河原で捨てられていた子どものイヨを拾って育てていたら、鍛冶を習いたいと弟子入りしてきたそうだ。

 毎日鉄を打ったり、鉄を集めたり、鉄を研いだりしている。

 俺から見ても、変わった女だった。



『シンヤ、薪にする木材集め行くよ~』

『分かった』


 俺は棍棒の素振りを止め、棍棒の代わりに斧を持ってイヨの元へ向かった。

 いくつかの月の満ち欠けの時が流れ、俺はイヨと行動を共にするようになった。

 単純に労働力として重宝されている。

 町の住人からの扱いは相変わらず化け物扱いだ。

 イヨは俺よりもマシだが、あまりよく思われてはいない。


『才もないくせに鍛冶の神様に教わっているのが気に食わない、女が鍛冶をするなんて生意気だ。目の色が気色悪い。ジェラシー、ジェンダーハラスメント、果てはメラニン色素の違いで差別なんて嫌な時代だよね。まったく』

『そうか。よく分からん』

『なははは、そうだよね。……この時代がいつなのか、私にも分かんないんだけどね~』


 イヨは俺のよく分からない言葉を使うことがある。

 意味は分からないが、抱えている感情は分かる。


『イヨは俺の事、化け物と思わないのか?』

『なして?君みたいないい子を化け物とは呼ばないかな。素直だし仕事熱心だし。常識知らずなところはあるけど、そこはイヨ姉さんがしっかり教育してあげるから任せといて』

『俺はイヨのこと知っている。よく勉強していて、鍛冶の腕を磨く努力していて、家の事に手を抜かない。よく分からない言葉を使ってきて混乱させられるけど、今まであった人間の中で一番誠実で優しい人だと思っている』

『急にどうした~。何か欲しいものでもあるのかな~』


 照れるようにはにかみ、こちらをのぞき込んでくる。

 俺はイヨの夕暮れのような朱い瞳を見詰め返した。


『俺はイヨに化け物じゃないって言われるだけで救われる。イヨには足りないかもしれないけど、俺が今言ったこと知っておいてほしいと思った。俺はイヨを尊敬している』


 イヨは明後日の方向を向いて咳き込んだ。

 すぐに振り返ってこちらに向けた顔はどこか怒ったような顔で、頬が少し赤かった。


『このおませさんがっ、お姉さんを誑かそうなんて10年早いよ!』

『誑かすってなんだ?』

『知らない!教えてあげない!』


 イヨは舌を出して目元を指で押し下げる不思議な動作をした。

 そして花開くようにパッと笑顔を浮かべ走り去ってしまった。

 イヨの考えも表情の意味も全然分からないけど、俺はこのゆったりとした時間が続いてほしいと思った。













『カバーストーリー:神に望まれ生まれし人の子』



 神と人とが関り、因果によって生まれた人の子。

 神が人に望むあらゆる性質を持って生まれた。

 その者の肉体に宿りし清き力は、人の不浄を払う。

 その者の魂に宿りし清き気は、人に幸福をもたらす。

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