第8話:鉄を喰らう少女

鬼の城下町を抜け、荒野を行く。 青年の足取りは重くないが、懐具合と装備の状態は最悪だった。


「……チッ、刃こぼれか」


腰の刀を抜き、ため息をつく。 あの巨鬼(オーガ)・黒鉄の腕をへし折った際、刀身に亀裂が入っていた。 所詮は、野盗から奪ったナマクラだ。青年の膂力(りょりょく)に耐えられる代物ではない。


「新しいのが要るな」


次の街まで保(も)つか怪しい。 そう考えていた矢先だった。


カキン、カキン。


岩陰から、硬質な音が聞こえてきた。 警戒しながら覗き込むと、そこにいたのは「人間」だった。


薄汚れた襤褸(ぼろ)を纏(まと)った、痩せこけた少女だ。 年齢は十歳くらいか。泥だらけの顔で、一心不乱に何かを齧(かじ)っている。


「……おい」


青年が声をかけると、少女はビクリと震え、脱兎のごとく後ずさった。 その手にあるものを見て、青年は眉をひそめる。


少女が齧っていたのは、パンでも芋でもない。 錆びた「鉄クズ」だった。 口元から、赤茶けた錆(さび)と血が混じった唾液が垂れている。


「……テメェ、何者だ?」


「ひッ……! ご、ごめんなさい……! これ、捨ててあったやつだから……!」


少女は掠(かす)れた声で謝りながら、鉄クズを隠そうとする。 その瞳は、人間離れした金色に濁っていた。


「忌(い)み子か」


青年は瞬時に理解した。 鬼の血が濃く出た人間、あるいは特殊な呪いを受けた子供。 親に捨てられ、こうしてゴミを漁って生きているのだろう。


興味はない。 青年は踵(きびす)を返そうとした――が。


「お兄ちゃん……その刀、泣いてるよ」


少女の言葉に、青年の足が止まる。


「……何だと?」


「痛いって言ってる。もう限界だって。……私なら、直せるかも」


少女は怯えながらも、青年の腰にある錆びた刀を指差した。


「ハッ、直せるだと? 鍛冶屋でもねえガキが」


青年は鼻で笑うが、同時に違和感を覚える。 この少女からは、奇妙な「金属の匂い」がするのだ。


その時だ。


「おい! いたぞ、あのゴミあさり!」


岩場の向こうから、粗暴な声が響いた。 現れたのは、武装した男たち。野盗か、あるいは人攫(ひとさら)いか。


「村の鉄を盗みやがって! 捕まえて売り飛ばせ! 見世物小屋なら高く売れる!」


男たちが下卑た笑みを浮かべて包囲する。 少女は青年の足元に縋(すが)りついた。


「た、助けて……!」


青年は冷めた目で見下ろす。


「断る。俺は子守りじゃねえ」


彼は躊躇なく少女を蹴り離そうとした。 だが、男の一人が青年に向かってナイフを向けたのが運の尽きだった。


「あァ? テメェも同類か? なら纏(まと)めて――」


「邪魔だ」


ドスッ。


青年の裏拳が、男の顔面を陥没させた。 鼻と前歯が消失し、男が吹き飛ぶ。


「あ?」


残りの男たちが凍りつく。 青年は面倒くさそうに首を鳴らした。


「俺の刀が『直してくれ』ってうるせえんだよ。……おい、ガキ」


青年は震える少女を見下ろした。


「本当に直せるなら、助けてやる。だが、嘘だったら」


彼はニヤリと笑う。鬼よりも凶悪な笑みで。


「その鉄クズと一緒に、テメェも喰うぞ」


少女は涙目で、それでもコクりと頷いた。


「や、やれぇ! 殺せ!」


野盗たちが襲いかかる。 だが、それは戦闘ですらなかった。 ただの「掃除」だ。


荒野に血飛沫(しぶき)が舞う中、青年と、鉄を喰らう少女の奇妙な契約が成立した。 孤独だった復讐の旅路に、小さなノイズが混ざり始めた瞬間だった。


(続く)

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