第20話 新建築【天候操作塔】、敵艦隊を嵐が襲う

「報告します! 先ほどの海戦で降伏した王国海軍の兵士たち、全員の収容が完了しました!」


天空城カイル皇国の指令室。

獣人ガルムからの通信が入り、カイルは安堵の息を吐いた。


「ご苦労さま、ガルム。彼らに温かい食事と、乾いた服を用意してやってくれ。……風邪を引かせたら、貴重な労働力が減っちゃうからね」


カイルは冗談めかして言ったが、その表情には優しさが滲んでいた。

海を埋め尽くしていた五百隻の艦隊は、今やカイル皇国の港に整然と並び、兵士たちはかつての敵である獣人たちと肩を並べて粥をすすっている。

血を流さず、敵を味方に変える。それがカイルの目指す「戦争」の形だった。


「これで、王国の主要な戦力は無力化されましたね」


隣に立つリリスが、モニターを見ながら呟く。

彼女の顔には、まだ緊張の色が残っていた。


「ええ。ですがカイルさん、油断はできません。王国の背後には、まだ『帝国』がいます。それに、私の元婚約者であるゾグラート将軍は、執念深い男です。この混乱に乗じて、必ず動いてくるはず……」


その予言は、即座に現実のものとなった。


『ピピピッ! 警告! 北東の方角より、新たな多数の熱源接近!』


リリスが操作する水晶球が赤く明滅する。


「来たか……。リリス、映像を出してくれ」


「はい!」


空中に投影された映像には、分厚い雲海を割って進む、漆黒の船団が映し出されていた。

海を行く船ではない。空を飛ぶ『魔導飛行戦艦』だ。

その数、およそ五十隻。

船体には、王国の紋章ではなく、双頭の鷲――ガレリア帝国の紋章が描かれている。


「帝国軍……! しかも、あれは最新鋭の『空中機動艦隊』です!」


リリスが息を呑む。

王国のボロボロの船とは違う。帝国の軍事予算を注ぎ込んで作られた、正真正銘の殺戮兵器の群れだ。


『ハッハッハ! 見つけたぞ、逃げ出した花嫁と、生意気な泥棒猫め!』


通信回線に、強引に割り込んでくる下卑た声があった。

モニターに映ったのは、派手な軍服を着た肥満体の老人。

顔の半分を覆う傷跡と、ギラギラと光る義眼。リリスの元婚約者、ゾグラート将軍だ。


『王国が不甲斐ないから、我々が出張ってきてやったのだ。感謝せよ! さあ、リリスを返してもらおうか。そして貴様のその浮遊城も、帝国の資産として接収する!』


「……相変わらず、人の話を聞かない爺さんだな」


カイルは呆れたように肩をすくめた。


「カイル殿。敵艦隊、主砲の充填を開始しました! 射程距離に入っています!」


セリアが警告する。

帝国の魔導砲は強力だ。いかに天空城の防御結界といえど、五十隻の一斉射撃を受け続ければ無傷では済まない。


「迎撃しますか? イグニスを起こせば……」


「いや、イグニスはさっきの海戦でお腹いっぱいみたいで寝てるよ。それに、せっかくの新兵器だ。もう少しテスト運用してみようか」


カイルは椅子から立ち上がり、ニヤリと笑った。


「さっきは『海』での運用テストだった。次は『空』での本番だ」


カイルはウィンドウを展開し、【天候操作塔】の制御パネルを呼び出した。

先ほどの「洗濯機モード」のようなお遊び機能ではない。

もっと直接的で、凶悪な「攻撃モード」だ。


「リリス、魔力制御を頼む。……帝国の艦隊を、この空域から一隻残らず叩き落とす」


「はい! 私の魔力、全部使ってください!」


リリスが指輪を掲げる。

天空城の頂上にそびえる『天候操作塔』が、青白く脈動を開始した。


   ◇


「撃てぇぇぇ! あの生意気な城を蜂の巣にしてやれ!」


帝国旗艦の艦橋で、ゾグラート将軍が唾を飛ばして叫んだ。

彼の目には、欲望の色しか浮かんでいない。

あの空飛ぶ城を手に入れれば、帝国の覇権は盤石となる。そして、あの美しきリリスを再び手元に置き、毎晩泣き叫ばせてやるのだ。


ズドォォォォン!!

五十隻の戦艦から、一斉に魔導砲が発射された。

赤、青、緑の閃光が空を切り裂き、天空城へと殺到する。


だが。


『――システム起動。『気象障壁(ウェザー・バリア)』展開』


カイルの冷静な声が響いた瞬間。

天空城の周囲に、猛烈な『乱気流』が発生した。


ゴォォォォォォォッ!!!!


目に見えない風の壁。

秒速百メートルを超える暴風が、物理的な盾となって城を包み込む。

帝国軍が放った魔導砲のエネルギー弾は、乱気流に巻き込まれて軌道を逸らし、あさっての方向へ飛び散っていった。


「な、なんだと!? 風でビームを弾いたのか!?」


「将軍! 敵城周辺の気圧が異常低下しています! これでは照準が合いません!」


「ええい、構わん! 数で押し切れ! 接近して乗り込めばいい!」


ゾグラートは無謀な突撃を命じた。

だが、それこそがカイルの思う壺だった。


『接近戦をご希望か。……いいよ。なら、もっと近くで『天気』を感じてもらおう』


カイルが指をスライドさせる。

【天候操作塔】――モード・チェンジ。

『雷雲招来(サンダー・ストーム)』。


ピカッ……ゴロゴロ……。


帝国艦隊の頭上に、急速にどす黒い雲が発生した。

それは自然の積乱雲ではない。魔力によって圧縮された、高密度の雷雲だ。


「く、雲だと? 視界が……!」


艦隊が雲の中に突入した瞬間、世界が暗転した。

そして。


バリバリバリバリッ!!!!


