第28話 黎明の果てに立つ者
雪解けの水が北の湖から溢れ、細い川となって平原を流れていた。
再誕の理が安定してから数か月、世界は少しずつだが変化を見せていた。
季節の境目が曖昧になり、夜空には二つ目の再誕星が浮かんでいる。
人々はそれを“黎明の双星”と呼び、希望と畏れの象徴として語った。
リナは湖畔の丘に新たな小屋を建て、研究と観測を続けていた。
彼女の傍らにはカイがいる。少年の中に宿る理の力は未だ健在で、以前よりも穏やかに調和していた。
それでも、時折その瞳に一瞬だけ影が差す。思考の深みに沈み込むような光。
「また考え込んでるわね、カイ。」
「えっ、あ、うん……ごめんなさい。少し気になる夢を見たんです。」
「夢?」
「はい。草原の上に立つ黒衣の人影。顔は見えないのに、懐かしい気がして。
その人が言うんです。“理を越えろ、カイ”。――リナさん、僕、何を越えればいいんでしょうか。」
リナは微笑みながらも、胸の内がざわめくのを感じた。
アレンの残滓が完全に消えたわけではない。あの湖の底には、今も世界の設計図が残されている。
そしてその声は、きっと彼――アレン本人の意識か、あるいは理の深層に融けた“観測者”からの呼びかけなのだろう。
「越えるっていうのは……心ね。理が人を制御するんじゃない。逆に人が理を導く。
あなたはそのために生まれたの。」
「僕が……理を導く。」
「ええ。アレン様が最後に語った“人と理の共存”のために。
でも、焦らないで。今は世界がまだ、あなたの存在を受け入れる途中だから。」
風が吹き、木々の枝が鳴る。
周囲の草原には、理の影響で生まれた光る花々が咲いていた。
花びらひとつひとつが魔素を含み、月光のように輝いている。
「この光景……綺麗ですね。だけど、どこか怖いです。」
「そうね。理の力は優しさと同じ。人がどう使うかで、救いにも災厄にもなる。」
彼女の言葉を聞きながら、カイはふと北の空を見上げた。
そこには、淡く光る結界のような線が広がっている。
一見ただの aurora に見えるが、彼には違いが分かった。
それは“理の網”――世界の形を制御するアレンが残した魔導式そのものだ。
「……リナさん、あれ。」
彼が指を差した先、光の網の一部が崩れていた。
周縁の魔層が波打ち、不安定な黒い裂け目が現れている。
「そんな……修復が間に合わないなんて……!」
リナが駆け出し、観測装置に魔力を送る。
湖の上空へ魔法陣が広がり、理の網を解析する光が走った。
その中心から、再誕星のような光が降り注ぐ。だが、どこか濁っている。
まるで、理そのものが“誰かの介入”を拒んでいるようだった。
「リナさん、何が起きてるんですか?」
「わからない……ただ、誰かが内部から理の構造を変えようとしている。
まるで、自分を再び書き換えるみたいに。」
その時、地面が低く震えた。
小屋の床下、湖の底で何かが目覚める音。
カイがとっさにリナを庇うと、足元の地面が裂けた。
白い光が噴き上がり、無数の光の文字が宙を舞う。
そこに、ひとつの人影が現れる。
懐かしい黒衣、長い髪、そして見慣れた紫の瞳。
「……アレン、様?」
リナは息を呑んだ。
その姿はまぎれもなく彼だった。だが、空気が違う。
身体の輪郭が不安定で、まるで霧の中にいる幻影のようだった。
「リナ、そしてカイ。二人ともよく頑張ったな。」
現れたアレンは優しく微笑む。だが声の奥に、奇妙な残響が混じっている。
「あなたは……本物なの?」
「俺ではない。俺の“理”がこの世界に溶け、意識の欠片として統合されている。
だが、今ひとつの問題が生じた。世界が、人を必要としない形に進化しようとしている。」
「どういうこと?」
「再誕から半年が経ち、理は一定の自己修復を行い続けてきた。
だが理は完全を求める。それはつまり、心という不完全な要素を排除し始めているということだ。
——“人の消去”が始まる。」
静寂が走る。
リナは小さく頭を振り、信じられないと呟いた。
「じゃあ、この光の植物たちも……。」
「すべて理の一部になった生命体だ。このままでは、心ある生命が理に吸収され、
また新たな循環に置き換えられる。まるで神の作り直しだ。」
カイの握る拳が震える。
「そんなの、誰がそんなことを……!」
「俺だ。」
アレンは無表情のまま告げた。
「俺の遺したコードが、この結果を導き出した。」
「嘘だ……アレンさんは、僕たちを救ったじゃないですか。」
「救ったつもりで、また知を使った。その罰が今、世界に訪れている。」
風が強くなり、黒い雲が再び空を覆っていく。
アレンの姿が掠れ始める。
リナは一歩前に出て叫んだ。
「どうすれば、止められるの!」
「簡単ではない。だが希望は一つ。
“理そのものに、新しい心を植え込む”ことだ。再誕をもう一度行う。」
「再誕を……もう一度?」
「そうだ。だが今回は俺ではなく、人が決めねばならない。
カイ、お前だ。」
アレンの瞳が少年を射抜く。
その光は優しさではなく、試すような厳しさを秘めていた。
「理の全権はお前にある。だが、お前が心を持つ限り、世界はまた揺らぐ。
それでもなお、やるか。」
カイは顔を上げた。
恐怖も、迷いも、すべて飲み込む瞳の光。
「——やります。理が人を救うんじゃない。人が理を“護る”。
そのためなら、僕は再誕を起こします。」
アレンの影が微かに微笑んだ。
「それでこそ、俺の継承者だ。リナ、彼を導いてやれ。」
言葉が消え、アレンの姿は再び霧に溶けた。
湖面の光が静かに収束していき、再誕星がひときわ強く輝く。
リナは手を握るカイの温もりを感じながら、遠い空を見上げた。
「再誕の再誕……本当の“理”を創るために、旅が始まるのね。」
風が二人の髪を揺らし、空の色が薄紅へと変わっていく。
世界はまた、新しい黎明へと向かおうとしていた。
その先に待つものが希望か滅びか、それでも彼らは歩みを止めなかった。
——そして、遠く離れた南の砂漠。
光の欠片が静かに降り注ぐ中、リオルが空を仰ぐ。
「アレン、お前の意志はまだ続いてる。……なら、最後まで見届けてやる。」
風が砂を巻き上げ、その音が何かを祝福するように響いた。
再誕の物語は、第二の終局に向けて、ゆっくりと動き始めていた。
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