第3話 野営の夜、騎士団長は自身の性癖に苦悩する

 気まずすぎる馬車の旅を終え、日が暮れる頃、俺たちは森の開けた場所で野営をすることになった。

 宿場町に泊まればまた騒ぎになる。アレンの判断で、今夜は星空の下だ。


「ヒナタ様は馬車の中で休んでいてください。火起こしと食事の準備は私が」

「いや、手伝うよ」


 俺は馬車から飛び降り、ドレスの袖をまくり上げた。

 アレンが慌てて止めようとする。


「いけません! 聖女様の手を荒れさせるわけには……」

「アレン。俺は男だぞ? 忘れんな」


 俺は苦笑して、スカートの裾をガサガサとたくし上げた。

 役に入り込んでいた「聖女」のスイッチを切る。重心を低くし、肩の力を抜く。男としての自然体に戻る瞬間だ。

 周囲の枯れ木を手際よく集め、ナイフで薪を作り、着火石を使って一発で火を起こす。林間学校と、親父に連れ回されたキャンプの経験がこんなところで役に立つとは。


「よし、いい火だ」


 パチパチと燃え上がる焚き火を前に、俺は満足げに手をパンパンと払った。

 振り返ると、アレンがぽかんと口を開けて立っていた。


「……歴代の聖女様とは、随分と勝手が違いますね」

「『守られるだけのヒロイン』は柄じゃないんだ。自分のケツくらい自分で拭くさ」


 アレンは少しだけ眩しそうに目を細めた。

 その視線には、もう「聖女」を見る崇拝の色はない。代わりに、対等な男を見るような、心地よい色が混じっていた。


   ◇


 簡素な干し肉のスープを啜りながら、俺たちは焚き火を囲んだ。

 静寂。パチパチと薪が爆ぜる音だけが響く。


「……悪いな、アレン。俺の護衛なんて貧乏くじを引かせて」


 ふと、俺は口を開いた。

 アレンはスープを見つめたまま、自嘲気味に笑った。


「いいえ。……これは私の、家のためでもありますから」

「家?」

「私の家門は、かつて王家の不興を買いました。私が騎士団長として完璧な功績を上げなければ家は取り潰される。今回の聖女護衛は、その最後のチャンスなのです」


 重い。

 サラッと言ったが、この男の双肩には一族の運命が乗っかっているらしい。

 俺は飲み干したカップを置き、アレンの隣にどかっと座った。


「大変なんだな、あんたも」

「……ヒナタ様」

「でもさ、今は俺しか見てないし。たまには肩の力抜けよ。完璧超人なんてやってたら、いつか壊れるぞ」


 俺はアレンの広い背中を、バシッ! と遠慮なく叩いた。

 男同士の、慰めと激励の一撃だ。


「俺の前では、カッコつけなくていいぜ。共犯者だろ?」


 ニカっと笑って見せると、アレンがこちらを見た。

 焚き火のオレンジ色の光が、彼の端正な顔を照らしている。その青い瞳が、揺れていた。


「――っ」


 アレンが突然、胸元を押さえて俯いた。


「おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……!」


 アレンの声が裏返った。



   ◇ (アレン視点) ◇



(……なんだ、この動悸は)


 アレンは内心、パニックに陥っていた。

 今のヒナタの言葉。屈託のない笑顔。そして背中に残る、温かい掌の感触。

 それを受けた瞬間、彼の心臓が早鐘を打ったのだ。


(相手は男だぞ!? 私と同じモノがついているのを、この目で見たはずだ!)


 なのに、なぜこんなに愛おしいと思ってしまう?

 これは吊り橋効果か? それとも過労か?


「顔、赤いぞ? 熱でもあるのか?」

「ち、違います! 火が近いせいです!」


 心配して顔を覗き込んでくるヒナタから、アレンは逃げるように距離を取った。


「……私は見張りに立ちます。ヒナタ様は先に休んでください」

「そうか? じゃあ、お言葉に甘えて」


 ヒナタは大きなあくびをすると、草の上に横になり、すぐに寝息を立て始めた。

 アレンはため息をつき、自分のマントを脱いでヒナタにかけてやった。


「……調子が狂う」


 アレンは夜空を見上げた。心臓の音は、まだ鳴り止まなかった。


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