第4話:運営が対策パッチを当ててきたので、全財産(ごせんまん)を投入して「理外の兵器」を実装する

「……チッ。これだからワンマン運営のブラック企業は困るんだ」


俺は大通りの真ん中で、脳内に表示された警告ウィンドウを指で弾き飛ばした。

『ダンジョンマスターによる敵対的認定』

『対・罠専門モンスターの投入』


普通の冒険者なら、この時点で震え上がり、引退を決意するだろう。ダンジョンそのものに目を付けられるというのは、世界を敵に回すに等しいからだ。

だが、俺の感想は違った。

俺が抱いた感情は「恐怖」ではない。「憤り」だ。


せっかく構築した完璧な不労所得システムに対し、運営権限で強引にバランス調整を行ってくる。これはクリエイターに対する冒涜であり、何より俺の安眠に対する重大な挑戦だ。


「いいだろう。そっちがその気なら、こっちにも考えがある」


俺は足の向きを変えた。

向かう先は、高級住宅街でも、武器屋でもない。

路地裏の突き当たり、誰も立ち寄らない古びた『古道具屋』だ。

いや、それは表向きの姿。

ここは、裏社会のルートを通じて希少なマジックアイテムを取り扱う、知る人ぞ知る闇の店だ。


「いらっしゃい……。おや、見ない顔だね」


店に入ると、埃っぽいローブを纏った老婆がジロリと俺を睨んだ。


「客だよ。それも、とびきりの上客だ」


俺は懐からギルドの預金カードを取り出し、カウンターに叩きつけた。


「五千万ゴールドある。これであるだけの『高純度ミスリル線』と『空間固定杭』、それに『S級魔力伝導液』をくれ」


老婆の目が大きく見開かれる。

五千万。国家予算規模とは言わないまでも、小国の城なら一つ買える金額だ。それを素材ごときに全額投入するなど、正気の沙汰ではない。


「……あんた、何を作る気だい?」

「何って、決まっているだろう」


俺はニヤリと笑った。


「害虫駆除のための、殺虫剤だよ」


   ◇


数時間後。

俺は再び『緑の洞窟』のいつもの通路にいた。

Fランク冒険者の俺が、Bランクモンスターすら瞬殺したという噂は広まっているはずだが、今は誰も近づいてこない。

ギルドマスターが「あそこは危険区域だ」と立ち入り禁止令を出してくれたおかげだ。やはり権力者は話が早くて助かる。


俺は買ってきた大量の資材を使い、既存のシステムをアップデートしていた。

作業時間は一時間。

俺にとっては異例の長時間労働だが、これからの恒久的な安眠のためだ。我慢しよう。


「……完成だ」


目の前の光景は、一見すると以前と変わらない。

地面には粘着床。天井には杭。

だが、その「質」が違う。

中身は完全に別物へと進化していた。


「さあ、来いよ。運営の回し者」


俺はハンモックに身を沈め、目を閉じた。

今回は耳栓をしない。

この新しいシステムが稼働する音を、子守唄代わりに聞きたかったからだ。


そして、その時は訪れた。


ゾワリ。

空気が凍りつくような殺気と共に、通路の奥から「それ」が現れた。


ゴブリンでもウルフでもない。

全身が半透明の黒い霧で構成された、人型の怪物。

鑑定スキルが自動で発動する。


《 アンチ・トラップ・シャドウ 》

《 特性:物理無効、罠感知、浮遊 》


なるほど、そうきたか。

俺は薄目を開けて観察する。

浮遊しているため、床の粘着スライムは効かない。

物理無効のため、天井からの毒矢も落石もすり抜ける。

さらに罠感知能力で、作動する前に回避、あるいは破壊する知能も持っている。


まさに、俺の罠を無力化するためだけに作られた、悪意の塊だ。

シャドウは俺の設置した罠をあざ笑うかのように、空中を滑るように移動してくる。

粘着床の上を素通りし、センサーの死角を正確に突き、俺の寝床へと一直線に迫る。


「……キヒヒ」


