鈴の音

nekoneko

第1話

鈴の音がした。


いま思えば、あの毎日の始まりの合図みたいなものだった。

私は作業の手を止めて顔を上げ、そっとドアを開けた。


すると、外の階段を駆け上がる軽快な音が聞こえてくる。

ぱたぱたと忙しなく、それでいて嬉しさの混じった足取りだ。


「ゆっくり上がってくるのよー」


一応声をかけたものの、その言葉が届くより早く、あの子は勢いよく部屋に飛び込んできた。


胸に飛びついてくる温かい衝撃に、私は思わずよろめく。

長時間のデスクワークで弱った腕では、毎回うまく受け止められなくて困る。

けれど困りながらも、あの子が見せてくれる元気がなんだか嬉しかった。


そのまま、今日あった“あの子なりの出来事”を一生懸命伝えてくる。

一生懸命に、表情と仕草で全力で話しかけてくるから、だいたい何を言いたいのかは分かるのだ。


「楽しかったのは分かったけど、階段を駆け上がるのは危ないの。

 それにまだお仕事中だから、少しだけ下で遊んでてね?

 あとでいっぱい遊んであげるから」


そう言うと、あの子はきょとんと私の顔を見上げた。

その顔がおかしくて、つい笑いそうになる。


理解したのかしないのか、ふわっと振り向いて、またぱたぱたと階段を降りていった。

あっという間に姿が見えなくなる。


「本当に分かっているのやら……」


そう呟きながらデスクに戻ると、静かさが戻った部屋に、思わず小さく息をついた。

でも階下には、きっとあの子が待っている。

そんなことを思うと、仕事の続きをしながら自然と気持ちが和らいだものだ。


――これも、よくある日のひとつだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る