第8話 光の側にいる人

 霞が関。

 警察庁長官室の窓からは、午前の陽がまっすぐに差し込んでいた。


 高層ビルの谷間を抜けてきた光は、都心の冬の冷たさを少しだけ和らげている。

 分厚いガラス越しに眺めれば、都内の交通量も、人の流れも、ただの小さな動きの集合にしか見えない。


 その全ての秩序を、遠くから守る役目を与えられた男が、机の上の資料に目を落としていた。


 真宮朝裕。


 日本警察機構の頂点――警察庁長官。


     ◆


「……また、増えたな」


 低く漏れた独り言が、静かな部屋に溶けていく。


 机の上には、何重にもホチキスで留められた一冊の報告書があった。


『重大犯罪被疑者における処分後所在不明事案 傾向分析報告(更新版)』


 表紙の右上には、赤いスタンプが押されている。


【要注意/非公開】


 ページをめくると、グラフと表が続く。

 数か月前に受け取った初期版よりも、明らかに行が増えていた。


 不起訴。

 嫌疑不十分。

 無罪。


 世間の耳目を集めた事件の被疑者たちが、その後一年以内に“消息不明”となる。


 たまたま――と片付けるには、傾向がはっきりしすぎていた。


「……」


 朝裕は、報告書の末尾に添付された“解析メモ”を読み直す。


 そこには、丁寧な文字で、要点が簡潔にまとめられていた。


『(1)統計的有意性は依然として継続中。偶然の偏りのみで説明することは困難。

 (2)ただし、特定の主体による関与については現時点で証明不可能。

 (3)警察組織として、現段階で積極的措置(内偵・特殊班設置等)を講じることは推奨されない。

 (4)法の枠内での再発防止策を優先。その他の領域については、“存在するかもしれない何か”として静観すべき。』


 文末には短い一文が付け加えられていた。


『※詳細は口頭説明にて。』


 署名欄には、見慣れた名前。


 ――真宮秋也。


 朝裕は、そこだけ指先でそっとなぞる。


「……相変わらず、よく見ている」


 感心と、ほんのわずかな息苦しさが入り混じる。


 秋也の書く文書は、常に過不足がない。

 数字も、言葉も、結論も、どこを切っても鋭い。


 だが、それ以上に――


 “書かれていない部分”の輪郭が、はっきり見えてしまう。


 この文章は、「何もしないことが最善です」と、冷静に提案している。


 それは、組織のトップとしての判断とも一致している。

 下手に“犯人探し”を始めれば、それだけで組織は疲弊する。


 けれども。


 ――本当に、彼は“何もしていない”のか?


 そんな問いが、一瞬だけ頭をよぎる。


 朝裕は、小さく首を振った。


(親が息子を疑ってどうする)


