第7話 新商品「自動火起こし魔石」で市場を席巻

フィーネとの共同作戦から一週間。

デュフォート商会の不正暴露で街の経済地図は一変した。

北区は再編され、税率と価格構造が見直され、貴族商圏の支配は事実上崩壊。

一方で、アルメル商会――つまりうちがその空白を埋めた。


王家公認商会という肩書きは絶大だった。だがそれだけでは市場支配率は25%止まり。

街全体を動かすには、人々の日常に“不可欠な商品”を生み出さねばならない。


その朝、倉庫の工房で俺は机いっぱいに図面を広げて唸っていた。

「……魔道具は高性能すぎるのが問題だな。庶民が使える範囲の、単機能・安価・安全なもの。そこを攻めるべきだ」


リュミナが柔らかい声で応じる。

「主の意図を理解しました。日用品への応用ですね。調理補助、照明、洗浄、保温……多数の需要があります」


「そうだ。魔法に依存せずに、誰もが使える“便利道具”。それを作れば市場全体がうちに回る」


俺は手近な素材箱から、小さな魔力結晶の欠片と金属片を取り出す。

以前修理した古代魔道具から回収した残滓だ。

微弱な魔力を放出する性質があり、それを一定の反応に変換できれば応用範囲は無限。


「さて、問題は出力制御だ。火種を作るだけの簡易回路が組めれば……」


試行錯誤すること数時間。

手製の導魔線を巻き付け、魔力を流すと、カチッという音と共に青い火花が弾けた。

机の上の木片が一瞬で燃え上がる。


「……できた」


煙を避けながら、俺は笑みを漏らした。

片手で起動するだけで瞬時に着火する、携帯型小型魔石装置。

“自動火起こし魔石”と名付けよう。


「お見事です、主。これなら貴族だけでなく一般層にも需要があります」

「だろ? これを家庭用として量産すれば、全地区の市場を取れる」


俺はすぐに販売戦略を立てた。

原価:銅貨3枚。販売価格:銅貨12枚。

利益率300%。だが、数が出る商品だから利幅より流通網優先だ。


シドの隊商に試作品を数個渡し、南方への流通も頼む。

彼はにやりと笑いながら言った。

「これが噂の“魔王製品”ってやつか。面白ぇ、二週間もあれば向こうの市場、ぜんぶ火の手が上がるぜ」


「火をつけるのは製品だけにしてくれよ」


軽口を交わしつつ、俺は本格的な製造ラインを計画する。

ただ、量産には人手と技術が必要だ。職人を雇うにも信用と資金が要る。


店舗に戻ると、入口前に人だかりができていた。

リーナが慌てて駆け寄ってくる。

「ハルさん、ギルド工匠部の人たちが……」

その言葉どおり、十名近い職人風の男たちが並んでいた。


「新公認商会と聞きまして。俺たちを工房職人として雇ってもらえませんか?」


驚いた。デュフォート崩壊で職を失った職人たちだろう。

ギルドの再編で放り出された人材が、うちに集まり始めたのだ。

渡りに船。


「歓迎します。ただし、うちでは“効率”を重視します。手順を数字で管理しますが、大丈夫ですか?」


戸惑いの顔がいくつかあったが、俺は続けた。

「やり方次第では、職人が“経営技術者”になれる。単なる工房の手じゃなく、自分の名前を商品に刻める場所にしたい」


その言葉のあと、表情が一変した。

古びた街の職人たちの目に、沸き上がるような期待の光が宿る。

こうしてアルメル商会工房部が正式に発足した。


リュミナの分析によれば、生産ラインを三交代制にすれば一日三十個は作れるとのこと。

初期在庫を百個確保し、七日後に販売開始。


――販売初日。


午前十時、ドアを開けると同時に人波が押し寄せた。

「見たぞ! 火を出す魔石が、庶民価格で売られてるって!」

「これ一つで冬の調理が楽になるんだって!」


商品棚に並べた瞬間から飛ぶように売れた。

昼を待たずに在庫が消え、行列が通りをはみ出す。

