不労所得ダンジョン ~罠(トラップ)を設置するスキルを極めたら、寝ている間に魔物が勝手に死んで経験値と金が入ってくる~

しゃくぼ

第1話:冒険者? いいえ、私はダンジョン資産家です

「おいレント、お前もう明日から来なくていいよ」


ダンジョンから帰還した酒場で、パーティリーダーが吐き捨てるように言った。

理由は聞くまでもない。俺の職業が【罠使い】だからだ。


「お前のその『罠設置』スキルさぁ、地味なんだよ。敵が来るのを待つとか、テンポ悪すぎだろ? 俺たちはガンガン攻めて稼ぎたいんだわ」


周囲の取り巻きたちが、あざけるような笑いを浮かべる。

Fランク探索者、神宮寺レント。

それが俺だ。

剣も振るえず、魔法も撃てない。できることと言えば、地面や壁にセコい細工をすることだけ。


「分かった。今まで世話になったな」


俺は怒りもせず、短く返して席を立った。

背後から「あーあ、可哀想に」「ソロじゃ明日には野垂れ死にだな」なんて声が聞こえてくる。


店を出た瞬間、俺の口角は自然と吊り上がった。


「……ふふ、ようやく足手まといがいなくなった」


あいつらは分かっていない。

汗水垂らして剣を振り回し、怪我のリスクを負ってモンスターを倒す?

そんなの前時代的すぎる。

労働集約型の冒険者稼業なんて、俺からすればナンセンスだ。


俺が目指しているのは、そんな次元の低い話じゃない。

俺が構築するのは――システムだ。


   ◇


翌日。

俺は初心者向けのDランクダンジョン『緑の洞窟』に潜っていた。

目指すは最奥のボス部屋……ではない。

中層エリアにある、モンスターの湧きポイントと水場をつなぐ『一本道』だ。


「ここだ。ここが最高の立地だ」


狭い通路。幅は二メートルほど。

モンスターたちは水を飲むために、必ずここを通る。

不動産投資で言えば、都心駅チカの超優良物件だ。


俺は懐から愛用のハンマーと杭を取り出し、スキルを発動する。


「さて、開店準備といこうか」


俺の流儀はシンプルだ。

自分は戦わない。

システムに殺させる。


まずは足元。

俺は通路の床一面に、粘着質の液体を生成してばら撒く。


【スキル発動:粘着スライム床】


これでこの上を通る奴は、足を取られて身動きが取れなくなる。移動速度低下デバフなんて生温いものではない。完全な足止めだ。


次に天井。

粘着床の真上に、禍々しい紫色の液体を塗った鋭利な杭を、びっしりとセットする。


【スキル発動:毒矢の雨・感知式】


下の床に重みがかかった瞬間、重力に従って毒の雨が降り注ぐ仕掛けだ。


そして最後に、これが最も重要だ。

俺は通路の壁際に、大きな黒いボックスを設置する。

これはなけなしの貯金をはたいて買った魔道具だが、俺のスキルで改造してある。


【設置完了:自動回収ボックス・改】


「よし、構築完了」


所要時間、わずか十分。

汗ひとつかいていない。


俺は通路の突き当たり、モンスターからは死角になる安全地帯にハンモックを吊るした。

耳栓を取り出し、アイマスクを装着する。


「あとは果報を寝て待つだけだ。おやすみ」


俺は躊躇なく横になり、数秒で意識を手放した。


   ◇


ここから先は、俺の夢の中の話ではない。

現実のログだ。


一匹のゴブリンが、鼻歌交じりに通路へ入ってくる。

ペチャ。

足音が湿った音に変わる。


「ギャ?」


ゴブリンが足を上げようとするが、床に張り付いて離れない。

焦って暴れれば暴れるほど、全身がスライム質の床に絡め取られていく。

転倒。

顔面から床に突っ込み、動けなくなったその時だ。


カシャッ。


天井のセンサーが反応する。

ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!

無慈悲な音と共に、数十本の毒矢が降り注ぐ。


「ギ、ギャアアアアアアッ!?」


回避不能。

防御不能。

全身を貫かれたゴブリンは、毒による継続ダメージと出血で、わずか十秒で息絶えた。


シュゥゥゥ……。

ゴブリンの死体が光の粒子となり、魔石とドロップアイテムだけが残る。


そこで作動するのが、壁際の『自動回収ボックス・改』だ。

ウィィィン……!

掃除機のような吸引音が響き、床に落ちた魔石とアイテムが勝手に吸い込まれていく。


床は再び、何事もなかったかのように静まり返る。

残っているのは、獲物を待つ凶悪な罠だけ。


そこへ、次の客がやってくる。

今度は三匹のウルフだ。


「グルル……?」

「キャンッ!」

「キャインッ!」


連鎖反応。

先頭の一匹が転び、後続が突っ込み、まとめて毒矢の餌食になる。

死体が消え、アイテムが吸い込まれる。


俺がハンモックで寝返りを打っている間も。

俺が夢の中で美女とデートしている間も。


システムは止まらない。

24時間365日、文句も言わず、休憩も取らず、ただひたすらに利益を生み出し続ける。

これが『不労所得』だ。


   ◇


「……ん、ふぁあ」


小鳥のさえずり……ではなく、ダンジョンの湿った空気で俺は目を覚ました。

ぐっすり寝たおかげで頭は冴えている。

時計を見ると、設置からちょうど八時間が経過していた。


「さて、収支報告書を確認するか」


俺は空中にウィンドウを展開し、システムログを表示させた。


《 敵対性生物の消滅を確認 》

獲得:経験値 450

獲得:ゴブリンの魔石 × 1

獲得:薄汚れた腰布 × 1


《 敵対性生物の消滅を確認 》

獲得:経験値 450

獲得:ゴブリンの魔石 × 1


《 敵対性生物の消滅を確認 》

獲得:経験値 1200

獲得:ウルフの牙 × 1

獲得:ウルフの毛皮 × 1


《 敵対性生物の消滅を確認 》

獲得:経験値 450

獲得:ゴブリンの魔石 × 1

獲得:ゴブリンの棍棒 × 1


《 敵対性生物の消滅を確認 》

獲得:経験値 1200

獲得:ウルフの毛皮 × 1


《 レベルが上昇しました。Lv12 >> Lv13 》

《 レベルが上昇しました。Lv13 >> Lv14 》

《 レベルが上昇しました。Lv14 >> Lv15 》

《 スキル熟練度が上昇しました…… 》


ログが止まらない。

指でスクロールしても、スクロールしても、終わりの見えない『獲得』の文字の羅列。

まるで滝だ。情報のナイアガラだ。


俺が寝ている間に、百匹近いモンスターが勝手にここを通って、勝手に死んでいったらしい。

自動回収ボックスを開けると、そこには魔石と素材が山のように溢れかえっていた。


「……ざっと見積もって、売却額は四千万ってところか」


八時間の睡眠で四千万。

時給換算で五百万。


昨日のパーティで分け前として貰っていた小銭が、馬鹿らしく思えてくる数字だ。

汗水垂らして剣を振るう?

死にかながらボスに挑む?


「悪いが、俺はパスだ」


俺はアイテムボックスから缶コーヒーを取り出し、プシュッと開けた。

労働の後の至福の一杯、ではない。

経営者としての余裕の一杯だ。


薄暗いダンジョンの中で飲む安っぽいコーヒーは、どんな高級ワインよりも甘美な味がした。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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