 警察庁長官である前に、父親だ。


 秋也は、幼い頃から、いつもよく見て、よく考える子どもだった。


 虫眼鏡を持ってアリの行列を眺めながら、真顔で「なんでこのアリは働いて、このアリはさぼってるんだろう」と呟いていた。

 その“観察”の癖は、形を変えながらも今に至るまで続いている。


 警察官になってからは、なおさらだ。


 被害者の痛みを、他人事にできない。

 だからこそ、法の枠組みの中で、誰より冷静な判断を下す。


 ――そのはずだ。


 そう言い聞かせるように、報告書を閉じたとき。


 ドアがノックされた。


「失礼いたします、長官。情報管理局の久我でございます」


 事務方の秘書官の声に続いて、スーツ姿の男が入室する。


 情報管理局長・久我敏彦。

 五十代前半、切れ長の目をした、官僚の中の官僚といった印象の人物だ。


「久我君。例の件かね」


「はい。真宮管理官から上がってきた解析報告について、いくつか補足をご説明に参りました」


 久我は、机の上の報告書に一瞥を送り、椅子に座るよう促される前に、静かに立ったまま言った。


「結論から申し上げますと――“何者かの介在がある可能性”は、やはり否定しきれません」


「……そうか」


 朝裕は、特に驚いた様子も見せずに頷く。


「それが、“組織の外”か、“内”かも、まだわからんのだな」


「はい。むしろ、“組織内である”という仮説を立てる材料も、現時点ではありません」


「逆に言えば、“そうではない”という材料もない」


「その通りです」


 久我は、ほんの僅かに口元を引き結ぶ。


「長官。ひとつ、お伺いしてよろしいでしょうか」


「なんだね」


「仮に――あくまで仮にですが――」


 言葉を選ぶように、少し間を置く。


「この“因果調整者”が、警察組織の内側にいるとしたら。

 長官は、それでも“何もしない”という選択を維持されますか」


 部屋の空気が、わずかに張り詰めた。


 問い自体は、無礼ではない。

 しかし、その“方向性”は、かなり危うい。


「もちろん、“証拠なき疑いで内偵を始めるべきだ”と言いたいわけではありません」


 久我は、あくまで冷静に続ける。


「ですが、世論は気づき始めています。“法で裁けない悪人が消えている”という噂が、ネットや週刊誌レベルではありますが、発生しつつある」


「それが警察に向いたとき、“知らなかった”では済まない、というわけだ」


「はい。国会で追及を受ける可能性も、ゼロとは言えません」


 朝裕は、窓の外に一瞬視線を向けた。


 霞が関のビル群の向こうに、国会議事堂の屋根が小さく見える。


 政治と治安。

 いつだって、緊張感のある距離感で結ばれている。


「久我君は、どうすべきだと思う」


 問い返すと、久我はわずかに眉を寄せた。


「……個人的な意見を申し上げても?」


「聞こう」


「“専従の解析班”を置くべきだと考えます」


 静かな提案だった。


「人事や捜査情報、生活安全部門の通報データ、検察庁からのフィードバック……。既存のシステムを横断して、“因果の歪み”を見つける高精度のモデルが必要です」


「つまり、“その誰か”を見つけ出せる仕組みを作ると?」


「見つからないかもしれません。ただ、“探そうとした”という事実は、いざという時に庁としての防波堤になります」


 政治的には、正しい。


 「放置していたのか」と問われたとき、「対策は講じていた」と言える。


 だが――。


「久我君」


 朝裕は、ゆっくりと彼の名を呼んだ。


「その“専従班”の存在が漏れたら、どうなると思う」


「……“警察が、神のふりをしている”と批判されるでしょう」


「それだけではない」


 朝裕は、椅子から背を離し、指を組んだ。


「“警察が、警察を疑っている”という構図が、組織内部に広がる」


 久我は、黙って耳を傾ける。


「上から下まで、『自分は監視されているのではないか』と疑い始める。

 そうなれば、士気は下がり、判断は鈍る。捜査も、日常業務も、全てに影が差す」


「……」


「最悪の場合、“その専従班こそが悪”だと見なされる。

 “あいつらが誰かを消しているんじゃないか”とな。陰謀論には、いつだって“ちょうどいい標的”が必要だからね」


 久我の喉が、ごくりと鳴った。


「もちろん、君の言うことも分かる。

 “何もしなかった”と言われないための、安全策を取りたい気持ちも」


 朝裕は、そこで言葉を切り、久我を真正面から見た。


「だが――私は、“見つけようとすること”自体が、危険だと思っている」


「危険……ですか」


「そうだ」


 長官室の空気が、ほんの少しだけ冷たくなる。


「もし本当に、“法で裁けない悪を消している存在”が、この社会のどこかにいるとして。

 その存在は、おそらく――我々よりも、“物事をよく見ている”。」


 久我の表情が、わずかに強張る。


 朝裕は、淡々と言葉を継ぐ。


「監視しようとすれば、その試みそのものが“視られる”可能性がある。

 警察庁が、警察官が、特定の誰かを“異物”として排除しようとしていると、その存在が理解したとき――」


 そこまで言って、口を閉じた。


 続きは、あえて言わない。


 久我は、数秒の沈黙の後で、息を吐いた。


「……“敵に回すべきではない相手かもしれない”、と」


「仮に、だ」


 朝裕は、穏やかな笑みを浮かべる。


「全ては仮定の話だよ。証拠も何もない。ただ、“その可能性も含めて”考えるべきだということだ」


「……失礼しました」


 久我は、わずかに頭を下げた。


「私の提案は、いったん取り下げます。ただ、“解析モデルの進化”については、通常業務の範囲で継続させてください」


「もちろんだ。それは必要だ」


 朝裕は、報告書を閉じ、机の左側に丁寧に置いた。


「ただし、“誰かを見つけようとするな”。

 あくまで、“次の被害者を減らすための数字だ”ということを、忘れないように」


「承知しました」


 久我は、一礼して部屋を去っていった。


 ドアが閉まる音が響き、再び静寂が戻る。


     ◆


 朝裕は、深く椅子にもたれた。


 天井を見上げる。


(……私は、何を怖がっている)


