第29話:式神使いと、食い荒らされた呪術

「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)! 縛(ばく)!」


陰陽師が扇子を振るうと、空中に浮かんだ五枚のヒトガタ(紙人形)が、青白い光の鎖に変化した。 それは生き物のように迅(ジン)の手足に絡みつき、締め上げる。


「グッ……!」


「動けまい。これは霊力を物理的な重みに変換する『千貫(せんがん)の呪(のろ)い』だ」


陰陽師は勝ち誇ったように笑う。 路地裏から見ていたテツが飛び出そうとするが、迅が視線で制する。


「ほう……なるほどな」


迅は全身からミシミシと音を立てながら、不敵に笑った。


「紙切れにしちゃあ、重てえな」


「減らず口を。……その薄汚い首、帝都の浄化のために切り落としてくれる」


陰陽師は懐から、黄金に輝く「独鈷杵(どっこしょ)」を取り出した。 先端が鋭く尖った、金属製の法具だ。 そこから高密度の殺気が放たれている。


「この『降魔(ごうま)の杵(きね)』で眉間を貫けば、貴様の魂ごと消滅する」


「へえ、いい色してやがる」


迅の視線は、法具に釘付けだ。 いや、見ているのは迅ではない。 彼が合図を送った先にいる、もう一人の「怪物」だ。


「死ね、狼藉者(ろうぜきもの)!」


陰陽師が独鈷杵を振り上げた、その刹那。


「いただきまーすッ!」


横合いから弾丸のような影が飛び込んだ。 テツだ。 彼女は迅の拘束を解こうとしたのではない。 陰陽師が持つ、その「美味しそうな金属」に食らいついたのだ。


ガリィッ!!


「な……ッ!?」


陰陽師の手から衝撃が走る。 彼が絶対の信頼を置いていた国宝級の法具・降魔の杵が、少女の顎(あご)によって先端から噛み砕かれたのだ。


「ん〜ッ! これ、ピリピリして美味しい!」


テツは口の中で法具を咀嚼(そしゃく)し、バリボリと音を立てて飲み込んだ。


「ば、馬鹿な! それは高僧が百年かけて祈祷した聖遺物だぞ!? それを食うなど……!」


陰陽師が呆然としている隙に、呪いの鎖が光を失う。 術の核(法具)を破壊されたことで、拘束力が霧散したのだ。


「ご馳走さん」


自由になった迅が、ボキボキと首を鳴らす。


「テメェの自慢のオモチャは、ウチのガキの腹の中だ。……で? 次は何を出す?」


迅が一歩踏み込む。 陰陽師は青ざめ、後ずさる。 武器はない。術も破られた。残っているのは、ただのエリートとしての無駄なプライドだけ。


「ひ、ひいいッ! く、来るな! 私は帝都の守護者――」


「守護者が聞いて呆れるぜ」


ドゴッ!


迅の裏拳が、陰陽師の顔面を捉えた。 烏帽子(えぼし)が飛び、鼻がひしゃげる。 陰陽師はゴミのように路地の壁まで吹き飛び、動かなくなった。


「さて」


迅は気絶した陰陽師の懐を探り、通行手形のような木札を抜き取った。 『御所(ごしょ)・通行許可証』。 これがあれば、帝都の中枢へ堂々と入れる。


「手間が省けたな」


「ジン、もっとないの? あのピリピリするやつ、おかわり!」


「ねえよ。……行くぞ、テツ。本丸は目の前だ」


迅は夜空にそびえる巨大な城――御所を見上げる。 そこから漂う血の匂いは、これまでとは桁違いだ。 緋桜(ヒザクラ)。 彼女はもう、あの中で「何か」を始めている。


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る