第14話:魔都、あるいは欲望の吹き溜まり
西の荒野を抜け、二人が辿り着いたのは、巨大な「壁」だった。 黒い岩を積み上げて作られた、高さ二十メートルはある城壁。 その内側から、異様な熱気と騒音が漏れ出している。
「……ここが、魔都か」
迅(ジン)が見上げると、城門には人間と鬼が入り混じった長蛇の列が出来ていた。 通行手形を持った商人、鎖に繋がれた奴隷、そして堂々と歩く鬼たち。 ここでは「力」と「金」だけが法律だ。
「ジン……怖いよ。空気がドロドロしてる」
テツが迅の背中に隠れる。 彼女の感覚は鋭い。この街全体が、欲望という名の瘴気(しょうき)に覆われているのを感じ取っているのだ。
「離れるなよ。迷子になったら、その瞬間に売り飛ばされるぞ」
迅はテツの手を引き、列に並ばず、門番の鬼に近づいた。
「あァ? 何だテメェは。列に並べ――」
門番が槍を突き出す。 だが、迅は無言で懐から「金貨」を一枚弾いた。 チャリン。 金貨が門番の胸元に吸い込まれる。
「……ヒヒ。通りな。いい旅を」
門番は卑屈な笑みを浮かべ、道を空けた。 この街では、正義よりも金貨一枚の方が重い。
門をくぐると、そこは極彩色の地獄だった。 建物は無秩序に増築され、迷路のように入り組んでいる。 路地裏では博打(ばくち)が行われ、表通りでは鬼が人間の肉を焼いて売っている。
「いらっしゃい! 新鮮な肝(キモ)だよ!」 「夢見の薬はいらんかね! 一晩で極楽に行けるよ!」
喧騒(けんそう)と悪臭。 だが、迅の表情は変わらない。 彼は雑踏をかき分け、街の中心にある巨大な掲示板へと向かった。
そこには、賞金首の手配書や、裏仕事の依頼書がびっしりと貼られている。
「……ないな」
迅が探しているのは『緋桜(ヒザクラ)』の情報だ。 だが、これだけの情報が集まる場所でも、彼女の名は見当たらない。
「お兄ちゃん、あれ……」
テツが指差したのは、掲示板の隅に貼られた、一枚の古びた紙だった。
『求む、用心棒。行き先は“死の谷”。報酬は望むまま』
依頼主の名は書かれていない。 だが、その紙の端に、小さく「桜の花びら」の印が押されていた。
「……!」
迅の目が鋭く細まる。 罠か? それとも偶然か? いや、あの女のことだ。これも「遊び」の一環に違いない。
「面白え」
迅はその依頼書を乱暴に剥がし取った。
「行くぞ、テツ。……招待状が届いたらしい」
「え、ええっ!? また危ないところに行くの!?」
「嫌ならここで待ってろ。すぐに喰われるだろうがな」
「やだぁ! 行く! ジンと行くぅ!」
泣きつくテツを引きずり、迅は依頼主の元へ歩き出す。 魔都の喧騒さえも、彼にとっては復讐へのBGMに過ぎない。 その背中を、建物の屋根から見下ろす「影」があることにも気付かずに。
(続く)
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