辺境村のレストラン・アルカナ~追放された宮廷錬金術師、森でスローライフを満喫します~ 『錬金』『薬草』『料理』が織りなす癒しの村再生ファンタジー

@tamacco

第1話 追放された錬金術師、森にたどり着く

 ひどく冷たい雨だった。

 灰色の雲が王都の城壁を覆い、俺――アルカナは泥まみれの道を歩いていた。手にはわずかな荷物と、古びた錬金鞄。王国最高の錬金術師と呼ばれた肩書きは、昨日までのものだ。


「役立たずめ。下賤の薬師あがりが、宮廷にふさわしいと思うか。」


 そう吐き捨てたのは貴族派の新宰相だった。俺の研究成果――魔力を使わず薬草だけで人を癒す“無魔療法”が、彼らの利権の邪魔になったらしい。

 研究室は封印され、弟子も散り散りにされた。渡されたのは追放令状一枚。反論したくても護衛に囲まれれば何もできない。


 そして今、俺は王都の外れ、地図にも載らぬ辺境の森を目指していた。

 かつて旅の途中で耳にした。「山越えの先に、薬草の香りが絶えぬ村がある」と。


 夜が迫り、森に霧が降りはじめる。冷気が骨に染みた。

 倒れかけた案内杭の文字は、すでに苔に覆われて読めない。道らしい道もない。

 だが不思議と不安は少なかった。この先に何かが待っているような気がしていた。


 やがて木々のあいだから、ほのかな灯りが見えた。

 小川を渡る橋のそばで、焚き火が燃えている。そこに腰かけていた少女がこちらに気づいた。


「旅人さん? こんな時間に森を歩くなんて、物好きだね」


 赤毛の髪にほこりをまとった服。年のころは十五、六。腰には木製の鋤を提げている。

 俺が事情を話すと、少女は驚きもせず、にっと笑った。


「じゃあ、あんたが新しい村人ってわけだね。ここはアトゥル村。何もないけど、まあ、腹は膨らむよ」


 差し出された湯気立つ木杯。中には淡い緑色のスープが入っていた。

 口に含むと、驚くほど優しい味がした。野草の香りと、少しの塩気。

 疲れがふっと抜けるようだった。


「……これは?」


「森のセリと、薬草ちょっと。それに、この辺りで育てた芋。村の子どもでも作れるよ。名物ってほどでもないけどね」


 少女――リーエと名乗った――は笑いながら、自分の分をすする。

 焚き火の音が静かに響く。雨の音は、すでに木々に吸い込まれていた。


 その夜、俺はリーエに案内され、村の共同納屋で眠らせてもらうことになった。

 屋根の隙間から月が差し込み、乾いた藁の香りが漂う。

 久しぶりに人のぬくもりを感じた夜だった。


 翌朝、鶏の鳴き声で目を覚ます。

 扉を開けると、山の霧がすでに晴れ、日差しが金色に森を染めていた。

 村は十五軒ほどの小さな集落。家々は木壁で、どこも屋根が傾いている。

 畑はあるが、雑草が伸び放題。水車は壊れて回らない。

 しかし、どの顔も明るかった。働く人々の笑顔が、ここにはあった。


「やっぱり、畑が荒れる一番の原因は魔猪さ。夜になると根っこを掘り返していくんだよ」


 リーエが畑の端で鋤を振りながら言う。

 なるほど、豚より一回り大きな足跡が畝を荒らしている。


「薬草を植えようにも、このままじゃ無理だな」


 俺はしゃがみ込み、指で土をすくい上げた。

 湿りすぎ、そして冷たすぎる。水の流れが悪いようだ。

 川の位置を確認しようと立ち上がると、遠くで見張りの老人が叫んだ。


「おい、また出たぞ! 魔猪だ!」


 森の木々を揺らして、黒々とした影が突っ込んでくる。

 角のような牙、岩を砕く足取り。村人たちは鍬や鎌を手に逃げ回る。


「リーエ、下がれ!」


 俺は手早く錬金鞄を開き、残り少ない素材を取り出した。

 乾いた草、鉄片、残っていた魔力石の欠片――そして焚き火の残り炭。

 小声で呪文を唱えると、手のひらの上で光が生まれ、草と石が一瞬で溶け合った。


「錬金陣・局所硬化。展開――!」


 逃げ遅れた村人の前に、半透明の壁が出現し、魔猪の突進を受け止めた。

 衝撃で地面が揺れ、壁がひび割れる。

 だが、その隙に老人が投げた縄が猪の脚に絡まり、村の男たちが一斉に引いた。

 魔猪は叫び声をあげ、やがて地に沈む。


「……終わったか」


 息をつくと、村人たちが歓声を上げた。

 リーエが泥まみれの顔で駆け寄る。


「すごいね! 本当に錬金術師だったんだ!」

「一応な。もう王都では役立たず扱いだが」


 言うと、リーエは首を振った。


「役立たず? あんたがいなかったら、畑は全滅だったよ。ねえ、うちに残ってくれない? 村には薬師もいないし、壊れた水車もあるし――なんでも屋の錬金術師がいてくれたら、助かる人がいっぱいだよ」


 その言葉は嘘がなかった。真っすぐで、温かかった。

 俺はふっと笑って、うなずいた。


「いいだろう。俺も雨風をしのぐ場所がほしかった。報酬は、そうだな――夕食を一杯だけでいい」


「じゃあ決まりだね!」


 リーエが嬉しそうに手を叩く。

 村人たちも笑いながら肩を叩いてくれた。

 誰も、俺が追放されたことを気にしていない。


 夕陽が沈むころ、村の広場では焚き火が燃え、捕えた魔猪の肉が焼かれていた。

 香ばしい匂いが風に流れ、空には星が瞬きはじめる。

 リーエが焼いた肉と薬草スープを差し出した。


「ようこそ、アルカナ。今日から、あんたは村の仲間だよ」


 スープを口に含む。昨日と同じ、いや、それ以上に温かかった。

 この味を、俺は忘れないだろう。

 ――こうして、俺の辺境スローライフが始まった。

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