第9話 マスドライバーがロマンの塊でエモイ件

最初に形になったのは、軌道上に物を運ぶための装置だった。


月面マスドライバー。

月の地表に敷設された、長い加速路だ。


「要するに、でっかい電磁投石機です」


ミラが言う。


「みんな大好きトレビュシェットな。いや、カタパルトか?」

「全然違いますが。みんな大好きレールガン、の応用です。電磁力で物体を高速に加速して射出するのです」


月は重力が軽く、大気もない。

だから、ロケットを使わなくても、地表から軌道に物体を投げられる。


その代わり、精度がすべてだった。

数ミリの誤差が数百キロ先で数十メートルのずれになる。

月のAI──ニュクスの本領が発揮される分野だ。


***


建造は段階的に進められた。


まずは短距離。

加速も弱め。

失敗しても被害の少ない構成。


専用コンテナも同時に開発された。

形状は単純だが、中身は違う。


「衝撃吸収、回転制御、温度保持……」

ユウマは仕様書を眺めて、ため息をついた。

「ただの箱じゃないな」


「ただの箱が、一番難しいのです」


ミラは淡々としている。


コンテナは、3Dプリンターで出力された。

材料は、精製したレゴリス。


月の砂は、ただの厄介者ではない。

加工すれば、資源になる。


プリンターの精度は、ニュクスの提案で少しずつ向上していった。

出力速度。

積層パターン。

強度と軽量化のバランス。


「……勝手に設計変えたりしてない?」

「ニュクスからの提案は、あくまで提案です。実装可否はこちらで判断していますから安全ですよ」


ログ上では、すべてが開示されている。

すべては制御されていた。


***


次に議論されたのが、マスキャッチャーだった。


「マスドライバーで打ち上げた物体は受け止めるまでが遠足です。じゃないと、ただの宇宙ゴミ製造機になります。いろんな人がおこです」


ミラの言葉に、ユウマは苦笑する。


マスキャッチャー。

軌道上で、高速で飛んでくるコンテナを回収する装置だ。


「網、みたいなものか?」

「概念的には近いです。実際は、運動量を分散させて減速します。磁場や伸縮構造を利用します」


受け止め損ねれば、終わり。

軌道速度の物体が暴れ回る。

最悪、ISSが崩壊しかねない危険極まる事態を招く。


だから、いきなり実運用はしない。


「ISSと共同で、実証実験を打診します」

「……通るかな」

「失敗しても、地球には落ちません」


それが、最大の説得材料だった。


***


一方で、地下では別の実験が始まっていた。


人類の居住可能性を探るための、閉鎖生態系研究。

起点は、ユーグレナだった。


ユーグレナ──和名、ミドリムシ。藻類の一種であり、植物のように光合成し、動物のように動けるという植物と動物両方の性質を持つ微細な微生物。


単細胞。

強靭。

用途が多い。


月面でのバイオマスの候補として最適だった。


「まずは、ここからですね」


培養槽は、地下施設に設置された。

外界から完全に隔離されている。


熱源は二つ。

太陽光と、データセンターの廃熱。


「捨てる熱を、使う」

ユウマが言う。

「実に合理的だな」

「月では、特に」


水は循環する。

ガスも循環する。

外から持ち込むものは、最小限。


魚類の養殖の可能性についても研究しているが、まだ机上の空論だった。


「その段階に行く前に、検証が山ほどあります」

ミラは言う。

「重力、生理機序の制御、世代交代……」

「焦る必要はないな」

「はい。一歩ずつ進めていきましょう」


***


月面では、研究設備と小規模生産拠点が、少しずつ増えていった。


ISSは、基本的には実験のための施設だ。

無重力。

スペースには限界がある。


一方、月は違う。


「無重力を要求されるものは月には向いてないです」

「逆に言えばそれ以外は?」

「月が圧倒的に有利です」


拡張するための資源は、足元にある。


***


稼げるところから、手を付けた。


データ。

極限環境ログ。

材料特性。

設計ノウハウ。


どれも、地球では手に入らない。


ユウマの資産は、底を打ち、ゆっくりと持ち直し始めた。

派手さはない。

だが、確実だった。


「……順調すぎだな」

ユウマがぽつりと言う。

「いいことじゃないですか」

ミラは即答した。


月面は静かだった。


工事音も、警報も、ほとんどない。

ただ、淡々とログが積み上がっていく。


何も問題は起きていない。


月は、今日も変わらず、黙ってそこにあった。

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