第5話 委員長が不自然なのだが


俺はいつも通り自分の席に向かうつもりだったのに。


「おはよう、宮下くん」


俺が座る前に、すでに委員長が直立していた。


「え、委員長? なんでここに」


「別に理由なんてないわ。たまたま通りかかっただけよ」


「通りかかる動線じゃないけど」


「委員長に動線を決めつけないでちょうだい」


今日も強い。

ツンツンしている。でも目だけほんの少し泳いでいる。


「練習の続きよ」


「練習って、俺に話しかけるやつ?」


「他に何があるの? あなたって本当に鈍いわね」


「そんな言い方なくても」


「事実でしょ?」


委員長はぴしっと言い切ってから、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。

だがすぐに真顔に戻る。


「で、今日の調子は?」


「調子?」


「相談よ、相談。最近あなた、女子から悩みを聞かされているでしょう。その影響で体調や精神面に問題が出ていないか確認しているの」


「いや、俺そこまで弱くないんだけど」


「弱いじゃない。だってあなたは陰」


言いかけたところで、委員長は慌てて咳払いした。


「と、とにかく。あなたは自己申告が信用できないの。だからこうして私が直接見てあげる」


「そうなの?」


「そうよ。委員長だもの」


たぶん委員長というより好きな相手を気にする女の子の言葉だと思うのは気のせいだろうか。


「で、今日はどこか痛いところは?」


「健康診断かよ」


「答えるのが礼儀でしょ?」


「痛いところはないよ」


「そ。よかったわ」


ほっとしたように息をついたあと、委員長は急に真顔に戻る。


「じゃあ次の項目に移るわ」


「項目?」


「あなたとの対話第二フェーズよ」


「そんな構造化されてるの?」


委員長は胸を張ってうなずいた。


「当たり前でしょ。練習は段階的に進めるべきなの」


「で、第二フェーズって?」


「これよ」


委員長は、すっと俺の机に手を置いた。

距離が、近い。

いつもきっちりした表情なのに、今は少しだけ頬が赤い。


「宮下くん。

あなたと自然に会話ができるようになるために席に着く前に挨拶を交わす練習をするわ」


「い、挨拶?」


「そうよ。まずはおはよう。次に今日もよろしく。そして可能なら雑談へ発展させる」


「委員長、それって」


「文句ある?」


「なんかちょっと恋人みたいじゃない?」


委員長は一瞬固まった。


そして目を反らして、ものすごく小さな声で。


「そ、そっ、そう見えるだけで違うわよ。

これはあくまで練習でそ、そういう仲じゃまだじゃなくて!そもそも違うの!」


完全に混乱している。

俺は本音を見逃さなかったけど、本人はなんとか誤魔化そうとしている。


「はい、挨拶しなさい。練習よ」


「おはようございます、委員長」


「………っ」


なぜか息を飲む委員長。

が、すぐに冷静を装う。


「わ、悪くないわね。よくできました」


「採点方式になってる」


「次は私の番よ。いくわよ?」


委員長は深呼吸してから、ほんの少し柔らかい声で。


「おはよう、宮下くん。今日もよろしく」


言われた瞬間、なぜか心臓に来た。

委員長の声って、こんなに優しいんだ?


だが当の本人は、耳まで赤い。


「つ、次行くわよ。挨拶パートは終了。健康状態の確認も終了。では最後に雑談パートを行うわ」


「雑談って何を?」


「今日のお昼は何を食べるのか、聞いてあげてもいいわよ」


「聞いてあげるって」


「雑談とはこういうものよ」


「委員長、雑談したこと少なそうだよね」


言った瞬間。


「――っ!」


委員長は一気に立ち上がった。


「わ、私は忙しいの! これ以上は今日のスケジュールに入っていないわ!」


「急に?」


「また放課後! 続きは放課後やるから! 遅れたら許さないわ!」


委員長は早口でまくし立て、そのまま逃げるように教室を出ていく。


周りは完全にポカンとしていた。


◆ 


放課後。

委員長に呼ばれた空き教室で、俺は少し待っていた。


練習なのだろうか。


すると。


「待たせた?」


委員長が静かに入ってきた。

昼とは違い、少し疲れた顔だ。


「大丈夫?」


「べつにあなたが気にすることじゃないわ」


「でも、なんとなく元気ないように見えたから」


「…………」


委員長は小さく息をつき、机にもたれかかった。


「その。聞きたいことがあるのよ」


「俺に?」


「ええ。あなた相談を受けるの、嫌じゃないの?」


「嫌じゃないよ。ビックリはするけど」


「そう。別にあなたが誰と話していようと、私は」


そう言いかけて、委員長は唇を引き結んだ。


「なんでもないわ。続けて」


「え?」


「続けてって言ってるの。あなたの意見を聞いているのよ。委員長として当然でしょ?」


強い口調のわりに、視線は揺れている。


委員長は、何かを必死に抑えているようだった。


「でも、日向さんとか他の女子からの相談で。

あなたが困っていたら、それは学級問題だから。私は、それが嫌なの」


「学級問題って俺個人の話じゃ?」


「黙りなさい」


委員長は、珍しく低い声だった。

そこに感情が含まれているのを、俺は感じた。


「宮下くん。あなたが誰かに利用されるの、嫌なのよ」


「え?」


「あっ、ち、違うわよ!そういう意味じゃなくて!委員長として!あなたはその、弱そうだから……!」


「弱そうって」


「だ、だから!私がいえ、委員長としてあなたのことを管理するの!」


「か、管理?」


「そうよ。今日から相談管理簿を作るわ。

あなたがどの女子と、いつ、何を話したか全部記録して提出して」


「そんなの必要?」


「必要よ。私は委員長なんだから!」


必死すぎる。

完全にキャパオーバーだ。


委員長は深呼吸して、机に手を置いた。


「とにかく。あなたが困っているなら、私がその助けるわ」


「委員長ありがとう」


「ち、違う!勘違いしないで!助けるのは委員長の仕事であなた個人を心配してるわけじゃ!」


言いながら委員長の声は震えていた。


◆ 

この日を境に、委員長は

朝の挨拶

授業前の確認

昼の雑談

放課後の反省会”

という謎のルーティンを毎日行うようになる。


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