エル・カジェホン・デル・ベソ

恐怖を与えるための物語もある。

だが、これは――

心に残るための物語だ。


メキシコの伝承がすべて恐怖から生まれたわけではない。

中には、叶わなかった愛から、

強いられた沈黙から、

そして、あまりにも遅すぎた選択から生まれたものもある。


これは、その一つだ。


あまりにも有名で、

誰もが知っているつもりでいながら――

最後まで語られることの少ない物語。


グアナフアトの町には、

腕を伸ばせば向かい合うバルコニー同士が触れ合ってしまうほど、

ひどく狭い小路がある。


古く、擦り切れた壁は、

足音や囁き、そして決して安らぐことのなかった約束の残響を、

今も抱え込んでいる。


人々はそこを、

**「口づけの小路」**と呼ぶ。


それは、

ロマンスのためではない。

別れのためだ。


第一章 バルコニー


まだ街路がランプの灯りで照らされ、

家族が子どもの未来を決めていた時代のこと。


その小路に面した家の一つに、

アナという名の若い娘が住んでいた。


彼女は、

財産には恵まれ、

愛情には乏しい、

厳格な父親の一人娘だった。


父は愛を信じなかった。

信じていたのは契約であり、家名であり、

都合の良い結婚だけだった。


だがアナは、

自分を囲む壁の向こうを見ることを覚えた。


運命の悪戯のように近い、

向かいの家に住んでいたのがカルロスだった。


若く、誠実で、

財も後ろ盾も持たない青年。


二つのバルコニー越しに視線が交わった瞬間、

言葉を必要としない理解が生まれた。


――彼らは、感じてしまったのだ。


夜ごと、街が眠りにつくと、

二人は静かに顔を合わせた。


手を取ることはできない。

指先が、かすかに触れるだけ。


時には見つめ合い、

時には、空気さえ密告者になりそうな声量で言葉を交わした。


そして、ある夜。

すべてを賭けるように、

二人は身を乗り出し、唇を重ねた。


短い口づけだった。

だが、それで十分だった。


第二章 秘密


禁じられたものがそうであるように、

愛は急速に、制御不能に育った。


父に知られれば、赦しはない。

アナはそれを知っていた。


カルロスも知っていた。

それでも彼は、諦めるより危険を選んだ。


アナの父には、すでに別の計画があった。

年長で、裕福で、社会的に立派な男。


家の未来を保証する結婚。

アナの意思は、考慮されなかった。


拒んだ瞬間、罰は下された。

監禁、監視、脅し。


それでも、

存在してしまったものは消えなかった。


その夜、

アナは最後にバルコニーへ出た。


カルロスは、待っていた。


第三章 終わり


父が何を聞いたのかは、誰にもわからない。

囁きか。

吐息か。

それとも――

裏切りを告げる沈黙か。


ただ一つ確かなのは、

彼が一言も発さず、アナの背後に現れたこと。


手を上げたこと。


そして――

月明かりに、短剣(たんけん)の刃が一瞬、冷たく光ったこと。


カルロスは、向かいのバルコニーからすべてを見ていた。

叫ぶことも、

動くこともできなかった。


アナは倒れた。

だが、地面へではない。


前へ――

最後の力で身を傾け、

カルロスの唇に、かすかに触れるように。


それは冷たい口づけだった。

別れの口づけだった。


身体は動かなくなり、

小路は、沈黙に包まれた。


第四章 残るもの


それ以来、

口づけの小路は、ただの場所ではなくなった。


訪れる恋人たちは、

由来を知らぬまま、三段目の階段で口づけを交わし、

幸運を願う。


だが、この伝説は幸福を約束しない。


約束するのは、記憶だ。


口づけの小路が語るのは、

勝ち取られた愛ではない。

許されなかった愛だ。


一生に値する一瞬と、

何世代にもわたって町を追い続ける選択の話。


恐ろしい物語もある。

そして――

ただ、痛みを残す物語もある。


これは、

その一つだ。

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