 さきほど、久我に口にした言葉は、半分は職責から出たものだ。


 組織を守るため。

 士気を守るため。

 不要な疑心暗鬼を避けるため。


 もう半分は――。


(親として、か)


 苦笑が、喉の奥で小さく漏れた。


 あの解析メモを書いたのが、誰か。


 自分の息子であることを、忘れられるわけがない。


 冷静で、論理的で、感情を排除した文章。


 そこにこそ、彼の“情”がにじんでいるのを、父親は知っている。


 法で救えない被害者の存在を、誰よりもよく知っているからこそ、あれだけ徹底して“法の枠内”にこだわる。


 ――そうであってほしい。


 それ以上の何かを、あえて想像しないようにしている自分に気づいて、目を閉じた。


「……今日の会食は、断らないでくれよ」


 机の端には、一枚の小さなメモが置かれていた。


《本日 19:30 ホテル椿山荘 ロビー集合》


 差出人の欄には、短く書かれている。


『父』


     ◆


 夜。文京区の高台。

 ホテル椿山荘東京のロビーは、柔らかな照明と静かなJazzに包まれていた。


 大ぶりのシャンデリアの下で、人々が思い思いの時間を過ごす。

 観光客らしきカップルもいれば、ビジネススーツの一団もいる。


 その一角で、二つの背広姿が向かい合って座っていた。


 真宮朝裕。

 真宮秋也。


「仕事、抜けられたか」


「はい。ちょうど一段落したところです」


 秋也は、いつものようにきちんとネクタイを締めている。

 警察庁の長官と向き合っているというのに、特別な緊張もない。


 父でもあり、組織のトップでもある。

 子ども時代から続く距離感が、そのまま上にスライドしただけの感覚だ。


「最近、顔色が悪いぞ」


 朝裕が、軽く冗談めかして言う。


「寝ているのか」


「平均すれば、六時間は」


「“一週間平均で”と言い直したほうが正確だな、それは」


 秋也は、少しだけ苦笑した。


「父さんも、昔は徹夜続きだったと聞きましたが」


「ああ。だが、もうその芸当はきかん」


 ウェイターが運んできたグラスに、ウーロン茶が注がれる。

 アルコールではない。仕事柄、どちらもこの時間帯に酔うわけにはいかなかった。


「どうだ。現場は」


 水のような会話の流れで、核心に触れる。


「相変わらず、人間の最悪ばかり見ています」


 秋也は、率直に答えた。


「ただ――数字だけ見れば、“少しずつマシにはなっている”ようです」


「例の報告書か」


「はい」


 父が、それを読んでいることは知っていた。

 もちろん、“そこに何が書かれていないか”も。


「父さんは、どう思われましたか」


 ストレートな問い。


 朝裕は、グラスを一度口に運び、それから答えた。


「“ただの数字”だと思ったよ」


「そうですか」


「だが――数字の裏には、必ず人間がいる。

 救えた人間と、救えなかった人間。その差が、グラフになっている」


 秋也は、少しだけ目を細めた。


「その“救えなかった側”のことを、俺たちは、どれだけ引き受けるべきなんでしょうね」


「全部は無理だ」


 即答だった。


「そんな幻想を抱いたら、心が壊れる。

 君も、それは分かっているだろう」


「……ええ」


 秋也は、グラスの縁を指でなぞった。


「だから、“最低ライン”を決めているつもりです」


「最低ライン?」


「自分が“警察官”でいるために、越えてはいけない線です」


 父の視線が、ふと鋭くなる。


 秋也は、それに気づきながらも、言葉を続けた。


