第20話 届く光
朝の警備隊の詰所を生ぬるい風が通り抜ける。
カイ・ロウェルは書類に目を落としながら、小さなため息をついた。
「なぁ、イファ、午後の巡回、おれの分も頼めるか?」
「隊長がサボるなんて珍しいですね。どこか行くんですか?」
「おいおい!調査だよ、調査。最近、やけに動物たちが村に近づいてきててな。森のほうで何かに怯えてるみたいで、鳥も騒がしいんだと。……なんか、嫌な予感がするんだよ」
「了解です。気を付けてください。無線持ってってくださいね」
カイはニッと笑って、不安げな表情のイファの肩を軽く叩いた。
「頼りにしてるぜ、イファ! 俺のためにいつでもどこでも駆けつけてくれるなんてなぁ!」
「いやいや、カイさんのために駆けつけられるほど時間はありません」
「じゃあ、リアちゃんなら駆けつけるか? 俺も髪を伸ばしたらリアちゃんみたいになれるか……」
「隊長〜? そろそろ怒りますよ」
「はっはっは! そういや、リアちゃんは元気にしてるか?」
イファの心臓が小さくはねた。
昨日読んだ手紙の文字が、頭をよぎる。
イファは、熱くなった体に気づかないふりをして、「元気そうですよ」とだけ答えた。
「そうか、それはよかった。あの子の記憶も、早く戻るといいんだけどな……。くれぐれも無理はさせるなよ。大事なもんは、自分の手でちゃんと守れ」
イファはふと、その言葉の重みに目を細め、「はい」と返事をした。
昼休憩のあと、イファはひとりで町を巡回していた。
少し汗ばむような陽気のなか、市場は賑わい、広場では子どもたちが走り回る。
町はいつも通り、穏やかだった。
──その時。
煙の匂いが風に乗り、イファの肺を突き上げる。
「火事だ!」
イファは一目散に走り出す。
市場の裏手──古い倉庫から炎が吹き出し、黒い煙がうねり上がっていた。
周囲の人々が慌てて水を運び、バケツの列ができていく。
「こっちは水路から引いて! 風下を抑えて!」
イファは声を張り上げ、消火活動を指揮した。
必死にホースを握り、火の勢いを抑えていく。
「誰か! 助けて! ティノがいないの……!」
近くの女性が泣きながら叫んだ。
「ティノが…! 私の息子が……倉庫の中に入ったまま戻ってないの!」
イファの動きが止まる。
「まだ中に……!? 助けに行かなきゃ!」
イファは辺りを見回す。
「誰か! ホース代われるか!?」
その時だった。
見たこともないような青白い光が、炎の渦の中でゆらりと脈打った。
周囲の炎が一瞬ひるむように揺れる。
光の影から現れたのは、銀糸のような髪を湛えた少女。
炎の向こうに、まるで幻のように立つリアを見て、イファは息が詰まった。
ススで汚れた服のまま、小さな少年を抱いていた。
「……あれ見て!」
「何か……光ってる……?」
あちこちで聞こえる喧騒が遠く感じた。
その光はたしかに、
──希望のように、美しかった。
少年はリアの腕の中で嬉しそうに笑う。
その手をしっかりと握って。
「ティノ!!」
リアの元へ駆け寄ってきた女性は、泣き崩れように小さな少年を包み込む。
「あのね! このお姉さん、すごかったんだよ! ぽわーって光って! あったかくて……なんかね、ロボットみたいで、かっこよかった!」
リアの瞳の奥で白銀の光が微かに揺れた。
鎮火するとすぐにイファはホースを置き、リアのもとへと駆け寄った。
「リア! 大丈夫か!? 怪我とかしてない?」
リアはゆっくりとイファの方を向いた。
その瞳は力なく揺れている。
「……はい。」
「よかった……なんで、火の中になんか……」
「あの子の声が、聞こえたから。」
リアは、目の奥がチカチカと痛むのを感じた。
「わたしも、みんなを笑顔にしたい。誰かの、光になりたいと思いました」
リアの言葉を聞いて、イファは大きな、大きなため息を吐く。
そして、リアの手を取り、目の前でその場に崩れ落ちた。
「リア、すごいな……」
目を閉じて、ぽろりと言葉をこぼした。
「本当に、無事で、よかった……」
握られた手はあたたかかった。
「リアは、たしかに誰かの光だ。まだ、たくさんのことが思い出せなくても、俺は、信じてる。リアは、リアだ」
リアは胸元をそっと押さえる。そこに宿った光は、もう消えていた。
「でも! 無謀すぎる! 自分の命をもっと、大切にして。リアは、一人しかいないんだ。リアがいなくなったら、悲しむ人だっている」
「……?」
「ティノがいなくなったら、ティノのお母さんが悲しむように、リアもいなくなったら、悲しいんだよ」
「誰が?」
「母さんやきっとミナも……。俺だって……!」
「そうなんですね。悲しい思いはしてほしくないです」
はぁ〜と大きなため息をついたイファは、
「リアは、俺の家族だから」と言って頭をポンポンと撫でる。
イファは、倉庫の周りにフェンスを置きはじめたので、リアも手伝った。
立ち入り禁止のテープを貼り、ホースを片付ける。
「……そうだ、なんで、こんなところにいたの?」
リアは視線を落とし、ぽつりと答えた。
「……アネモネの、花言葉を……調べたくて。近くの図書館に、来ていました」
イファは呆気に取られたような顔になった。
「……そっか……花言葉、か」
ははっと力なく笑うイファは、どこか、嬉しそうに見えた。
「花言葉、なんだったの?」
「……秘密です」
その言葉の奥で、リアは胸の内に残る、かすかな温かさを確かめていた。
もう光は消えているはずなのに、
胸の奥には、まだ小さな灯りが残っている気がした。
それが誰かに届いたのなら──
それで、よかったのだと思えた。
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