あまゆう
天空 乃亜
episode1 幼なじみの2人
ある日の夜。春の暖かい風が夜の冷たさで中和されている。
僕は机に向かう手をふと止め、いつでも刻を狂いなく知らせてくれる時計を見る。
8時30分。
「そろそろかな?」
僕はニコリと笑みを滲ませながら机の隅に置かれていたスマホを持って、ベッドに座る。
すると案の定、スマホが震えて『
もちろん僕にだって拒否権はあるから、一旦切ってやる。悪い笑みが浮かぶ。
しかし、切った瞬間にもう一度スマホが震える。今度は一回目よりも強くふるえた気がした。
そして、嫌そうに顔を顰めながら応答を押して「はいはーい」と何事もないように出る。
「もしもーし」
『もしもーし……、じゃないわよ!! よくも切ったわね、このチビ!」
大きな声だったが、本当に怒っていないのはその大きくて元気な声で分かる。
「こんばんは、優里さん。今日は何を話す?」
『ん〜、今日はね……。って、な〜に、何事も無かったかのように話始めようとしてるのよ! 逃がさないわよ!?』
笑いを含んだ声が電話越しでも充分伝わる。
「逃がさないって、ここまで来れるの?」
『はー? 私の家とあまねの家が四軒しか離れてないの知らないの? その気になればあんたの部屋まで上がって連れ去るわよー?』
「おー、こわ」
肩を竦めた声に優里さんは笑った。
電話の向こうの
十数年の付き合いともなると、遠慮なんて何のその。弱点もたくさん発見してる。例えば、頭が悪いだとか、他人に影響受けやすいとか……。
あと、不覚にも身長は優里さんの方が高い。ちょっとね、ちょっと!
「で? 今日は何話すの?」
『んー、話すって言ってもねー。私からかけるけど特に話す話題とか決めてないね』
「そうだね」
それも僕と優里さんが幼なじみである事の何よりの証拠だ。
『あっ、そうそう!』
「うん」
僕はベッドの奥まで行き、壁を背もたれ代わりにしてゆったりと聴く体勢に入る。冷たい風が頬を撫でた。
『この前、友達と一緒にゲームセンター行ったのねー』
「うん、どうだった? 成果は」
『なんと、モチモチのアザラシのぬいぐるみが取れたのよ! 大きさは多分、あまねと同じくらい……いや、もしかするとこっちの方が大きいかもしれないわね』
僕はその声に少しムキになってしまったようで、「そんなに言うんだったら、見せてよ」と喧嘩口を叩いてしまった。
するとまさかの反応。
『あっ、ビデオ通話良いね! たまには趣向を変えてビデオ通話しない?』
「久しぶりじゃん、ビデオ通話なんて。中学生の時に何度かやったね」
『やったやった、流行ってた時ね。ちょっと着替えてくる待ってて!』
「着替えるって、今どんな格好してんの」
『え? 下着だけよ? このままやろっか?』
僕の顔がボっと火がついたマッチ棒みたいに急激に熱くなるのを感じる。
「け、結構です」
電話の向こうの少女がはにかんだ声で『冗談よ』と言った。
さて、僕も準備しなくてはならない。本棚にある本達を机の上にいくつか積み重ねて、ある程度の高さを作って、その上にスマホスタンドを立てる。
自分の目線の高さになる所で調節したら準備完了。さながら、ライブ配信をするYouTuberのようだ。
ビデオ通話となると、少し緊張してしまう。唇を結んで、僕は優里さんを待つ。
すると、『お待たせー』との声と共に『画面映していい?』と許可を求められたから、首を前に傾けると暗かった画面が切り替わった。
「やっほー、あまね」
「やぁ、優里さん」
再度挨拶を済ませた僕達は画面越しに目を合わせる。あまり離れていないが絶対にここで、この目で見ることの出来ない景色がスマホの小さな画面に広がっている。
黄色のニットを着ている優里さんの大きくて、僅かに茶色の目が僕を見つめる。
「それで? そのアザラシのぬいぐるみって言うのは?」
「ああ、そうだった。ほらー」
