Temuを知らない50代既婚子持ちの男
青ちゅ〜≒ラリックマ
第1話 Temuを知らない男
「てむってなに?」
A型作業所で転売の企画書のプレゼンしていたらスタッフの田中さんがにこやかにに聞き返してきた。
「えっと……」
その予想外の質問に俺は言葉を詰まらせた。田中さんはいつものようにニコニコと問い詰めるでもなく俺の返事を待ってくれている。その顔を見ながら俺の脳内は様々な言葉が混線していた。
――Temuを知らない?
――なんて説明しよう?
――マジかよ。嘘だろ。40の俺だって使ってる。
――ヤバい、待ってくれてる。
――ってことはSHEINもアリエクも知らないよな?
――普段この人何してんだよ。
――アリエクのアリババすら知ってんのか?
――いやジャック・マーくらいは一般常識よな?
――いや、中国共産党批判みたくなるか?
――この人思想的にどっちなんだ?
――ってそうじゃなくて!
「……えっとですね……何ていうか中国の激安Amazonみたいな感じですかね」
田中さんはうんうんと頷いて、
「ああ、そんなのがあるんだねえ」
そう穏やかな呑気な声色で続けた。
「そうなんですよ。めっちゃ安くて」
「入間さんは使ってるの?」
「僕はあまり使わないですね」
「そうなんだねえ。買い物は妻に任せっきりでさ」
あははと無邪気に笑う田中さん。
11月だというのに俺は汗をかいていた。
「えっと……それでですね、この商品ですけど――」
誤魔化すように俺は転売の企画書のプレゼンに話を戻した。
作業所が終わり歩いて家に帰る途中もなぜだか「てむってなに?」という田中さんの無邪気な顔が、ずっと、脳裏に焼き付いて離れなかった。
(田中さんって確か息子さんがいたよな……)
年齢はいくつだっただろう。田中さんが50代半ばだったから中学生か高校生くらいかな。temuとか使ってそうだけど、学生は使えないのかな。
スマホを手に取りAIに聞いてみる。
「中学生ってtemuやSHEINみたいな中華激安アプリ使えるの?」
Geminiが思考を始める。便利だが返事が即答でないのが弱点だな。
「中学生がTemuやSHEINのような海外のオンラインショッピングアプリを利用できるかどうかは、アプリごとの利用規約と、保護者の方の同意や監督が重要になります」
そこから長々と法律が云々の説明が続く。要約すれば使えないこともないってところか。高校生なら問題なさそうだ。
しかし、長考は何とか――ああ高速モードに切り替えればいいのか。先に気付けよ、俺……。
(でもtemu知らないとか何か怖いな……)
断っておくが田中さんは善人だ。A型作業所のスタッフとして、俺や他の利用者さんにも嫌な顔せず優しく接してくれる。福祉に携わるため人のあるべき姿を体現してるとすら言える。
だが、しかし――。
この恐怖感はなんだろう。モヤモヤする。言語化したい。今度は高速モードでAIに聞いてみよう。
「今日、作業所の50代のスタッフさんに会話中、temuって何って聞き返された。それが何だか怖かった。この気持ちは何だろう?」
一瞬で並ぶ文字列。
「それはユーザーさんが抱いた世代間の情報格差かもしれません――」
なるほど。確かにそんな感じがする。その感覚を確かめるように自分で考えてみる。
激安中華アプリの流行を知らない50代。目上のスタッフさん。そして俺の通う作業所は、激安中華サイト、ラクマートから商品を仕入れて転売するというビジネスを本格化させようとしている。
(中華品を転売するのにtemuを知らないスタッフか……)
少し気持ちの整理がついた気がした。おっとカクヨムから通知だ。俺の小説にいいね付いたかな?
「――てか、これって小説のネタにならねぇか?」
俺は国道沿いを歩きながら独り言ちた。
『temuを知らない男』
おっ、これ何か面白そうじゃね――
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