【番外編】「父と、月夜の客」──ガルド視点

【番外編】「父と、月夜の客」──ガルド視点


 その夜、俺は一人で家を出た。


「ちょっと見回りに行ってくる」


 リーナにそう言い残して。嘘じゃねえ。見回りには行く。ただ、その後に寄り道をするだけだ。


 村の外れにある、小さな小屋。

 かつて狩人が使っていた廃屋を、少しだけ手入れした場所。


 扉を開けると、女が待っていた。


「遅かったじゃない」


「悪い。ハルがなかなか寝なくてな」


「ふうん。息子思いなのね」


 マーサ。三十路手前の、村の未亡人だ。三年前に旦那を病で亡くして、それ以来一人で暮らしている。


 こいつとの関係が始まったのは、半年前。

 酒場で酔い潰れていたマーサを、俺が家まで送ったのがきっかけだった。


「……寂しかったの」


 その夜、マーサはそう言った。

 俺は、応えちまった。


「今夜も、いいのかしら」


 マーサが、俺の胸に手を当てる。

 薄い寝巻き越しに、体の熱が伝わってくる。汗ばんだ肌が、月明かりに濡れて光っていた。


「……ああ」


 俺は、マーサを抱き寄せた。


 罪悪感がねえわけじゃない。リーナのことは愛してる。ハルもユナも、大切だ。

 でも、マーサの寂しさを放っておけなかった。


 それが言い訳だと、分かっていても。


「ガルド……」


 マーサが、甘い声を出す。

 寝台に押し倒す。マーサの体が沈み込む。


「今日は、優しくして……」


「……ああ」


 唇を重ねた。

 マーサの手が、俺の背中を撫でる。爪が軽く食い込む。


「ん……」


 服を脱がせていく。

 月明かりの中、マーサの白い肌が露わになる。その輪郭が、闇の中にぼんやりと浮かび上がる。


「見ないで……恥ずかしい……」


「今更だろ」


「もう……」


 マーサが顔を赤らめる。

 その表情が、俺の理性を溶かしていく。


(……これでいいのか)


 頭の片隅で、リーナの顔がちらつく。優しく笑う、妻の顔。

 でも、マーサの熱を感じると、その顔が霞んでいく。


(……俺は、最低だな)


 分かっている。分かっていて、止められない。


 そのまま、二人は——

 寝台が軋み始める。


「……っ、あ……」


 マーサの声が漏れた。

 罪悪感と、それを上回る熱が、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。


「ん・・・んっ!」


 やがて、軋みのリズムが乱れていく。

 互いの名前を呼び合う。荒い息が重なる。


(……今だけは)


 今だけは、全部忘れさせてくれ。


 そして——静かになった。


 しばらく、二人とも動けなかった。


「……ガルド」


 マーサが、汗ばんだ体を俺に寄せてくる。


「なんだ」


「……ありがとう」


「……」


「寂しかったの、ずっと。旦那が死んでから」


「……ああ」


「あなたがいてくれて、よかった」


 俺は、何も言えなかった。


 マーサの頭を撫でる。

 乱れた髪が、指に絡まる。


(……すまねえな、リーナ)


 心の中で、妻に謝る。

 でも、やめられねえ。


 マーサの寂しさを、知っちまったから。

 俺の中にも、似たような渇きがあることを、知っちまったから。


「……また、来てくれる?」


「……ああ」


「約束よ」


「約束だ」


 月が、窓から俺たちを照らしていた。


【番外編 終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る