PV至上主義の私が売れない文学少女をランキング1位にプロデュースする。〜検索クエリの裏側で彼女は猛毒を愛撫し続ける〜
lilylibrary
第1回 砂漠に咲く徒花と数字の悪魔
世界は数字でできている。
偏差値、降水確率、株価、インプレッション数、フォロワー、いいね、PV。
視界に映るすべての事象には、見えないタグが付いている。この教室の価値はゼロ、あいつの顔面偏差値は五十五、私の今日のやる気はマイナス百。
私は神楽坂リオ。この退屈な進学校で、唯一真実が見えている人間だ。
チャイムが鳴ると同時に、私は席を立つ。クラスメイトの視線など、ノイズに過ぎない。今の私には、攻略すべきダンジョンがある。
旧校舎の三階。湿気たカビと古紙の臭いが充満する、時代遅れの図書館。
その最奥に、「開かずの間」と呼ばれる資料室がある。生徒の誰も寄り付かない、埃にまみれた聖域。そこに、私の獲物は潜んでいる。
重い引き戸を、容赦なく開け放つ。
錆びたレールが悲鳴を上げ、舞い上がった埃が西日の中でキラキラと踊った。
「……誰?」
部屋の隅、うず高く積まれたハードカバーの城壁の向こうから、不審げな声が漏れた。
そこにいたのは、一人の少女だ。
文月詩織。手入れされていない黒髪はボサボサで、分厚い眼鏡の奥の瞳は、現実世界になど一ミリも興味がないと言わんばかりに澱んでいる。制服のリボンは曲がり、スカートのプリーツは死にかけていた。
まさに、売れ残りの在庫処分品。
けれど、私は知っている。この埃っぽい原石の中に、とびきりのダイヤモンドが埋まっていることを。
「邪魔するわよ、文月さん。いえ、『憂鬱なカタツムリ』先生」
私がそのペンネームを口にした瞬間、彼女の肩がビクリと跳ねた。
手に持っていた岩波文庫が、床に落下して鈍い音を立てる。
「な、なんで、それを……」
「特定なんて簡単よ。あなたが図書委員会のアカウントで誤爆ツイートしたログ、消してもキャッシュに残ってたから」
私は彼女の「城壁」を無遠慮に跨ぎ、パイプ椅子を引き寄せて座り込む。
そして、制服のポケットから愛用のタブレットを取り出し、画面を彼女の眼前に突きつけた。
液晶のブルーライトが、彼女の顔色を青白く照らす。
「これ、あんたの小説よね? 『硝子の心臓が砕ける音を聞け』。……タイトル、長すぎず短すぎず、絶妙に意味不明ね」
「か、返して! 見ないで!」
詩織は顔を真っ赤にして手を伸ばしてくるが、私はひらりと躱す。
画面に表示されているのは、国内最大のWeb小説投稿サイトの管理ページ。もちろん、ハッキングしたわけじゃない。単に彼女の作品ページを開いているだけだ。
「見ないでって言うけど、誰にも見られてないわよ。ほら、ここ」
私は画面の端にある数値を指差す。
**PV:0**
「投稿から三日経過して、PVゼロ。ユニークユーザーもゼロ。つまり、この世でこの物語を知っているのは、書いたあんと、たまたま見つけた私だけ。これを『無』と呼ばずに何と呼ぶの?」
残酷な事実を突きつける。それが私の最初の仕事だ。
詩織は唇を噛み締め、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。その瞳に、怯えとは違う、鋭い光が宿るのを私は見逃さなかった。
「……数は、関係ない」
「はあ?」
「私は、書きたいから書いているだけ。誰かに媚びるために書いているわけじゃない。この物語は、私の魂の叫びなの。数が多ければ偉いの? 流行りの転生ものみたいに、テンプレをなぞれば満足なの?」
「出たわね、クリエイターの常套句」
私は鼻で笑う。
典型的な「わかってない」タイプだ。自分の殻に閉じこもり、評価されない悔しさを「芸術性」というオブラートで包んで誤魔化している。
「いい? 文月さん。どんなに崇高な魂の叫びだろうと、届かなければただのノイズよ。砂漠の真ん中で愛を叫んで、誰が感動するの? 誰もいない森で倒れた木は、音を立てたことになるの?」
「それは……」
「あんたの文章はね、独りよがりのマスターベーションなのよ」
詩織の顔が蒼白になる。言葉の暴力。自覚はある。けれど、まずは壊さなければ始まらない。
