エピソード 2ー3

 MAHS感染者の排斥が盛んな都市セレスタリア。

 カティアはその支配階級の人間でありながら、自らもまたMAHS患者であることを隠し、MAHS患者を擁するヴェルターラインを陰ながら支援している。


 そんな彼女が、礼拝堂の隠し部屋の中で一人、ソファに寄りかかって悠然と微笑んでいる。

 ゲームでは味方の能力を大きくアップする支援ユニット。妖艶なお嬢様である彼女を前に立って考えるのは――俺が彼女と肉体関係にあるか否か。


 真面目な話である。

 俺は一般的には廃課金者と呼ばれるくらいには課金しており、ガチャキャラはすべて完凸させている。つまり、戦闘で負ける可能性は低い。

 だから一番心配なのは、修羅場になって女の子に刺されることであり、カティアと俺が寝たかどうかは重要な問題だ。


 ちなみに、カティアはなにかと敵が多い。そんな彼女は好感度最大イベントの中、ヴェルターラインとの秘密の会合中に襲撃され、レンと逃亡することになる。

 その際、身を守るために仕方なくMAHS患者としての能力で敵を撃破、レンにMAHS感染者であることを隠していたと打ち明け、二人だけの秘密にする。


 そして『課金指輪イベント』では、別の会合へと向かうリムジンの中で、MAHS感染者であることを隠している彼女に、少しでも安全を確保できるようにと指輪を渡す。

 いつもは強気の彼女がデレるという描写はあるが、それだけである。


「……まさか、カティアと車の中で?」


 さすがにそれは――という思いが口からこぼれ落ちた。その途端、悠然とソファに座っていたカティアの顔が真っ赤に染まる。


 ……あぁ、これやってるわ。運転中の車の後部座席で、やっちゃってますわ。


 どうせ修羅場になるなら、せめて記憶があるようにしておいて欲しかった。なんてことを考えながらカティアを眺めていると、彼女は赤らんだ顔で咳払いをした。


「レン、普段はカティア伯と呼びなさいと言ったはずよ」

「すまない、自然と口をついた」


 とっさに謝罪をする。これは、ソシャゲで彼女をカティアと呼んでいたから――だったんだが、彼女は「なっ」とさらに赤くなった。


 彼女はさっき『普段は』と言った。

 つまり、普段じゃないときはカティア呼び。そして、プレイヤーである俺はそのことを知らない。ようするに、俺が彼女をカティアと呼ぶのは、ベッドの上の話なんだろう。

 そりゃ、自然とカティアと呼んだとか言われたら焦るような――なんてことを考えていると、彼女は再び咳払いをする。


「まぁいいわ。まずは本題をすませましょう」

「そうだな。俺を拉致した理由をお聞かせてくれるか? こんな強引な手段を執って、リーシアが救出に来るぞ?」

「……MAHS患者である彼女を信頼しているのね」

「優秀な仲間だからな」


 俺がきっぱりと口にすると、彼女はわずかに目を細めた。さっきまでの可愛らしい雰囲気がなりを潜め、セレスタリアの支配者という雰囲気が全身から滲み出す。


「なら、今回の任務には気を付けなさい」

「……それは、どういう意味だ?」


 聞き逃せないと耳を傾ける。


「ブリーフィングルームで、MAHS患者の治療ポッドが見つかったと言っていたでしょう?」

「それは聞いたが……まさか、違うのか?」


 俺の問い掛けに、カティアは小さく笑う。


「知らないわ」

「……は?」

「そのような報告が上がっているのは事実よ。でも、それが真実かどうかは分からない」

「なら、気を付けろという根拠はなんだ?」

「今回の任務の発案者が、ノクサリオン侯爵だからよ」

「……あの爺さんが発案者だとまずいのか?」


 曲者ではあるが有能だ。

 なにが問題なのかと問い返すと、カティアは片目を瞑って溜め息を吐いた。


「彼が効率主義なのは知っているでしょ? 自分がどう思うかじゃない。セレスタリアにとって必要かどうかで判断するの。そんな彼がMAHS患者を救おうとすると思う?」

「あぁ、そう言われると怪しいな」


 指導者としては優秀であるがゆえに冷酷な一面を持つ。たしかに、そんな彼が、MAHS患者のために――というのは違和感がある。


「忠告に感謝する」

「貸一つよ」


 彼女はそう言ってソファから立ち上がると、ハイヒールでつかつかと歩み寄ってきた。それから俺の胸板に胸を押しつけるように身を寄せてくる。


「……カティア伯?」

「仕事の時間は終わりよ。後は――」


『マスター、ご無事ですか!』


 コネクトレインを通してリーシアの声が響く。それと同時、カティアが持つ無線にも、リーシアにここが発見されたという部下の声が響いた。

 彼女は不意に唇を俺の口に押しつけ――


「残念。どうやら時間切れのようね」


 そう言って笑うと、さっと身体を離してしまった。

 そして次の瞬間には、何事もなかったかのように部下と話し始める。


『マスター!』

『リーシア、こちらは問題ない。俺を攫ったのはカティア伯だ』

『……カティア様ですか? 分かりました、すぐにそちらに向かいます』


 いや、なぜそうなる――とは聞き返さない。俺は『すぐに出るから待機しててくれ』と返し、それからカティアに視線を向けた。


「どうやら優秀な部下が迎えに来てくれたらしい」

「そのようね。……次は、ゆっくり楽しみましょう」


 彼女はそう言って、部屋の奥にある隠し扉の向こうへと消えていった。


「……さすがカティア。ミステリアスな女性って感じで格好いいな」


 というかあの反応、どう考えても一夜限りの関係じゃないんだよなぁ。

 どうする俺?


 そんなことを考えながら隠し部屋から外に出ると、目の前にリーシアが立っていた。

 不意打ちで悲鳴を上げそうになるが、意志の力で呑み込んだ。俺は一呼吸置いて、なんでもないふうに「迎えに来てくれて助かった」と口にする。


「いえ、当然のことをしたまでです。それよりも危険は?」

「大丈夫、カティア伯から情報を聞いただけだ」

「……そうですか。マスターが攫われるのを未然に防げず、申し訳ありませんでした。この罰はいかようにでも」

「気にするな。この都市はカティア伯の庭みたいなものだからな」


 というか、どう考えても悪いのは俺なのに、そんなふうに言われたら罪悪感で死んでしまう。俺はせめてもの罪滅ぼしで、リーシアの頭を撫でつけた。


「……マスター」


 とたん、リーシアはとろんとした顔になり、なにかを求めるように上目遣いを向けてくる。キスをねだられているのは一目瞭然だが……と、俺は躊躇った。

 そのわずかな時間で、リーシアは目を開いて俺を不安げに見上げてきた。


 ……分かっている。

 さきほど、カティアとキスをしたばかり。この先は修羅の――いや、修羅場への道だ。だが、ここで引き下がるのだって様々な問題を生むことに違いはない。

 昔、どこかの偉い人が言っていた。やらずに後悔するよりも、やって後悔しろ、と。


 だから俺は腰に腕を回し、リーシアとキスをした。

 もちろん、キスだけではすまなかった。

 

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