シャドウが歪んだ笑い声を上げた。

その腕が鎌のように変形し、ハンモックで寝ている俺の首を狙う。

あと数メートル。

物理攻撃無効の怪物を前に、Fランクの俺になす術はない。


普通なら、そう思うだろう。


「残念だったな」


俺は呟いた。


「俺が金をかけたのは、『物理』じゃなくて『理(ことわり)』だ」


カチリ。

シャドウが、何もない空間で「何か」に触れた音がした。


瞬間。

通路の空間そのものが、ひび割れた。


「――!?」


シャドウの動きが止まる。

いや、止まったのではない。

空間ごと「固定」されたのだ。

俺が五千万ゴールドを叩いて購入した『空間固定杭』。それは対象を物理的に縛るのではなく、座標そのものを世界から切り離して縫い止める、禁断のアーティファクトだ。


そして、仕上げは天井だ。

そこには毒矢などない。

あるのは、高純度ミスリル線で描かれた、複雑怪奇な魔法陣。


【システム起動:強制転送・無限回廊】


ブォン!!

重低音が響き、固定されたシャドウの足元に、漆黒の穴が開いた。

自動回収ボックスではない。

あれは、俺が即興で構築した『出口のない亜空間』への入り口だ。


「ギャ、ギャァァァァ……!?」


物理無効? 関係ない。空間ごと吸い込むのだから。

罠感知? 無意味だ。これは罠ではなく、地形変動に近い大規模魔術を、アイテムの力で無理やり発動させているのだから。

浮遊? 重力ではない。次元の圧力だ。


シュゴォォォォォ……!

掃除機が埃を吸うよりもあっけなく、シャドウは黒い穴へと飲み込まれていった。

断末魔すら残らない。

あちら側へ行けば、永遠に虚無の空間を漂い続けることになる。死ぬことすら許されない、完全なる廃棄処分。


《 敵対性生物の排除を確認 》

《 経験値獲得不能(消滅のため) 》

《 ドロップアイテムなし 》


「……チッ、金にならんか」


俺は舌打ちをした。

五千万も投資して、リターンがゼロ。

経営的には大赤字だ。

だが、これで証明された。

運営がどんな理不尽なモンスターを送り込んでこようと、俺の「財力」と「知恵」の前には無力であると。


「さて、寝直すか」


俺が再びアイマスクを装着しようとした、その時だった。


『……面白い』


脳内ではなく、直接鼓膜を揺らす声が聞こえた。

システム音声ではない。

凛とした、しかし絶対的な支配力を孕んだ、少女の声だ。


『私の最高傑作を、指一本触れずに葬るとはね』


通路の奥、シャドウが消えた空間の歪みが収まらない。

それどころか、空間の亀裂から、白い手がにゅっと伸びてきた。


メリメリメリッ!

空間を素手でこじ開け、一人の少女が姿を現す。

漆黒のドレスに、雪のように白い肌。

そして、その瞳は鮮血のような赤色をしていた。


彼女は優雅に俺の目の前まで歩いてくると、楽しそうに微笑んだ。


「初めまして、バグ利用者さん。いえ、神宮寺レント君」


少女の頭上に、鑑定スキルのウィンドウが表示される。

しかし、そこには名前も、レベルも、ステータスも表示されていない。

ただ一行、理解不能な文字列が浮かんでいるだけだった。


《 警告:権限エラー。この存在は『システム』そのものです 》


「君の作ったそのおもちゃ、なかなか素敵ね。ねえ、私と『ゲーム』をしない?」


彼女は俺のハンモックの縁に腰掛け、悪戯っぽく、しかし逃げ場のない瞳で俺を覗き込んだ。


「勝ったら、君にこのダンジョンをあげる。でも負けたら――君を私の『ペット』にしてあげるわ」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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