「法の外側に手を伸ばさないこと。

 自分の感情を、“正義”という言葉で誤魔化さないこと。

 憎しみで動かないこと」


「……それを、守れているのか」


「今のところは」


 あまりにも、自然だった。


 嘘とも、本心とも取れる答え方。


 だが、父親にとっては、その両方であることがわかってしまう。


「君は、昔からそうだな」


 朝裕は、苦笑を浮かべた。


「何かを決めるとき、“自分の外側”に基準を置こうとする。

 親としては、少し寂しいところもあるが」


「そうでしょうか」


「自分を守るための線を、“自分以外”に委ねているように見える」


 秋也は、わずかに目を伏せた。


「……父さんが、その線を越えたことはありますか」


 小さな反撃。


 朝裕は、少しだけ黙り、そして笑った。


「……若い頃は、何度も越えかけたよ」


「そう見えませんが」


「見せていないからな」


 グラスの中の氷が、僅かに音を立てる。


「だが、どんなに越えそうになっても――“戻る場所”が必要だ。

 そこがないと、人は真っ逆さまに落ちる」


「戻る場所、ですか」


「家族でもいい。

 同僚でもいい。

 数字でもいい。

 ……あるいは、“自分が決めた最低ライン”でもいい」


 秋也は、その言葉を噛み締めるように聞いていた。


「君には、それがあるか」


「あるつもりです」


「ならいい」


 それ以上、父は踏み込まなかった。


 そこから先は、親としてではなく、長官としての領域になってしまうからだ。


     ◆


 食事は、終始穏やかだった。


 最近読んだ本の話。

 母の近況。

 遠い親戚の誰かが病気になったという話。


 ごく普通の親子の会話。


 ただ一度だけ、会話がふと途切れたときがあった。


「……秋也」


 朝裕が、少しだけ真面目な声で名前を呼ぶ。


「はい」


「もし、だ」


 言い回しに、どこか既視感があった。

 昼間、久我に話した時と、似た始まり方。


「もし、君が――」


 そこで、言葉が止まる。


 秋也は、じっと父を見る。


「……いや」


 朝裕は、首を振った。


「すまない。忘れてくれ」


「気になりますが」


「親らしいことを、少し言おうとしただけだ」


 苦笑い。


「“無茶をするな”“危ない橋は渡るな”。そういう類のことだよ」


「それは、もう何度も言われました」


「何度でも言う」


 今度は、はっきり言った。


「君は、頭がいい。

 だから、自分がどこまで出来てしまうのかを、知っているはずだ」


「……」


「出来てしまうことと、やっていいことは、違う。

 君は、それを分けられる人間だと、私は信じている」


 秋也は、短く目を伏せた。


「……信じられるように努力します」


 それが、今の自分に出来る、精一杯の答えだった。


     ◆


 ホテルのエントランスを出ると、夜風が頬を撫でた。


 ロビーの暖かさが嘘のように、外は冷えている。


「送ろうか」


「いえ。タクシーで戻れますから」


「そうか」


 駐車場へ向かう父の背中を、秋也はしばらく見送っていた。


 その背中は、思っていたよりも少しだけ小さく見えた。


 日本の治安と、組織と、政治と。

 あらゆるものを背負って立っている男の、背中。


 自分が子どもの頃、絶対だと思っていた“光”。


 今でも、その光を信じている。

 信じたいと思っている。


 だから――。


(だから、あなたの手を汚させない)


