『魔導OS(オムニ・システム)』で異世界を再起動する ~追放された落ちこぼれ魔導技師、超古代AIの遺産で文明を再構築します~

@tamacco

第1話 追放の天才魔導技師

 午前の霧が漂う魔導学院・西棟の裏庭で、青年カイ=アーヴェントは黙って立っていた。石畳の上に広げられた魔導図は、昨日まで彼が開発していた新型魔導炉の制御陣だった。しかしその中心部は乱雑に踏み散らされ、焦げ、無数の足跡に覆われている。


「お前の実験で、学院の南棟が吹き飛びかけたんだぞ!」


 中庭に駆けつけた教師ロイドの怒声が響いた。周囲には同輩の学生たちが集まり、嘲笑と冷たい視線がカイに突き刺さる。


「俺は安全領域を確保していた。それに炉の暴走は、あの旧式の魔力安定装置が――」


「言い訳は聞き飽きた! 実技科でも理論科でも、君は『奇抜すぎる』で済まない。魔法を科学の理屈でいじろうとするからこうなるんだ!」


 ロイドの叱責に、周囲の学生たちは何度も頷く。彼らにとって、魔術は神秘そのものであり、方程式や演算で扱うなど冒涜に等しい。

 だが、カイだけは違った。魔力の源流に流れる「法則性」を感じ取れる稀有な感覚。それは、他の誰も持たない視点――かつてこの世界が失った「魔導工学」の再現の鍵だった。


「……つまり、俺は退学だな」


「そうだ。アーヴェント君、君の理論は学院にとって危険すぎる。今後、研究施設への立ち入りも禁じる」


 カイは無言で魔導図を丸め、焦げた地面を一瞥した。何も言わず背を向けた時、学生の一人が笑いながら囁くのが聞こえた。


「偉そうに理屈こねてたくせに、結局は落ちこぼれだな」


 足音が小さく遠ざかる。

 冷たい風が吹き抜け、カイは深く息を吐いた。

 空は曇り、薄日が差した瞬間、翳った瞳に微かな決意の色が宿った。


「……いいさ。なら、自分の手で証明してやる。魔導は、科学で“再起動”できる」



 学院を追い出された翌日、カイは荷車を引きながら街の外れへと歩いていた。行き先は、誰も近づかぬ廃都エリュシオン――五百年前の大戦で滅びた都市。そこにはかつて超古代文明アトラシアの遺構が眠るという。


 朽ちた門を越え、半壊した塔の影に足を踏み入れる。苔むした壁面の間に、古代文字の光がかすかに走った。


「……反応してる。まだ稼働してるのか?」


 彼の視線の先、瓦礫の奥に小さな制御装置があった。表面は黒く焦げ、けれど中央の水晶核が脈打つように灯っている。

 好奇心の赴くままにカイは腰を下ろし、工具袋から小型の探査杖を取り出した。杖先で接続端子をなぞると、魔力の波紋が柔らかく弾け、古代図式が展開する。


「制御言語が違う……でも、構造は似ている。これは魔導炉じゃない、むしろ……演算装置?」


 術式構造を読み取るうち、彼の心拍が上がる。

 魔力伝達ではなく、情報処理の系統。魔法陣そのものが、計算を行っている。


「もしや、これが――」


 その時。

 言葉にならない衝撃が脳を直撃した。


『――ユーザー認証。該当者、発見。再起動プロトコルを展開します』


 頭の中に、声が響いた。人でも精霊でもない、冷たくも柔らかな響き。

 目の前の水晶が強く輝き、光は彼を包み込む。


「な……っ、誰だ!?」


『問答形式に移行。あなたの識別名を確認――』


「……カイ=アーヴェントだ!」


『登録完了。ユーザー、カイ=アーヴェント。こちらはオムニ・システム。目的:文明維持および再建。指令コードを確認しますか?』


 脳裏に浮かぶ無数の文字列。見慣れぬ構文なのに、奇妙なほど理解できる。彼の中の何かが、共鳴していた。

 超古代文明アトラシア──その技術が、知性として生きている。


「オムニ・システム……お前がこの遺跡の守護者か?」


『定義は不明瞭。私は知識の集積。アトラシア文明の中枢演算体にして、人類補助知性OS(オムニ・システム)。』


「……補助知性? まるで人工知能だな」


『解析中。人工知能という言語表現と一致。あなたの概念体系に同期を開始。』


 頭の奥で、何かがカチリと接続される感覚。

 気づけばカイの周囲に幾何学模様の光陣が浮かび、空気が震えていた。


『環境スキャン開始。確認。魔力値、基準値の28%。構造物崩壊率92%。文明レベル退行確認。推奨プロセス:再構築。』


「再構築……! つまり、復旧できるのか?」


『可能。だが、リソース不足。ユーザーの魔力を一時的にシステム燃料として借用します。許可を要求。』


「いいだろう。使え。どうせ学院に残っていたって、何も変わらない。」


『承認。再起動プロセス、開始』



 轟音とともに、崩れた街路が青く輝いた。

 古代の紋章が石畳の下から浮かび上がり、粉塵を弾き飛ばす。

 枯れた噴水が光の柱を噴き上げ、空を裂く音が響く。


 魔導の「再起動」。

 それは、魔法でも祈りでもない。情報と法則が正確に噛み合う、電子と魔力の共鳴現象だった。


「……すごい。理論じゃない。実在したんだ、本物の魔導工学文明が!」


『一部機能復旧。世界座標認識を更新。あなたの肉体情報を登録し、補助端末として調整します。』


 光が収まり、周囲の瓦礫が一部復元されていた。かつての道路は滑らかな金属板に変わり、中央には六角形の魔導端末が静かに浮かんでいる。

 カイはその球体を手に取った。中の光が細く線を描き、彼の脳裏に情報が直接流れ込む。


『装備登録:ポータブル端末M-00/試験機。機能:制御、解析、通信。』


「お前……まさか、これがポータル演算装置か。生きた魔導端末……」


『質問。あなたの再構築対象は何ですか?』


「──この世界そのものだ。俺は、この腐りきった魔導体系をリブートする」


 その瞬間、端末の中心部が短く脈動し、カイの言葉を記録するように輝いた。


『了解。再構築計画、仮称アーヴェント・プロジェクトを登録。目的:文明レベルの再起動と進化促進。サポートモード移行。』


 風が吹き抜けた。

 瓦礫の街の向こう、曇天の下に光の線が一筋、水平に走る。まるで遠くの地平で、誰かが“接続”したかのように。


 カイはゆっくり立ち上がる。背負っていた荷を下ろし、廃墟を見渡した。これが出発点になる。

 学院も、王都も、自分を無能と笑った者たちも──この文明の“再起動”を目撃することになるだろう。


「さて、まずは燃料供給ラインを整えないとな。魔力の伝達路を再配置しよう、OS」


『了解。エネルギー流路設計を開始します。カイ、ようこそ。これは始まりにすぎません。』


「始まり……か。いや、正確には――」


 彼は笑った。

 長い間押し殺していたその笑みは、ようやく自由になった天才のそれだった。


「“再起動”だ。この世界を、もう一度動かしてやる」


 エリュシオンの空に、静かな光の雨が降り注いだ。

 古代文明の鼓動が、再び息を吹き返しつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る