すると、画面をクリーム色が埋めつくした。
「近い近い」とボクが言うと、「見せたい気持ちが先行しちゃった」と笑って、クリーム色の物体を遠ざけた。
「お、本当だ。アザラシだ! えー、眠ってる感じなんだー」
目を細めているゆるふわ系のアザラシの可愛さについテンションが上がってしまった。優里さんが両手で優しく持ってるはずなのに、その手はアザラシのお腹に包まれてしまっている。
「可愛いねー」
僕がそう言うと、優里さんはアザラシの顔を近付けてきて「こんばんは」と声を裏返した。
不覚にも僕はその行動に「フッ」と吹き出して、顔を逸らして震え出した。
「ッフ、ッフ」
その様子を見て味をしめたのか、優里さんは今度は顔を斜めにすると言う芸当まで入れ始めた。
「どうしたの?(高音)」
僕はその声と動きでついに込み上げてくる笑いを堪えきれずに床に寝転んで笑ってしまった。
大きな声ではない、押し殺すような笑い声を静かに上げる。
いつの間にか優里さんはアザラシを放置してどこかに行ってしまっていた。
でも僕はそれに気づかずに笑っていたから、笑い止んでもう一度スマホを見た時、優里さんが居なかったのは少し驚いた。
しばらくしたら戻って来た。
「あ、戻って来た。どうしたの? おやつでも食べてた?」
しばらく優里さんは、その場でフリーズしたように僕と目を合わせていた。
「違うわよ! 水飲みに行ってたの!」
アザラシを胸に抱えた優里さん。口元を隠していた。
「さて、そろそろ僕は抜けるけど……」
「え? 何で!?」
「うっさ。だって、明日はテストだよ? 勉強しないといけないじゃん」
「あまねはいつも100点じゃん。たまにはサボろーよ」
「その100点だって、しっかりと勉強した成果なの。君もしっかりと勉強したら?」
僕の声に「うっ」と何かが刺さったような声を出した優里さんは「あー、分かったわよー」と名残惜しそうに言いった。
「じゃあ、また明日学校でね。勉強頑張ってね、おやすみ」
「うん、また明日。おやすみ」
僕は躊躇う事なく、電話を切る。
時刻は9時30分ぴったり。あっという間だった1時間の余韻に浸りながらも、僕はベッドとスマホから体を離して、また机に向かった。
また温度を取り戻した春風が部屋の窓を優しく叩いた。
───────────✽──────────
私は暗くなった小さなスマホ画面を目を下げて見つめる。
さっきまで画面の向こうにいた、私の幼なじみ、
私は座っていたベッドに無気力に転がる。
そしてあまねに見せたアザラシを胸に寄せて、抱き着く。モチモチ触感にすっかり気に入ってしまった。
「はぁ〜〜」
私はアザラシにため息に似た息を吹きかける。
一応、誰も自分の部屋に居ない事を確認した私はその場にポツリと呟く。
「今日も、可愛かったなー」
もちろん、その可愛い子はあまね。
あまねは私よりも僅かに低い身長で、もしかすると私よりも可愛い顔をしている。幼さの残る大きな黒目、昔から変わらない高い声、そしてそれとは相反する冷静で理知的な性格。
私とは180度違う。
でも私はあまねの事が大好きだ。漫画とかだと、こう言う「好き」と言う物は友達としてだとか、長い付き合いとしてだとか言うんだろうけど、私は違う。
どストレートに色恋で、あまねの事が大好きなのだ。叶うならば、あまねを抱きしめたいし勉強そっちのけで私の事を構って欲しい。
でも多分あまねは私の事なんて気にしていた居ない。ただの幼なじみとしか思っていないと思う。
「……もどかしいよぉ〜」
私はアザラシにそう言って、その日は寝落ちした。
夢を見た。勉強を嫌々だけれど優しくて丁寧に教えてくれるあまねと、それを素直に聞く私。
そして二人の間には冬のような冷たい風が吹いていて、起きた私は少しだけ目を濡らしていた。
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