メキシコの恐怖伝説とその他の物語
ロケットゴースト
第1話 : ラ・ジョローナ幽霊譚
ある時代――スペインによる征服が終わってしばらく経った、メキシコのどこか定かではない土地で、一人の若く美しい少女が生まれた。
名は時と共に忘れ去られてしまったが、幼い頃からその容姿は人々の目を引き、年を重ねるにつれ、その美しさはますます磨かれていった。
彼女には常に数多くの求婚者がいた。贈り物も褒め言葉も尽きることはなかったが、誰一人として彼女の胸に恋の炎を灯すことはできなかった。
しかしある日、突然のように運命は動き出した。
旅の途中で村に立ち寄った、一人の男が現れたのだ。
住む家もなく、風雨にさらされたような荒れた風貌でありながら、経験だけは豊富そうな、どこか魅力的な流れ者。
そして不思議なことに、彼女はその無頼の男に一瞬で心奪われ、男もまた彼女の美しさに惚れ込んだ。
両親の忠告に背き、少女は男に身を預け、二人は村を離れた。
人里離れた寂しい場所で、質素だが幸福な家庭を築いた。
夕暮れになると、彼女は夫の帰りを待ち、食卓を囲み、ささやかな幸せを分かち合う――そんな日々が続いた。
しかし時が経つにつれ、その幸せは霧のように薄れていった。
二人の間には可愛らしい子どもが二人いたが、喧嘩や言い争いが増え、男は帰宅を後回しにするようになった。
酒臭く、見知らぬ香水の匂いをまとって明け方に戻り、時には丸一日帰らないこともあった。
少女は幼い子ども達と共に、怒り、悲しみ、そして無力感の中で夜を過ごした。
どうすれば、あの頃の幸せが戻るのか――答えはどこにもなかった。
やがてある日、男はついに帰ってこなくなった。
捨てられたと悟った彼女の心には、深い憎しみが芽生えた。
しかし金もなく、行く当てもなく、幼い子ども達を置いていくこともできない。
彼女は何日も眠れぬ夜を過ごし、後悔と怒りに胸を焼かれ続けた。
その怒りは次第に理性をむしばみ、心を黒く染めていった。
子ども達は泣き続け、腹を空かせて叫んでいた。
家は風に軋み、孤独の音だけが響く。
そしてある夜――
彼女はついに限界を越え、深い絶望のまま、子ども達を近くの川へ連れて行った。
彼女は二人をそっと洗い、小さな頬に口づけをした。
そしてそのまま、水の底へ押し沈めた。
小さな体が必死にもがき、動かなくなるまで。
そこでようやく正気に戻り、自分の犯した罪を理解した彼女は、地に崩れ落ち、狂ったように泣き叫んだ。
その泣き声は数日間途切れることなく続き、やがて飢えと絶望、狂気が彼女の命を奪った。
だが――
魂は安らぎを得られなかった。
彼女は川辺で成仏できず、泣き叫びながら彷徨う怨霊となった。
自分を不幸にしたあの男を探し求めて。
あるいは、彼に似た誰かを――。
現在でも、彼女の嘆き声を聞いたという話は後を絶たない。
夜のメキシコの街を歩く者の耳に、突然届くあの叫び。
「アイ……ミス・イーホース……!」
「ドンデ・エスタン……ミス・イーホース……!」
背筋が凍るその声は、近くで聞こえるほど安全とは限らない。
むしろ――
遠くから聞こえれば聞こえるほど、彼女はすぐ背後まで迫っている。
その時にできるのはただ一つ。
祈ること。
そして、決して後ろを振り返らないこと。
――あなたが、彼女の探している“誰か”でないことを願って。
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