 胸の奥で、静かに言葉が形になる。


 父は、光の側にいる人間だ。

 法の整合性と、政治とのバランスと、組織の倫理を守るべき役目を負っている。


 その手を、闇に触れさせるわけにはいかない。


 世界が、そんな“光”を奪うなら。


 ――その前に、自分が奪う。


 秋也は、ポケットの中でスマートフォンを取り出した。


 ロック画面には、未読の通知が一件だけ表示されている。


《板橋区 女児傷害事件 被害児童 意識回復の兆候》


 短い文章。


 しかし、それだけで、視界の色が少しだけ変わる。


「……よかった」


 誰に聞かせるでもなく、呟く。


 救えた命が、ひとつ。


 だが、その陰で消えた命も、ひとつ。


 因果は、どこまでも不均衡だ。


 だから――。


 秋也は、画面をスワイプしながら、別のアプリを起動した。


 業務用でも、警察庁のシステムでもない。

 自分が自分のために作った、暗号化されたメモアプリ。


 そこには、番号だけが並んでいる。


【No.19】

【No.20】

【No.21】

……

【No.29 済】

【No.30 済】

【No.31 準備】

【No.32 準備】


 “済”の欄が二つ。


 No.29――板橋幼児虐待。

 No.30――高齢者施設連続虐待。


 立件できなかった案件であっても、

 「終わらせる」ことはできた。


 メモ欄には、硬い文言が残っている。


『No.30:残存資料完全消去済/遺族周辺に事故保証処理』


 痕跡はない。

 説明も存在しない。

 ただ、“終わった”という事実だけがある。


 父と交わした会話が胸に残っていた。


 ――出来てしまうことと、やっていいことは、違う。


 その言葉を反芻しながら、画面を見つめる。


「違いますね。たしかに」


 独語のように、囁く。


「でも、“やらなきゃいけないこと”が存在することも、また事実です」


 そして、


【No.31 準備 → 執行候補】


 その上に、短く指先が滑り、


【No.32 準備 → 執行候補】


 ふたつの候補が、静かに“終わり”へ向けて整列した。


 誰も知らない場所で。

 誰も知らない手によって。


 光を守るための影は、

 そこに――確実に存在する。


◆回想導入


(秋也、灯りの無い工房で灰を混ぜながら/静かな独白)


窯の扉を開けた瞬間、

熱と煙の匂いの中から、あの夜の情景が重なる。

“終わったはずの過去”が、淡い輪郭を持ってよみがえる。



《No.30執行夜》


都内某所――廃業した診療所跡。


ベッドは一つ。

麻酔薬、鎮静剤、筋弛緩剤がごく少量。

大きな騒音は出ない。


拘束具は医療用。

手足ではなく胸椎と骨盤を固定するタイプ。

逃げられないが、骨は折れない。


男は、元・介護職員。

痩せた老人の腕を殴り、

背中を蹴り、

冬の夜に裸でベランダに放置した。


高齢者虐待。


被害者は――数名。


だが、立件は出来なかった。

“認知症で証言能力が曖昧”“監視記録なし”

“施設ぐるみで隠蔽”

“家族は泣き寝入り”


男の口癖は

「老人なんて生きてても無駄だ」。


その言葉を思い出しながら、秋也は小さく笑う。



「では、始めましょう」


「や、やめろ……俺は悪くねぇ……!」


「あなたが“悪いかどうか”は興味がありません」


静かすぎる声。


「ただ、“理解する能力が無い”のなら、

“理解できないまま終わる”ほうが、あなたにとっては親切です」



◆処刑方法:


凍死 ×低体温ショック×脳虚血

(=老人たちが受けた拷問を“再現”)


殺し方は例の“反射型”

(犯した方法を本人に返す)


老人を裸にして冬の外気にさらした――

→男自身を低温環境へ


ただし声も音も漏れない

→“医療冷却室”の最大の利点



人工冷却室の温度計がゆっくり下がる。


25℃ → 22℃ → 18℃


呼吸が乱れ始める。


「ひ、ひぃ……さむい……!」


「ご安心ください。死因は“心臓の虚血”になります。

外傷はありません。凍傷も残しません」


秋也は淡々と説明する。



◆医学的トリック


高齢者は“低体温症=心停止”しやすい

老人虐待の死因としても“曖昧”

だから

同じ方法で殺しても“事故死”に見える


完璧。



男は震え、歯を鳴らし、

呼吸が浅くなる。


(脳の血流低下で思考が止まり始める)


「た、助けて……寒い……っ」


「寒さは痛みより優しい。

あなたが老人に与えたものより、ずっと穏やかです」


「俺は悪くねぇ……!だって、仕事が……ストレスが……!」


「虐待を正当化する言葉ですか。

被害者は“理由”を持つ必要はありません。

あなたの“理由”は、価値がない」



15℃


筋肉震えは限界。

呼吸は弱く、心臓は不整脈。


秋也は静かに“終わる瞬間”を見極める。


「では、おやすみなさい」


男の心電図が緩やかにフラットになり――


ピ……


……音が消えた。



秋也はベッドの固定を外し、

遺体を専用袋に移す。


その後――

遺体は埋火処理(↓)



◆後処理(手際)

• 低体温死 → 事故扱い

• 監視カメラ死角のみ使用

• 診療所跡 → 閉館建物

• 遺体 → 自家窯にて完全焼却

• 遺灰 → 釉薬に混合

• 作品 → 置物(匿名寄贈)


痕跡はゼロ。


“事件”は存在しない。


炎が燃える窯を前に、秋也は独り言のように呟く。


「あなたは“救われる必要”はなかった。

でも、“終わってよかった”とは思っています」


それは“憐れみ”ではない。

“怒り”でもない。


“世界を整える”という意志だけ。

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