第4話:鉄錆山の晩餐会

鉄錆(てつさび)山は、その名の通り、赤茶けた岩肌が露出した死の山だった。 草木は枯れ、風が吹くたびに鉄の味がする砂埃が舞う。


「……臭(くせ)ェな」


青年は鼻に皺(しわ)を寄せた。 腐臭だ。それも、かなり熟成された濃密なやつだ。


中腹にある廃村に差し掛かった時だった。


「グルルルゥ……」


崩れた民家の影から、無数の光る目が現れた。 一、二、十、二十……。 はぐれ鬼の群れだ。どれも飢え、共食い寸前の痩せ細った体躯をしている。


「人間……! 柔らかい肉だ!」 「喰わせろ! 俺に喰わせろ!」


理性など欠片もない。 欲望だけに駆動された肉の波が、青年に押し寄せる。


普通の人間なら、恐怖で失禁して動けなくなる光景だ。 だが、青年は――欠伸(あくび)をした。


「なんだ、雑魚(ザコ)ばっかりかよ」


彼は腰の刀を抜かない。 代わりに、足元の手頃な岩を蹴り上げた。


ドォォォォン!!


砲弾のような速度で飛んだ岩が、先頭の鬼の上半身を粉砕した。 血煙が舞い、肉片が雨のように降り注ぐ。


「え?」


後続の鬼たちが足を止める。 その一瞬の隙に、青年はすでに群れの中心に飛び込んでいた。


「晩飯の準備運動にゃあ、丁度いい」


そこからは、一方的な蹂躙(じゅうりん)だった。


青年の拳が鬼の腹を貫通する。 蹴りが鬼の首をへし折る。 爪で引き裂き、牙で喉笛を食い破る。


刀を使わないのではない。使うまでもないのだ。 鬼を殺すのに、鉄など不要。 より強い鬼の力でねじ伏せればいい。


「ギャアアアア!」 「な、なんだコイツは!? 化け物か!?」


鬼たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。 狩る側と狩られる側が、完全に逆転していた。


数分後。 廃村は静寂を取り戻した。 ただ、地面が赤く染まり、死体の山が築かれている点を除けば。


「……ッペ」


青年は口の中に残った不味い肉片を吐き捨てる。 やはり、雑魚鬼の味は泥のようだ。空腹は満たされない。


「おい、そこの生き残り」


青年は、瓦礫の下で震えている小鬼に視線を向けた。 小鬼は失禁し、涙目で首を振っている。


「緋桜(ヒザクラ)……あの桜色の女はどこだ?」


「し、知らない! 俺たちはただ、ここを縄張りにしようとしただけで……! でも、奥の洞窟に! 洞窟に『主(ぬし)』がいる! そいつなら何か知ってるかも!」


「主、か」


青年はニヤリと笑う。 主と言うからには、それなりに上質な「餌」なのだろう。


「案内しろ。……あァ、逃げようとしたら」


青年は足元の鬼の頭を踏み潰した。 グシャリ、と濡れた音が響く。


「デザートにするからな」


小鬼は悲鳴すら上げられず、何度も頷いた。


青年は死体の山を乗り越え、山の深部へと歩き出す。 その背中で、空腹の胃袋が「グゥ」と小さく鳴った。


(続く)

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