無数の稲妻が、生き物のように艦隊に襲いかかった。


「ぎゃぁぁぁぁっ!?」

「機関部被弾! 魔力炉が暴走します!」


通常の雷ではない。

カイルが【建築】スキルで構造を解析し、敵の弱点である魔導エンジンや、指揮系統をピンポイントで狙う『誘導雷』だ。


「おのれぇぇぇ! たかが雷ごとき!」


ゾグラートの旗艦は、対魔法コーティングが施されているためか、かろうじて持ちこたえていた。


「怯むな! 雲を抜ければ奴らの喉元だ!」


しかし、カイルの攻撃はこれで終わりではなかった。

雷はあくまで前座。

本命は、次の一手だ。


『雨が降ってきたね。……気温が下がると、どうなるか知ってる?』


カイルの声は、まるで理科の授業をする教師のように穏やかだった。


『水蒸気が冷やされて……『氷』になるんだよ』


モード・チェンジ――『氷結豪雨(フリージング・レイン)』。


ザァァァァァァッ!!!!


雷雲から降り注ぐ雨が、一瞬にして鋭利な氷の礫(つぶて)へと変わった。

しかも、ただの雹(ひょう)ではない。

ソフトボール大の氷塊が、マシンガンのような速度で叩きつけられる。


カンカンカンカンッ!!

バギィッ!!


「ぐわぁぁぁ! 装甲が! 甲板が穴だらけだ!」

「プロペラが凍りついて動かない! 墜ちる、墜ちるぅぅぅ!」


飛行戦艦にとって、翼やプロペラへの着氷は致命的だ。

重量が増し、揚力を失った艦船は、次々とバランスを崩してきりもみ回転を始めた。


「ば、馬鹿な……! 天候を操るなど、神の領域だぞ!?」


ゾグラート将軍は、凍りついていく窓ガラス越しに、悠然と浮かぶ天空城を見上げた。

勝てるわけがない。

これは戦争ではない。自然災害に対する無意味な抵抗だ。


そして、カイルは最後の一撃を用意していた。


『さあ、フィナーレだ。帝国にお帰り願おう』


モード・チェンジ――『局地的・下降噴流(ダウンバースト)』。


天候操作塔の先端から、一筋の光が空へと放たれた。

それが雲の中で炸裂し、超高圧の空気の塊を作り出す。

そして、その塊が、帝国艦隊の頭上から真下へと叩きつけられた。


ドォォォォォォォォォォン!!!!


巨大なハンマーで叩かれたかのような衝撃。

空気が圧縮され、爆発的な下降気流となって艦隊を押し潰す。


「あ、ありえな……ギャァァァァッ!!」


ゾグラートの絶叫は、風の音にかき消された。

五十隻の最新鋭艦隊は、一隻残らず空から叩き落とされた。

まるでハエ叩きで落とされる虫のように、バラバラと地上の荒野へと墜落していく。


   ◇


「……全艦、沈黙。墜落地点での爆発を確認」


指令室で、リリスが淡々と報告した。

彼女の表情には、かつての婚約者を倒した感慨も、哀れみもなかった。ただ、カイルの隣に立てる喜びだけがあった。


「生存者は?」


「落下地点にはセリアさんが展開した『スライムネット』を設置済みです。……死者は出ていませんが、ゾグラート将軍も含め、全員気絶しています。おそらく、骨の数本は折れているかと」


「ならいい。彼らも貴重な『捕虜(労働力)』だ。ガルムたちに回収に向かわせよう」


カイルはウィンドウを閉じた。

【天候操作塔】のテストは期待以上の結果だった。

これ一つで、一国の軍事力を無力化できる。まさに戦略級の防衛システムだ。


「さて、邪魔者は片付いた」


カイルは椅子を回転させ、正面の窓を見た。

そこには、黒雲が晴れ、夕日に染まるグランベル王国の王都が見えていた。


王城の尖塔は崩れかけ、城壁には亀裂が走っている。

かつての栄華を誇った都は、今やゴーストタウンのように静まり返っていた。


「行こう。あそこで待っている人たちに、最後の引導を渡しに」


カイルが立ち上がると、セリアとリリスも無言で頷いた。

天空城がゆっくりと前進する。

その巨大な影が、王都を覆い尽くしていく。


地上で見上げているであろう国王や兄、そして民衆たち。

彼らは今、何を思っているだろうか。

恐怖か、絶望か、それとも――救済への期待か。


カイルは、王都の中央広場へと降下するための『転移ゲート』を開いた。

武装は必要ない。

今の彼には、言葉一つで国を動かすだけの力が備わっていたからだ。


「ただいま、父上。……少し、模様替えが必要みたいだね」


最強の帰還者が、ついに王城の門を叩く。

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