トレンド入りした幼なじみの、本命は僕でした
てててんぐ
第1話 幼なじみは、今日も僕の隣にいた──はずだった
チャイムが鳴る五分前。
いつもどおり、僕は教室の窓際でぼんやり外を眺めていた。校庭には朝の光。眠い。実に平和。これ以上ないくらい、代わり映えのしない高校生活。
「──おはよ、悠斗。今日も、隣ね」
肩を軽く小突かれて、僕は視線を戻す。
そこには、当然のように僕の隣へ腰を下ろす幼なじみ──美桜がいた。
「なにその確認。いつも隣だろ」
「うん。でも、ちゃんと言わないと取られちゃいそうでしょ?」
「取られねぇよ」
「取られたら困るから言ってるの」
にっこり。
たぶん普通の男子ならドキッとするんだろうけど、僕は慣れてしまっている。十五年も一緒にいればこうなる。
……いや、最近になって少しだけドキッとする回数は増えた気もするけど。
「ところで悠斗、昨日のやつ見た?」
「昨日? なんの話──」
言い終わる前に、美桜が僕のスマホをスッと奪った。
「ほら、これ」
「ちょ、勝手に──」
「ほらほらほら! これだよ! 再生、伸びすぎ!」
美桜が画面を僕の目の前にぐいっと押しつけてくる。
そこに映っていたのは──
『#朝のヘアアレンジ #女子高生』
というタグで投稿された短い動画。
──の、はずが。
「……再生回数、え? 十万……?」
「今朝の時点で十二万だったのに、さっき見たら二十万いってた!」
「いやいやいやいや、どういうことだよ。昨日の夜、千再生くらいじゃなかったっけ?」
「そうなの! 寝て起きたら、通知が止まらなくてさ〜」
美桜は“えへへ”と笑っているけど、僕は理解が追いつかない。
「なんで急にバズったんだ?」
「わかんない。でも、コメントもいっぱいで……ほら、“めっちゃ可愛い”とか“天使?”とか……」
「……ふーん」
なんだろうこの胸のモヤモヤ。
幼なじみが褒められてるだけなのに、なんか気に入らない。
だって、そんなの……。
「可愛いのなんて、前からだし」
「──え?」
「あ、いや、違う。そういう意味じゃなくて、その……」
やばい。
脳が口に負けた。
美桜は一瞬だけ固まって、次の瞬間、ふにゃっと笑った。
「……ふふっ。ありがと」
「いや違──」
「悠斗が言うと嬉しい」
そう言って、少しだけ僕の机に寄りかかる。
近い。物理的に近い。距離感バグってる。
「で、でも、これ……二十万再生ってすごいよな。クラスで騒ぎになったり──」
「なると思う。ていうか、もうなってるかも」
その言葉と同時に、教室の入口から声が上がった。
「あっ、美桜!? 動画見たよ〜! やばすぎ!」
「写真撮っていい!? え、待ってマジで美桜じゃん!」
女子二人が駆け寄ってくる。
美桜は少し照れながら挨拶している。
「すごいじゃん美桜! 急にバズるとかスターじゃん!」
「いや〜、たまたまで……」
その光景を、僕はなんとなく遠くから眺めていた。
美桜が誰かにちやほやされるのを見るのは、嫌いじゃない。
でも、今日はなぜか胸の奥がざわつく。
「……おーい悠斗。むすっとしてる?」
「してねぇよ」
「絶対してる。ほら」
美桜が僕の腕を軽くつついてくる。
昔はこんなふうに人前でベタベタしてこなかったはずなのに。
「クラスの子たちがさ、聞いてくるんだよ。“美桜ってどんな子? どれくらい仲いいの?”って」
「……だろうな」
「だから答えておいたよ。“幼なじみで、一番大事な人”って」
「──は?」
「え? だめだった?」
「だめっていうか……誤解されるだろ」
「されたいんだけど?」
「は?」
「ふふ〜ん、なんでもないよ?」
美桜はいたずらっぽく笑い、僕の机を指先でトントンと叩いた。
「悠斗。今日、帰り一緒ね」
「いつも一緒だろ」
「うん。でも今日はいつもより“一緒”がいい」
──なんだよそれ。
チャイムが鳴り、騒いでいたクラスも席へ戻っていく。
教室が落ち着いても、僕の胸の落ち着かなさだけは続いたままだった。
なんだ、この感じ。
幼なじみがバズっただけなのに。
今までと同じ日常のはずなのに。
美桜の視線が、
いつもより僕にだけ向いている気がするのは──気のせいか?
いや、気のせいだろ。
……だと、思いたかった。
「ねぇ悠斗」
「ん?」
「今日ね、なんか……変だよ。みんなの視線。私じゃなくて、悠斗の方に向いてない?」
「は? なんで俺に」
「わかんない。でも……」
美桜は少しだけ声を落として、
僕の耳元に顔を寄せた。
「なんか嫌。みんなが悠斗を見てるの」
「……は?」
「だって──悠斗は、私だけを見てればいいのに」
とんでもない言葉を残して、美桜は前を向いた。
僕の心臓が、変な音を立てた。
……今日の美桜、なんか違う。
いや、もしかしたら世界が彼女を見つけた瞬間、
僕たちの関係はどこかで“バグ”を起こしてしまったのかもしれない。
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