ゆびきりげんまん第3話『美しい目〜癌に侵された目と、取り戻した日』
一度も「美人さんですね」と言われたことがない、今は亡き私の犬。一番のチャームポイントは、大きくて、黒のアイラインが入った、クリクリの目だった。
犬の見た目を、なんとか褒めようと必死で探す人たちからも、犬の目は「きれいな目」と言われ続けてきた。私も、犬にこう話しかけてきた。
「ねむちゃんの目は、キラキラだね」と。
老いて、目が見えなくなってからも、
「ねむちゃんの目は、お姉ちゃんの心を見れる、世界で一つの目だね」
私は、そんな、賛辞を送り続けてきた。それほどまでに、犬の目は、美しかったのだ。
でも、犬は、最期の三ヶ月。
口腔内メラノーマという口の癌が、体中に転移していった。口から、脳、鼻、そして、目。犬の左目も、癌の腫瘍に、侵された。
みんなから褒められた、私も大好きだった、綺麗な美しい、犬の左目は、癌の腫瘍で腫れ上がった。まぶたを閉じることが出来ないほどに、腫瘍は容赦なく、犬の目に襲いかかった。
私は、諦め切れずに、ドクターの許可をもらって、犬の左目を綺麗にしようと、無駄なあがきをし続けた。
アイボンをシリンジで吸い取り、犬の目に流し入れ、処方された、気休めの目薬をさす。そして、柔らかなガーゼで、優しく目を拭く。
本当に、意味のないことだとわかっていた。癌に対して、私がしてることなんて、儚い抵抗だった。でも、私は、犬の目を綺麗にしたかった。美しい目で、世界を、もう一度見て欲しかったのだ。
闘病の末、安楽死で、犬が死んだとき。私は、癌に侵された、左目を隠すように、犬を左向きで寝かせた。痛々しい犬の左目を、見たくなかったのだ。
そして、火葬前の最期の別れのとき。私は、精一杯の力で生き抜いてくれた、犬の体……ふわふわの毛も、小さな手のかわいい爪も、すべてをあたたかいお湯で湿らせたタオルで、拭き清めた。
でも、どうしても、犬の癌に侵された左目だけは、見ることが出来なかった。それでも、私は、覚悟を決めて、犬の左目を拭いた。
すると、生きていた時には、何をしても取れなかった、左目の癌の腫瘍が、ポロリと剥がれ落ちた。閉じることさえ出来なかった、犬の左目は、優しさを取り戻した。
私は、声を上げて泣きながら、犬にこう言った。
「やっぱり、ねむちゃんの目は綺麗な目だね。また、たくさん美しいものを見れるね」と。
私の犬の目は、大きくて、黒のアイラインが入った、クリクリの美しい目だった。私は、最期に、また、その目と見つめ合えた。
犬が最後に見た景色は、何だったんだろう。
もし、それが、私だったら最高だなと思いながら、今も、こちらを見つめる犬の写真に、
「やっぱり、ねむちゃんの目は、世界で一番きれいだよ」……そう、語り続けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます