第29話 完成した天空城で、ヒロインたちとの盛大な結婚式

「……ついに、この日が来たか」


雲ひとつない碧空の下。

天空城カイル皇国の最上層に新設された『天空の大聖堂』の控え室で、僕は鏡に映る自分の姿を見つめていた。


身にまとっているのは、純白のタキシードだ。

ただし、ただの服ではない。

【万能建築】の派生スキル『神の裁縫』によって、最高級の『天蚕(シルク)』と『ミスリル繊維』を織り込んで作った、防御力Sランクの礼服である。

見た目は優雅だが、ドラゴンのブレスですら防ぐ鉄壁の正装だ。


「緊張されていますか、カイル様?」


背後から声をかけてきたのは、今日のために正装した獣人のリーダー、ガルムだ。

彼は燕尾服に身を包んでいるが、その巨大な体躯と筋肉は服の上からでもはっきりと分かる。今日は僕の付添人(ベストマン)を務めてくれる。


「ああ、正直ね。魔神と戦った時よりも心臓が鳴ってるよ」


僕は苦笑しながらネクタイを直した。

戦闘や建築なら、どんなトラブルが起きても即座に対処できる自信がある。

だが、今日のミッションは違う。

二人の愛する女性を、世界中の人々の前で、一生幸せにすると誓うのだ。

失敗は許されない。


「ご安心ください。会場の警備は万全、料理も酒も山のように用意してあります。それに……」


ガルムは窓の外を指差してニヤリと笑った。


「今日の主役たちの美しさを見れば、緊張なんて吹き飛びますよ」


   ◇


会場となる『天空の大聖堂』は、僕がこの日のために全精力を注いで建築した最高傑作だ。

壁はなく、白い大理石の柱だけが屋根を支える開放的な造り。

天井にはステンドグラスの代わりに、特殊な結界魔法によって「青空」そのものが美しく切り取られて見えるようになっている。

バージンロードには、ガラスのように透明なクリスタルが敷き詰められ、その下を清らかな水と光の魚が泳ぐ幻想的な演出。


そこに、世界中から招待された来賓たちが詰めかけていた。


「すごい……これが天空城か」

「まるで神々の住まう場所だ……」


ガレリア帝国の宰相モロトフをはじめ、周辺諸国の王侯貴族たちが口を開けて周囲を見回している。

彼らの視線の先には、空中に浮かぶ庭園や、雲から落ちる滝など、地上の常識ではあり得ない光景が広がっている。


そして、その煌びやかな来賓たちの間を、忙しく走り回る給仕たちの姿があった。


「おい、そこ! グラスが空いているぞ! 早く注がんか!」

「は、はい! ただいま!」

「こら、床にゴミが落ちている! 拾え!」

「も、申し訳ありません!」


汗だくになって働いているのは、囚人服にエプロンをつけたアルマン元国王と、ゲラルト元王子だ。

彼らは今日の特例として、地下労働から一時的に解放され、結婚式の雑用係として徴用されていた。


「くそっ、なぜわしがこんなことを……」

「元国王だぞ……」


アルマンがブツブツと文句を言いながら、帝国宰相のグラスにワインを注ぐ。

かつて同盟国だった宰相に給仕をする屈辱。

だが、逆らえば明日の飯はない。彼らは唇を噛み締めながら、カイルの晴れ舞台を下働きとして支えていた。

これぞ、究極の再利用(リサイクル)であり、最後の『ざまぁ』でもあった。


   ◇


ブォォォォォォ……。

荘厳なパイプオルガン(自動演奏ゴーレム)の音色が響き渡り、式が始まった。


新郎の入場。

僕がバージンロードを歩くと、盛大な拍手が巻き起こった。

民衆代表の獣人たちが、涙を流して手を振っている。

かつて「無能」と蔑まれ、国を追われた少年が、今や世界の覇者としてここに立っている。

その事実に、胸が熱くなった。


祭壇の前で待っているのは、神父――ではなく、巨大な黄金の古龍、イグニスだ。

彼は今日のために、鱗をピカピカに磨き上げ、首元には巨大な蝶ネクタイをつけている。


『うむ、遅いぞカイル。待ちくたびれた』

「悪いな。主役は遅れて登場するもんだろ?」


僕が祭壇に立つと、イグニスは満足げに鼻を鳴らした。

そして、会場の空気が一変した。


扉が開く。

光の中から、二人の花嫁が現れた。


「「オオォォォッ……!!」」


会場から、ため息とも悲鳴ともつかない感嘆の声が漏れる。


右側を歩くのは、セリア。

彼女が身につけているのは、純白のドレスだが、そのデザインは彼女らしく凛々しい。

肩や腰には、薄く加工された白銀のミスリル装飾があしらわれ、戦乙女(ヴァルキリー)のような神々しさを放っている。

普段はきりっと結んでいる銀髪を下ろし、白いヴェール越しに見える瞳は、慈愛に満ちていた。


左側を歩くのは、リリス。

彼女のドレスは、淡い紫色のグラデーションがかかった、妖精のようなデザインだ。

生地には微細な魔石が織り込まれており、歩くたびにキラキラと光の粒子が舞い散る。

黒髪には白い花の冠が乗せられ、その可憐さは、かつて帝国から逃げてきた少女の面影を残しつつも、大人の女性の美しさを湛えていた。


二人が、僕の元へと歩いてくる。

その一歩一歩が、僕たちが共に歩んできた苦難と、喜びの道のりを象徴しているようだった。


「……綺麗だ」


僕の口から、自然と声が漏れた。

二人が僕の両隣に並ぶ。

甘い香りと、幸せな気配が僕を包み込んだ。


『では、誓いの言葉を』


イグニスが厳かに告げる。


『汝、カイル・フォン・グランベル。この二人の女を妻とし、病める時も健やかなる時も、共に国を築き、共に生きることを誓うか?』


「誓います」

僕は迷いなく答えた。


「僕の命、僕の技術、僕の全てをかけて、二人を世界一幸せにすると誓う」


『うむ。では、花嫁たちよ』


イグニスが視線を向ける。


『汝、セリア。カイルを夫とし、その剣となりて彼を守り、生涯愛することを誓うか?』


「誓います」

セリアは真っ直ぐに僕を見つめた。

その瞳に、騎士としての、そして一人の女性としての強い意志が宿る。


「貴方は私の主であり、愛する人。この命が尽きるまで、貴方の隣に立ち続けます」


『汝、リリス。カイルを夫とし、その翼となりて彼を支え、生涯愛することを誓うか?』


「誓います」

リリスが頬を染めて微笑む。


「貴方は私に空をくれた人。私の魔力も、心も、全ては貴方のために」


『よかろう。ここに、新たなる夫婦……いや、最強の家族の誕生を認める!』


イグニスが咆哮を上げた。

それが合図だった。


「【万能建築】・祝砲(セレブレーション)!」


僕が指を鳴らすと、天空城の周囲に設置された数百の魔導砲が一斉に火を噴いた。

放たれたのは破壊光線ではない。

七色の光り輝く、巨大な魔法花火だ。


ドォォォォン! パァァァッ!


青空に、色とりどりの花が咲き乱れる。

光の粒子が雪のように降り注ぎ、大聖堂を幻想的に彩った。


「指輪を」


僕はポケットから、二つの指輪を取り出した。

素材は、地下鉱山の最深部で見つけた『星の欠片(スター・クリスタル)』と、イグニスの『古龍の鱗』を融合させ、【錬成】スキルで加工した世界に一つだけの指輪だ。


セリアの左手薬指に。

リリスの左手薬指に。

それぞれ指輪をはめると、二人は涙ぐみながら、僕の左手にも同じ指輪をはめてくれた。


「愛してるよ、二人とも」


僕たちは、光の中でキスを交わした。

会場から割れんばかりの拍手と、口笛が鳴り響く。

それは、カイル皇国の歴史上、最も幸福で、美しい瞬間だった。


   ◇


式の後は、天空城の中庭『エデン・ガーデン』での披露宴だ。

ここからは無礼講。

世界中から集められたSランク食材を使った料理が、所狭しと並べられた。


「うめぇぇぇ! この肉、口の中で溶けるぞ!」

「この酒はなんだ!? 神の雫か!?」


来賓の王族たちも、今日ばかりは体面を忘れて料理に舌鼓を打っている。

メインディッシュは、イグニスが北の海から捕ってきた『クラーケン(Sランク)』の姿焼きと、牧場で育てた『キング・ベヒーモス』のローストだ。


「カイル様! おめでとうございます!」

「俺たちも幸せです!」


獣人たちが楽器を演奏し、踊り出す。

ガルムは感動のあまり号泣し、樽ジョッキを片手に「うおぉぉん! カイル様ぁぁ!」と叫んでいる。


「ふふ、賑やかですね」

リリスがグラスを傾けながら笑う。

「ええ。ですが、これが我々の国らしい」

セリアも肉料理を頬張りながら満足げだ。


僕はメインテーブルから、その光景を眺めていた。

ふと、会場の隅で、せっせと汚れた皿を片付けているアルマンとゲラルトの姿が目に入った。

彼らは疲れ果て、目の下の隈も酷いが、豪華な料理の残りをこっそりと摘み食いしては、目を丸くして感動しているようだった。


「……ま、あいつらにも少しは幸せを分けてやるか」


僕は給仕の責任者である獣人に目配せし、「彼らにも休憩と食事を与えてやれ」と伝えた。

これもまた、勝者の余裕というやつだ。


宴は夜まで続いた。

天空城から見下ろす地上では、ネオ・グランベルの街でも祝砲が上がり、世界中が僕たちの結婚を祝福していた。


   ◇


深夜。

宴の喧騒から抜け出した僕たちは、城のテラスにいた。

涼しい夜風が、火照った頬に心地よい。


「……夢のようだな」

僕がつぶやくと、セリアが首を横に振った。


「夢ではありません。これは、カイル殿が……いえ、貴方(・ ・)が、その手で掴み取った現実です」


セリアが僕の手を握る。

「貴方」呼びに変わったその響きが、こそばゆくも嬉しい。


「そうですね。あの日、帝国から逃げてきた私を、あなたが受け入れてくれなければ、この景色を見ることはできませんでした」


リリスが反対側の手を握り、僕の肩に頭を乗せる。


「二人とも……ありがとう」


僕は二人を抱き寄せた。

眼下には、宝石箱をひっくり返したような夜景が広がっている。

リニアの光の帯、街の明かり、そして港を行き交う船の灯火。

かつては何もない荒野と、廃墟だった場所だ。


「僕はずっと、自分のスキルを『小屋を作るだけの地味な力』だと思っていた。でも、違った」


僕は自分の手を見つめた。


「作ることは、未来を創ることだ。家を作り、街を作り、国を作り……そして、家族を作る。これこそが、僕にとっての『最強』だったんだ」


「はい。貴方は世界一の建築家であり、世界一の王です」

「そして、世界一の旦那様です」


二人の言葉に、僕は胸がいっぱいになった。

異世界に転生し、追放され、どん底から這い上がってきた。

その旅路の果てに辿り着いたのが、この場所でよかったと心から思う。


「さて、そろそろ戻ろうか。明日は新婚旅行だ」


「はい! 楽しみです!」

リリスが弾んだ声を出す。

「行き先は、例の『未開の群島』でしたな。……新婚旅行と称して、また新しい素材を探しに行く気満々とお見受けしますが」


セリアが呆れたように、でも楽しそうに指摘する。


「バレたか。……噂じゃ、そこには『オリハルコンの山』があるらしいんだよ」


「まったく……。貴方の建築熱は、留まるところを知りませんね」

「ふふ、でも、そんなカイルさんが好きです」


僕たちは笑い合いながら、城の中へと戻っていった。


幸せな結婚式は終わった。

だが、僕たちの「国作り」はまだ終わらない。

世界は広い。

まだまだ、作るべきもの、見るべき景色、そして出会うべき未知が待っている。


天空城カイル皇国。

それは完成したのではない。

ここからまた、新しい冒険へと飛び立つための、僕たちの「家(ホーム)」なのだ。


最強の生産職による、国作りファンタジー。

その第一部は、最高のハッピーエンドで幕を閉じる。


そして――。

物語は、彼らが築き上げる『伝説』の、その先の未来へと続いていく。

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