攻撃力ゼロな底辺魔族女子ですが、魔王城を制圧した推し(勇者)を追って人間社会に転職します

🐟渡り漁夫

第1話 完璧な図形 

 防御術は、数ある魔法の中でも底辺の扱いを受ける。


 力がすべての魔族社会において、守りだけが得意な私のような魔人は、早々に出世を諦めるか、あるいは前線で使い捨ての盾にされるかの二択だ。


 攻撃力こそ至高。


 破壊規模こそステータス。


 それがこの世界の絶対的なルールだ。


 だから、私が魔王城みたいな超エリート職場の、しかも「総務部」なんていうホワイト部署に就職できたのは、奇跡に近い。


 確かに自分でも、かなり珍しいタイプだという自覚はある。


 私の一番古い記憶は、幼少期に森で狼の群れに襲われた時のことだ。


 恐怖でパニックになった私は、魔力を外に爆発させて攻撃するのではなく、内向きに凝縮させた。


 結果、私の体を囲うように、透明な殻ができて狼を弾き飛ばした。


 初対面の魔人にこの話をすると、いつもドン引きされる。


「え、そこは普通、燃やすとこでしょ?なんで攻撃しないの?」と。


 みんな幼いころは、本能的に雷撃をぶっ放したり、業火で敵を消し炭にしたりするものらしい。


 攻撃ができない———この致命的な欠点のせいで、ずっと他の魔人から遠ざけられ、罵られ、惨めに生きてきた。



 ◇ ◇ ◇



 私は技師エンジニアとして、魔王城の総務部技術課に配属された。


 仕事内容は、上下水道のメンテナンスや、城内移動魔法陣の保守点検。


 攻撃魔法が使えない劣等魔人の私には、お似合いの裏方仕事だ。


 ある日の午後。


 資材搬入口で検品作業をしていると、遠くの演習場から爆音が響いた。


「うわっ、また軍部の脳筋どもか!」


 技術課の先輩職員が叫ぶのと同時に、空から巨大な火球が飛んでくるのが見えた。


 どうやら演習で手元が狂ったらしい。このままだと直撃だ。私たちがローストビーフになってしまう。


「みんな、防御障壁を展開しろ!資材を守れ!」


 先輩たちが慌てて火球の方向に手をかざす。


 彼らの前方に、四角い光の壁———「平面障壁」が展開された。


 ズドン!!


 火球が障壁に激突する。


 凄まじい熱量と圧力。先輩たちの障壁はミシミシと悲鳴を上げ、亀裂が走り始めた。


「ぐあぁっ……!重い!威力が強すぎる!」

「角度が悪いぞ!正面から受けるな、耐えきれない!」


 平面の障壁は、衝撃を「面」で受け止めてしまう。相手の出力がこちらを上回れば、いずれ割れるのは自明の理だ。


 見ていられない。私はため息をついて、先輩たちに並んだ。


「おい、新人!? 危ないから下がってろ!」


「失礼します」


 私は手のひらを軽く上げながら唱える。


障壁バリエーレ


 展開したのは、壁ではない。


 私と資材を包み込む、ドーム型の障壁だ。


 火球が私の障壁に触れた瞬間———ツルッ、と奇妙な音がした。


 火の玉のエネルギーは、私が展開した球体障壁の曲面に沿って、滑るように軌道を変え、空の彼方へと弾かれていった。


 遠くの空で、遅れて爆発音が響く。


「は……?」


 先輩たちが口をあんぐりと開けている。


「な、なんだ今のは!?弾いたのか?」


「おい新人、あの障壁の形はどういうことだ!?球体……?立体の障壁なんか聞いたことないぞ...?」


「強度が均一で、一番表面積が小さい形のはずなんですが」


 私は淡々と答えた。


 あとで聞いた話によれば、平面に比べて複雑な立体障壁を保つことは非効率で、ふつうはすぐに魔力切れを起こしてしまうものらしい。


 だが、私にとってはこれが一番自然。呼吸をするよりも簡単な魔法だった。

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