大学生配信者がダンジョン深層で出会ったのは、美少女吸血鬼魔王の婚約者の隠居冒険者だった

だらすく

第1話 深層への到達と謎の邸宅

「――ついに、来ちゃいました! 深層1階! やったー!」


息を弾ませながら、私はカメラをぐるりと回した。

画面の向こう、同時視聴者数はまだ二百人ちょっと。

でも、今日は違う。高校一年生の頃から通い続けてきた碧南市郊外の田舎ダンジョン――通称「Hダンジョン」の、最深部とされている階層に、ついに足を踏み入れたのだ。


薄暗い石壁の通路を抜けた先、いつもならもっと強いモンスターが出るはずの空間が、なぜかぽっかりと開けていた。

湿った空気のはずなのに、ふわりと甘い香りが漂ってくる。

……ご飯の匂い?


「え、ちょっと待って……ここ、何?」


視線の先に見えたのは、まるで時代劇のセットみたいな和風の平屋邸宅だった。

黒い瓦屋根に白い土壁、立派な縁側。

庭には小さな池まであって、鯉がゆうゆうと泳いでいる。

ダンジョンの中に、こんな場所があるはずがない。


私は思わず立ち止まった。

足元は苔むした石畳で、靴底がぺたんと湿った音を立てる。

カメラを構えたまま、息を呑んだ。


すると、縁側に座っていた人影がゆっくりとこちらを向いた。


中年くらいの男の人だった。

短く刈った髪に、無精ひげ。

くたびれた作務衣姿で、手には湯気の立つお茶碗。

まるで実家に帰ってきたおじさんみたいな、のんびりした雰囲気。


男は、私の顔を見て、くすっと笑った。


「食事でも食べていくかい?」


低くて、少し掠れた声。

でも、どこか優しい響きがあった。


私は、完全に固まった。


「え……えっと、ここ……ダンジョンの中ですよね? なんでおうちが……?」


声が裏返る。

コメント欄が一瞬で埋まる。


【マジで何これwww】

【家があるwvwwwwww】

【住んでるの!? 住んでるの!?】

【匂う……ご飯の匂いがする……】

【あかりちゃん固まってるwww可愛い】

【投げ銭1000円 もっと近づけ!】


私は慌ててカメラを男の方に向けた。


男――名前もまだ知らない――は、まるで当たり前のように味噌汁をすすりながら、

「まあ、驚くのも無理ないか。初めての子はみんなそうなるよ」

と、のんびり呟いた。


その横では、小さな囲炉裏に鉄瓶がかかり、ぷくぷくと湯気が立ち上っている。

お盆の上には炊きたてのご飯に、焼き魚、漬物、そして……なんだか見たことのない、すごく美味しそうな煮物まで並んでいる。


お腹が、ぐうっと鳴った。

恥ずかしくて死にそうになった。


「えっと……配信、してるんですけど……いい、ですか?」


私は恐る恐る訊いた。

だって、こんなの絶対バズる。

でも、勝手に人の家(?)を撮るのは失礼だし……


男は、少しだけ困ったような顔をして、でもすぐに肩をすくめた。


「構わないよ。どうせ隠し通せるもんでもないしね」

そして、私に向かって軽く手を振った。


「ほら、上がれ。靴は脱いで。草履ならあそこにあるから」


私は、完全に頭が混乱していた。

でも、足はもう勝手に動いていた。


ダンジョンの最深部に、普通に人が住んでる。

しかも、めちゃくちゃ美味しそうなご飯の匂いがする。

これ、夢……だよね?


でも、カメラは確かに回ってる。

画面の向こうで、コメントがものすごい勢いで流れていく。


【リアルファンタジーすぎる】

【このおっさん誰だよwww】

【あかりちゃん、食べていいよ! 俺らも見たい!】

【ここ、一体何なの……?】


私は、震える手でカメラを固定しながら、

ゆっくりと、縁側に上がった。


「……いただきます、って、言ったほうがいいのかな?」


男は、くすくす笑いながら、

「好きにしろよ。まあ、まずは腹を満たしてからだ」


そう言って、私の前にお茶碗を差し出してきた。


――この瞬間、私の配信は、完全に予想の斜め上を突き抜けた。

そして、私の日常も、もう二度と元には戻らない気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る