第17話 星降る夜に
広場から少し離れたところで、星灯籠の光が川を美しく彩っていた。
「──じゃあね、リア」
ミナがにこっと微笑んだ。
橋の向こうには、幼なじみの男の子が待っている。
「……ミナ、今日……会えてよかったです。ありがとう」
リアがそう言うと、ミナはふふっと笑って返す。
「わたしもよ。すごく楽しかったわ」
そのとき、橋の向こうの男の子がミナに気づいて手を振る。
ミナは、小さく手を振り返すと、リアの耳元でそっと言った。
「がんばろう、ね!」
リアは、小さくうなずいた。
夜風がふたりの髪をやさしく揺らす。
リアとミナは小さく手を振りあって別れた。
「……がんばってね、ミナ」
駆けていく背中に、ぽつり、と声をかけた。
その声は小さく、金色の光に溶けてゆく。
リアはひとり、星灯籠を抱えて川の方へと歩き出した。
川辺にはたくさんの光が揺れていた。
水面に浮かぶ星灯籠が、ひとつ、またひとつと流れていく。
祈りの言葉とともに、空へ、水へ、還っていく光たち。
リアは、ただ、その光景を眺めていた。
そっと両手で抱えた星灯籠に、静かに願いを込めて。
──ありがとう
──どうか、みんなが、笑っていられますように
水面に手を伸ばし、灯籠をそっと流す。
小さな灯りが、星降る川へと加わった。
言葉にならない想いのかけらが、胸の奥で優しくきらめいた。
そのとき、ふと視線を上げると、川の向こう岸で、ミナと彼が並んで笑っていた。
手には、それぞれの星灯籠。
ふたりで何かを語り合いながら、楽しそうに笑っている。
リアの胸に、ぽつんとあたたかい灯が灯った。
──よかった……
ミナの願いが、届いたのだ。
そのとき、花火が上がった。
夜空にひらく、大きな花。
川の向こうに見える湖面にうつる。
空と水面がつながって、目の前に見えるのは“星降る道”。
綺麗だった。
絵で見たものより、何倍も。
川辺には、たくさんの笑顔があった。
家族、恋人、友人同士。
みんな、それぞれに、誰かと手を取り合って、美しい光を見つめていた。
──ふと、自分だけが、そこにいないような気がした。
「……わたしは、いま、ひとり」
声は花火にかき消され、闇に消える。
胸の奥がきゅっとなる、あの不思議な感覚だった。
胸の奥の小さな、小さな痛みに、気づいたリアはゆっくりと目を閉じて、大きく息を吸う。
再び目を開けると、目の前に広がる光景は、ただ、美しく、頬をなでる夜風は、やさしかった。
花火が終わり、帰ろうと歩き出したそのとき──
「リア!」
遠くから、聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、汗をにじませながら、イファが駆けてくる。
「リア! ……祭り、どうだった? 楽しめた?」
肩で息をしながら、くしゃっと笑う。
「仕事がっ……ひと段落してさっ! カイさんが、行ってこいって……」
リアは、目をぱちぱちさせていた。
そんなリアを見て、イファはニカっと笑って言った。
「星灯の夜は、星を見るまでが祭りなんだ!」
ふたりは、イファが持つ小さなランタンを頼りに、以前春の日に訪れた森の湖へ向かった。
空には満天の星が広がっていた。
昼間に訪れた時にはわからなかった星たち。
水面にも、無数の光が映り込んでいる。
誰もいない湖は、ひどく、静かに感じた。
リアはしばらくその景色を見つめていた。
そして、そっと口を開く。
「……ここ、すきです」
「……俺も」
小さく答えたイファは、隣に腰を下ろす。
しばらく、言葉はなかった。
でも、ふたりの間には、確かに優しい空気が流れていた。
リアは、ゆっくりと、ポケットから白い封筒を取り出す。
「あの、これ……イファに、書いたんです。」
「え……?……手紙?」
「……はい……」
リアは、どこか不安そうに視線を下げた。
イファは目をまんまるに見開く。
「……えっと……本当に、俺に?」
リアはこくんと頷く。
「……そっか……いま……読んでもいい?」
「はい……」
イファは頬を赤らめながら、そっと便箋を開いた。
読み終えたイファは、小さく、小さくリアの名前を呼ぶ。
「ありがとう。すごく……うれしいよ」
そう言って、イファは、リアの手を包んだ。
「これ、リアがすごく頑張ってくれたの、わかる」
ふにゃっと笑うイファを見て、小さく頷いた。
ふたりは、しばらく沈黙のまま、ただ星を眺めいた。
風がそっと吹いた。
「……リア、なにか思い出した?」
イファが、ふとたずねる。
リアはしばらく黙っていた。
でも、やがて、小さく頷く。
「……この町に来て、一度だけ……。たぶん……わたしの記憶……白い天井と、誰かの声がして……でも、それだけです……まだ、何も思い出せない。」
イファは、リアの横顔を見つめる。
「そっか……」
「……忘れては、いけないような、気がするのに。」
「……うん、記憶や思い出は誰にも奪われるものじゃない。リアの大切なものだ。いつか、思い出せる日がくるといいね」
空にはまだ、星が降り続いていた。
──それは、永遠には続かない時間。
けれど、忘れられない夜だった。
水祈の星灯。
その夜、リアははじめて“ひとりじゃない”と、心の奥で感じていた。
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