私はタブレットをスワイプし、彼女の作品の本文を表示させる。
「でもね、素材は悪くない」
私の声のトーンが変わったことに、詩織が反応して顔を上げる。
「……え?」
「この三行目。『夕暮れがアスファルトを舐めて、影法師が血のように伸びていく』。……気持ち悪い表現だけど、刺さるわ。普通の高校生には書けない。あんたの文章には毒がある。読んだ人間の脳味噌にこびりついて離れない、質の悪い粘着質な毒が」
私は彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
彼女は自分の文章を否定されることには慣れているだろうが、その「毒」を肯定されたことはないはずだ。
「あんたのその毒を、適切にパッケージングして、流通ルートに乗せれば……世界中を中毒にできる。私はそう踏んだの」
「中毒……?」
「そう。私は数字(PV)が欲しい。あんたは読者が欲しい。利害は一致してるでしょ?」
私は彼女の手を取り、無理やり握手のような形を作らせる。彼女の指先は、驚くほど冷たくて、インクの染みがついていた。
「文月詩織。あんたを私がプロデュースしてあげる」
「ぷ、プロデュースって……何をするつもり?」
「決まってるでしょ。このゴミみたいなPV0の作品を、ランキング1位にするのよ」
詩織はポカンと口を開けた。
無理もない。このサイトのランキング1位といえば、書籍化、コミカライズ、アニメ化が約束された、Web作家たちの頂点だ。こんな誰も読まない純文学もどきが、そこに到達するなど、天動説を覆すより難しい。
「無理よ。私の小説は、そんな……大衆受けするものじゃないし」
「無理じゃない。私が計算したんだから、絶対にいける」
根拠はない。いや、ある。
私の長年の「数字オタク」としての勘が告げているのだ。この市場は今、似たり寄ったりの甘い砂糖菓子(テンプレ)で飽和している。
そこに、この猛毒をぶち込めば、アレルギー反応のような爆発が起きるはずだ。
「ただし、条件がある」
私はニヤリと笑い、悪魔の契約を持ちかける。
「私の指示には絶対に従うこと。タイトル、あらすじ、展開、キャラクター。すべて私がマーケティングに基づいて再構築する。あんたは私の言う通りにキーボードを叩くタイプライターになりなさい」
「そんなの、私の作品じゃなくなる!」
「PV0のまま、誰にも読まれずに死んでいくのと、魂を少し削ってでも100万人に読まれるのと、どっちが作家として幸せかしら?」
究極の二択。
詩織は葛藤していた。視線が泳ぎ、自分の原稿と、私のタブレット(数字)の間を行き来する。
彼女の中にある承認欲求という怪物が、芸術家のプライドを食い破ろうとしている音が聞こえるようだ。
「……本当に、読んでもらえるの?」
「約束する。あんたの言葉を、世界中の網膜に焼き付けてやる」
長い沈黙の後。
詩織は小さく、けれど確かに頷いた。
「……わかった。やってみる。でも、もしダメだったら、その時は……」
「その時は、私が責任を取ってあんたの奴隷にでもなってあげるわよ」
軽口を叩きながら、私は内心でガッツポーズをした。
落ちた。
契約成立だ。
「じゃあ、早速始めましょうか。まずはそのタイトル」
「え、これ? 結構気に入ってるんだけど……」
「論外。長いし、意味不明だし、検索に引っかからない。『硝子』なんて漢字、今の読者は読めないと思いなさい」
「そんな……バカにしないでよ」
「バカにしてるんじゃない。ユーザーのユーザビリティを考えてるの。いい? まずは三十文字以内で、内容が一目でわかって、かつ読者の劣情を煽るタイトルを考えなさい。今すぐ」
私が命じると、詩織は泣きそうな顔でノートパソコンを開いた。
その指が震えている。
これから始まるのは、文学少女にとっての地獄であり、私にとっての快楽の園だ。
埃っぽい図書館の空気が、少しだけ熱を帯びた気がした。
さあ、見せてみなさい、言葉の魔女。
あんたの毒が、どれだけ世界を侵せるのかを。
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