電脳の歌姫は、死してなお告発する。――警視庁捜査一課・赤城宗介の非公式捜査

ハニーシロップ

第1話 天使が墜ちた日

 第1章 墜ちた偶像


 第1話 天使が墜ちた日


 リビングの六十インチの液晶テレビの中で、少女が歌っていた。

 フリルをふんだんにあしらった純白のドレス。透き通るような銀色の髪。そして、この世の誰よりも純粋そうに見える、大きな碧(あお)い瞳。


 天野(あまの)香菜(かな)。

 今、日本で最も人気のあるVTuber――バーチャルアイドルだ。


「パパ見て! 香菜ちゃんの新曲だよ! ここ、ここからの高音がすごいんだから!」


 ソファの上で、小学四年生になる娘の紬(つむぎ)がはしゃいでいる。その手にはピンク色のペンライトが握りしめられていた。

 俺、赤城(あかぎ)宗介(そうすけ)は、キッチンでコーヒーを淹れながら、その様子をぼんやりと眺めていた。


「ああ、すごいな。また上手くなったんじゃないか?」

「でしょー! やっぱりアステリのライブ技術は世界一だね!」


 アステリこと、VTuber事務所『アステリズム』。

 俺のような中年の刑事には理解が及ばない世界だが、業界のリーディングカンパニーとして、飛ぶ鳥を落とす勢いの企業らしい。


 画面の中で踊る少女は、確かに可愛い。

 だが、俺の目にはどうしても「精巧な絵」にしか見えなかった。

 ガワ、と言うんだったか。

 この絵を動かしている『中身』の人間がいる。


 紬が熱狂しているのは、絵なのか、それとも中身の人間なのか。あるいはその両方が融合した『幻想』なのか。

 現実(リアル)の死体ばかりを見てきた俺には、そのあまりにキラキラとした虚構の世界が、どこか恐ろしくもあった。


 それでも、二年前に妻を亡くしてから塞ぎ込みがちだった紬が、こうして笑ってくれるならそれでいい。

 俺はそう思っていた。


 ――そのニュース速報が流れるまでは。


 プツン、と。

 テレビ画面のライブ映像が途切れ、無機質なニューススタジオに切り替わった。

 不快なチャイム音と共に、赤と黒のテロップが流れる。


『ニュース速報です。本日午後、山梨県の山中で、若い女性の遺体が発見されました。警察は、人気VTuberグループに所属する――』


 俺の手から、マグカップが滑り落ちた。

 床で陶器が砕け散る音が、やけに大きく響く。


「……え?」


 紬が凍り付いたようにテレビを見上げている。

 アナウンサーが淡々と、原稿を読み上げる。


『亡くなったのは、VTuber天野香菜さんのキャストを務めていた女性とみられ――』


 画面には、さっきまで笑顔で歌っていた天野香菜のイラストと、ブルーシートに覆われて搬送される遺体の映像が、残酷な対比として並べられていた。


 滑落事故。

 全身を強く打っての即死。

 人気のない山頂付近の崖から、足を滑らせたと見られる。


 紬の握っていたペンライトが、力なくカーペットの上に転がった。

 その光はまだ、淡いピンク色に輝いたままだった。

 しかし、その光が二度と戻らないことを、俺たちはまだ理解しきれていなかった。


(続く)

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