第2話 「次元の壁、本当に超えちゃいましたっ☆」


配信画面のコメント欄が勢いを増していく。

深夜テンションなのか、物珍しさなのか、視聴者は確実に増えていた。


『異世界RP配信?クオリティ高すぎw』

『新衣装?てか背景リアルじゃね…?』

『その犬みたいなの何ww』


視聴者:78


増加と同時に、胸の奥でなにかがざわりと震えた。

ぞくりと、皮膚の裏側を魔力が駆け巡る。


「やば……パワー湧いてくる感じする……!」


コメントが飛び交うほど、体が軽くなる。

魔力が満ち、意識が研ぎ澄まされていく。


だが喜ぶのも束の間、サナの背後から複数の低い唸り声。


魔物は一匹じゃなかった。


闇から、骨が露出した犬型の影が三、四……五。

黄色い瞳が炎のように揺れる。


「……これ、詰んだ?」


視聴者は楽しげにコメントするだけ。

誰も助けには来ない。だってここは本当に異世界だから。


『スパチャ投げてみて?』

『特技ないの?ファイト〜!』

『倒せたらクリップ作るw』


無責任な期待。

でも――その期待こそが力の源だ。


サナは深呼吸し、笑顔を作った。


「みんな、応援して!

 ここで死んだら配信終わりどころか、

 ガチで終わりだよ!?」


その一言でコメントが爆発した。


『いけええ!!』

『頑張れサナ!!』

『回避!回避!』

『スパチャ試すわ!!』


画面上に虹色の光が走る。

何千もの円が燃え立つように舞い、サナの体へ流れ込んだ。


【スキル《サンクション・ライブ》発動】

その瞬間、髪が揺れ、瞳が眩く輝く。


「――いっけぇぇぇぇっ!!」


巨大な光弾が放たれ、地面をえぐる轟音。

魔物は一瞬で霧散した。


草原は静寂に戻った。

息を切らしながら、サナは空を見上げる。


視聴者:416

同接は右肩上がり。

画面の向こう側で、歓声のようなコメントが流れる。


『神回www』

『これリアタイで見れてるの熱すぎ』

『マジで映画じゃん』

『明日学校だけど寝れん』


サナは震える手で胸を押さえた。

恐怖と興奮と、そして――戦慄。


「これ……現実じゃ、ないよね」


ウィンドウが音もなく表示される。


《ログアウト機能は現在使用できません》

《現実世界への帰還条件:不明》


喉が固まる。

笑顔が引き攣る。


「……え?」


だがコメント欄は浮かれたまま。


『設定凝ってて最高w』

『長時間配信助かる』

『寝落ち確定〜』


誰も、本気で信じていない。


サナだけが知る。

これはエンタメじゃない。

現実には戻れない。


その時、遠くで鐘の音が鳴った。

丘の向こう、灯りの揺れる町が見える。

そこに、誰かが手を振っていた。


――救いか、罠か。


サナはマイクを握り直す。


「……行くしか、ないよね」


コメント欄の流れが、再び速くなる。それが力になる。

現実と画面の境界線は、もう消えた。


次元の壁を越えた配信は、

ただのライブでは終わらない。


サナの“本当の冒険”が、始まった。

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