リーナが汗だくで対応する。

「ハルさん、店がパンクしちゃいます!」

「嬉しい悲鳴だな。リュミナ、在庫補充を急げ。明日は広場で直接販売しよう」


スキル画面の数字が跳ね上がる。


────────────

売上:銅貨360枚

市場流通率:7%

顧客信用度:B-

────────────


「Bランク到達。……上々だ」


その日の夕刻、街に辻馬車が停まった。

黒い石壁の紋章――王都中央商会連合の印だ。

降りてきたのは、長身の若い男。涼やかな目をした商人風の人物だった。


「これはアルメル商会の店主殿でお間違いありませんね?」

「そうですが」

「王都本部より参りました。私はローベル・カーネル。商会連合の調整官を務めております」


ローベル――その名は商人なら誰もが知っている。

若くして多国商戦を成功させ、“交渉貴公子”の異名で呼ばれる中央の重鎮だ。


「ご挨拶を。実は王都本部が貴殿の新商品に強い関心を持っています。正式に提携を──」


「断ります」


彼は言葉を途中で止め、驚きに目を細めた。

「理由を伺っても?」

「うちの理念は“民需要の独立”。中央管轄に入れば価格を操作され、市場がまた歪む。あんたたちの手に渡したくないんです」


ローベルは笑みを浮かべた。

「なるほど。この街に新しい経済思想が芽生えているわけだ」

彼は少し身を乗り出し、声を低くする。

「だが、中央に敵対するということは、多国商会全てを相手にする覚悟を意味する。それでも?」


「もちろん」

俺はまっすぐに答えた。

「経済は支配のためじゃない。生活のための仕組みだ。だからこそ、市場は人が選ぶ場であるべきだと思ってます」


一瞬、沈黙。

ローベルの目が興味深そうに光った。

「……いいでしょう。戦う商人、というわけだ。あいにく私はそういう男が好きでね。敵ではなく、いつか“交渉相手”としてまた会いましょう」


彼は馬車に乗り込み、遠ざかっていった。


帰ってきたリーナが不安げに言う。

「断っちゃって良かったんですか? 王都相手ですよ?」

「いいんだ。大きな組織に屈したら、全部奪われる。だから市場は守る」


夜。アルメル商会の倉庫で、俺は一人で火起こし魔石を手に取った。

指先一つで青い火が灯る。弱いが安定した輝き。


リュミナが低く囁く。

「主。各地で模倣品が出回り始めました」

「来たか。はやいな」


「ですが、模倣魔石の安定度は低く、暴発報告もすでにあります。顧客評価が再び主の店に集中しています」


「つまり、これはチャンスってわけだ」


俺は市場支配率のグラフを見た。

わずか三日で、街中に青い火が広がっている。

それは暴力でも魔法でもない。人々の生活の隅々まで届く“技術と信用”の炎だった。


────────────

【市場支配率:42%】

【新称号獲得:市民商王】

────────────


リーナが思わず歓声をあげる。

「ハルさん、すごい! 本当に街が変わってる!」


窓の外を見れば、通りのあちこちに灯る青い火が揺れている。

寒風の夜、それは星のように街を照らしていた。


だが、リュミナの声に微かな緊張が混じる。

「主……王都から、新たな“制令”が発布されました。あなたの商会を含む全魔道具製造業者に対し“製造許可証”の提出を義務化するそうです」


静寂が走った。


「つまり、国が市場を再び絞めにきたってことか」


リーナが言葉を失う中、俺はゆっくりと笑った。

「そう来ると思ってたよ。戦う相手が“国家”に変わっただけだ」


青い火の石を握りしめ、俺は静かに呟いた。

「次の相手は王都そのもの――上等だ」


その光は、決意のように強く輝き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る