第7話 地下帝国ノルドの胎動

 遺跡ノルドの再構築は、侵入者を排除してから三日後には一段落していた。

 アレンがその力を完全に掌握した結果、古代遺跡はただの廃墟ではなく、生命を持つように脈動し始めていた。

 風が通り、光が灯り、空気が循環する。金属と石の街は、目に見えぬ呼吸をしている。


 中央広間――かつて古代の祭壇があった場所は、今では統制の中枢となっていた。

 魔導回廊が四方に伸び、上層には観測塔や生産区、下層には居住と防衛機構が整っている。

 アレンは《グリモア》の指導のもと、あらゆる構造を一本の神経のように接続していた。


「これでようやく、“国”としての最低限の体を成したな。」


 アレンは淡い光を放つ魔導モニタを見つめながら呟いた。

 表示されているのは、膨大な魔力循環図。流れる光が、まるで生きているように複雑に脈打っている。

 無機質でいて、有機的――それがまさしく“帝国”と呼ぶにふさわしい構造だった。


「アレン様。」


 背後から声がした。リナが小走りにやってくる。その手には銀の杯があり、蒸気を立てる果汁水の香りが広がる。


「また休まずに作業してたんですね。どうぞ、少しでも飲んでください。」


「ああ、ありがとう。」


 アレンは杯を受け取り、一口で飲み干す。冷たさが喉を滑るように落ちていき、思わず息を吐いた。

 この三日間、彼はほとんど眠っていない。分解と再構成を繰り返し、遺跡の魔力構造を自らの魔導ネットに繋ぎ直す作業に集中していたからだ。


「お前の調整した薬草水、悪くないな。魔素の巡りが早まる。」


「嬉しいです。昔の巫女の知識が、少しは役に立ったみたいで。」


 リナが微笑む。その笑みに、アレンはふと柔らかい表情を返した。

 だがすぐに視線を戻し、魔石盤に指を走らせる。


「この三日間で、新しい命令系統は安定した。地下水脈も掴んだし、空気精霊の流れも把握済みだ。あと必要なのは――」


「“人”ですね。」


 リナの言葉に、アレンは頷いた。


「そうだ。帝国を保つには、労働と知性を持つ者が必要だ。だが、ここに存在するのは俺とお前だけ。機構は稼働するが、管理が届かない部分も多い。」


 リナは少し俯いた。「……人を連れてくるつもりですか?」


「そのうちにな。だが、無理に地上の者を引き込むつもりはない。まずは“創る”。素材から。」


「創る……?」


 アレンは掌を上に向ける。次の瞬間、彼の体から淡紫の粒子が広がり、床の上空に魔法陣が浮かび上がった。

 その陣は複雑に重なり合い、やがて形を得ていく。


 骨格。筋肉。皮膚。

 人型の輪郭が生成されていく様は、まるで神話の創造のようだった。

 リナは息を巻く。「これ……人ですか?」


「魔導構造体。簡単に言えば自律式の労働体だ。人間の表情や行動を模倣できる。心までは与えられないが、命令に忠実で、維持も容易い。」


 完成した構造体が、静かに膝をつく。

 顔のない仮面のような顔にアレンが魔力を吹き込むと、瞼が開かれ、瞳が一瞬だけ輝いた。


「起動確認、コードネーム“アルミア”。」


「……アレン様、これが本当に命令通りに動くのですか?」


 アレンは首を縦に振った。

 新造の構造体へ静かに命令する。


「起動せよ。第一指令、《ノルド生産区画の再整備》を開始。」


「了解……マスター。」


 無機質な声が響き、構造体アルミアが立ち上がる。次の瞬間、彼女に連動するように光線が走り、新たな魔法陣が広がる。

 複数の同型ユニットが次々と生成され、アレンの前に整列した。


「これでようやく、人手不足は解消だ。彼らは“人を模倣する意思なき民”。だが、力を蓄えれば、いつか“命”になるかもしれない。」


 アレンの言葉を聞きながら、リナは複雑な表情を浮かべた。

 希望と畏怖。そのどちらも感じる。

 人工生命――それはかつて神代の時代、人々が冒涜として封印した技術だった。だがアレンは迷いなくそれを実現した。


「アレン様……あなたは、本当にこの世界を変えようとしているんですね。」


「変える? 違うさ。壊して作り直す。分解と再構成――それが俺の理だ。」


 彼の瞳は静かだったが、どこか燃えるように深い。

 リナは何も言い返せず、ただ見つめるしかなかった。

 その背に宿る光と闇、その両方が彼の中で共存していた。


 だが、アレンの思考はすぐ次の段階へと向かっていた。

 彼にはもうひとつの目的がある。

 “地上との情報線”。それを通じて、世界の変化を監視し、そして――復讐の機を伺う。


「外の動きはどうなっている?」


「はい、観測塔の魔導鏡から見た限り……ギルド《銀鷹》の討伐隊が再編されています。

 王国は、“狂賢者アレン”という名であなたの討伐を請け負わせたようです。」


「勇者リオルも動くか?」


「詳細は不明ですが、教会を含めた連合が会議を行っているとか……」


 アレンは小さく笑う。「早いな。俺が生きていると知れたら、当然そう動くか。」


 リナは思わず問い詰めた。「どうして笑えるんですか? また彼らと戦うことになるんですよ……!」


「戦う? いや、遊ぶだけだ。」


 ぞくりとするほど冷たい口調。

 アレンは杖を傾け、床の魔法陣を撫でる。

 その瞬間、地下のあちこちで陣が発光し、音のような波が走った。


「ノルド全域に外界認識防壁を展開。侵入を試みた者を感知し、位置座標を記録する。」


「これって……!」


「地上の動きを、“監視する”ための網だ。俺を狩りに来た者が、今度は獲物になる。」


 アレンの声が乾いて響く。

 リナは目を伏せながら、胸の奥が締めつけられるのを感じた。

 彼が完全に“復讐者”へと変わりつつあるとわかっていた。


 それでも、どこか救いを信じたかった。


「……アレン様。」


「なんだ?」


「あなたが作り上げる国が、いつか誰かの希望になるように……そう願っちゃいけませんか?」


 アレンは一瞬だけ沈黙した。

 長い沈黙のあと、わずかに息を洩らした。


「リナ。希望は贅沢だ。だが、もし俺の作るものに意味が生まれるなら――それは誰かが望むときだ。俺じゃない。」


「なら、私が望みます。」


 リナの言葉に、アレンは最初は何も言えず、やがて苦笑を浮かべた。

 彼女の無邪気さと真剣さが入り混じった声は、鋼のように固く張った彼の心をわずかに緩める。


「……好きにしろ。ただし、俺は止まらない。」


「もちろんです。あなたが進むなら、私は後ろから見ています。」


 二人の会話を包むように、遺跡の壁が微かな金属音を鳴らした。

 それはまるで頷くような響きにも聞こえる。

 ノルドは今、確かにひとつの意思を持ち始めていた。


 その日、中央広間の天井に黄金色の魔光が走った。

 アレンが望む通り、分解と再構成により新たな支配核が樹立された合図だった。

 これをもって、“地下帝国ノルド”が正式に稼働を開始した。

 そして同時に、地上の世界に奇妙な現象が報告される。

 各地の魔力流が乱れ、夜空が紫に染まる――。


 誰もまだ知らない。

 それが“ひとつの国の誕生”であると同時に、“新たな災厄”のはじまりでもあったことを。

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