大幹部怪人
二人の平成ヒーローと五人の令和ヒーローがダンジョンの浅い階層を掃討する。
彼らの目的はダンジョンの攻略ではなく、モンスターが地上に溢れないようにする間引きで、だからこそ油断はしていないが余裕はあった。
「真紅の兄さんもいるし、一年くらいで解決する……といいな」
「底がどこまで続いてるか分からねえんだよなあ」
鎧のような物を着用している平成ヒーローが呟く。
襲い掛かってくる怪人たちの撃退には慣れている彼らだが、広いダンジョン攻略のノウハウは全く存在せず、いつ終わるかの見通しはできていなかった。
「そっちも本業あるから困るっしょ」
「そうですね。長くダンジョンに関われないかもです」
平成ヒーローが令和ヒーローに声をかけた。
本来の組織に所属している者が多い令和世代は、気ままな職業に就いている者が多い平成世代と違って、ずっとダンジョンに関わることが出来ない。そのため早期解決を望んでいるのだが、こちらもまたダンジョン攻略という未知に苦戦していた。
「……」
ぴたりと世代を問わずヒーローの足が止まった。
年長も年少も関係なく、首筋に感じるピリピリとした刺激は明確な危険を知らせる信号で、彼らが培ってきた鋭敏な生存本能が刺激される。
ゴツリ。ゴツリと、誰かがダンジョンの階段を上り、下層からやって来る足音が響く。
現在、下層を攻略しているヒーローたちは一旦帰還しているため、下から仲間がやって来ることはない。
つまりは敵だ。
「青波いいいいいいいいいいいいいいいいい!」
くすんだ炭のような黒い怪物が吠えた。
生物的でありながらどこか金属的な外皮。やたらと装飾が細かい鎧。重厚な盾と槍。猪のような頭部。
そしてなにより叫んだ名前。
(げっ⁉ こいつ青波先輩にぶっ殺された大幹部じゃね⁉)
(うわメンドッ!)
平成ヒーローが心の中で悪態を吐く。
その特徴は、真紅の後輩。平成世代の先輩にあたる昭和ヒーローが殺害した大幹部級の怪人に当て嵌まるのだが、怪人が復活するのはまれによくある話なのでこれ自体に驚きはなかった。
(久しぶりに押そう……)
平成ヒーローが、もう何十年も前に真紅から渡されたボタン式の機械をこっそり押す。
普段は単独行動を好む昭和・平成ヒーローだが、危機的状況においてはよく団結する。そして昭和ヒーローに関しては真紅だけ連絡手段が確立しており、この場に呼ぶことが出来るのだ。
「お前、青波先輩にやられた大幹部だろ? 連絡取れる人がこっち来るから、ちょっと待ってろよ。青波先輩もお前に用があるだろうからさ」
(時間稼ぎしたろ)
一方、スイッチを押していない方の平成ヒーローは、真紅が来るまでの時間稼ぎ……ができたらいいなーと口を開く。
「青波いいいいいいいいいいいいい!」
(ですよねー……やっぱ復活した怪人って話が通じねー)
その願望は、叫んだ猪騎士が木っ端微塵に砕いた。
復活した怪人は殺害された時のショックが大きいため、知能が著しく低下する場合が多い。この猪騎士も例外ではなく、血走った目には知性が欠片も浮かんでいなかった。
(しゃあねえ気合入れるか!)
平成ヒーローが腹を括った。
大幹部級が相手となれば百戦錬磨の平成ヒーローでも苦戦は免れない。そういう認識だったのだが、この場には知識はあっても実体験を伴っていない令和世代が複数いた。
「ユグドラシルアタックー!」
「ゴッドブレス!」
「シャイニングエッジキャノン!」
「猛き嵐の一撃!」
「とにかく消えちゃえー!」
若い令和ヒーローたちが色とりどりの攻撃を放つと、その光の奔流は猪騎士を飲み込む。
悪に対する特攻や破壊、消滅などの概念が備わっている攻撃は凡百を消し飛ばし、ダンジョン内のモンスターなら瞬殺できる。
だが相手は理不尽の権化だった。
「え⁉」
「馬鹿め! 我が組織の魔術科学を応用すれば、修練を経てない仮初の力など無意味! 底が見えたぞ青波いいいい!」
(き、キレそう)
(いきなりポッと出の設定持ち出してくるんじゃねえよ! これだから昭和の怪人連中は!)
令和ヒーローが無傷な猪騎士に驚くと、昭和驚愕の科学力が判明する。
なんと猪騎士は神の力や守護聖獣、星の力を授かっている令和ヒーローの攻撃を仮初の物だと断じ、それを無効化できてしまうのだ。
この今まで知られていなかった力は平成ヒーローの額に青筋を浮かばせるが、ベテランの彼らは立ち止まることが無い。
「どりゃあああ!」
「チャージ!」
『ホアチャチャチャージヌンチャーク!』
片方の平成ヒーローはそのまま殴り掛かり、もう片方はどこからともなく響いた電子音を聞き流しながら、突然手に納まったヌンチャクを握り締めて振り回す。
「この動き! 青波いいいいいいいい!」
正気を完全に喪失している猪騎士も負けてはいない。
拳とヌンチャクが体に当たる度、火花が飛び散るようなダメージを受けているのに気にせず槍を振り回し、逆に平成ヒーローの体も火花が弾ける。
(いってえええ! でもコイツ、完全復活した大幹部級に比べたらマシだな!)
(なら変なことする前にぶっ殺す!)
平成ヒーローの思惑が一致する。
猪騎士の一撃は非常に重く、平成ヒーローでも明確な痛みを感じる物だったが、理性が無いこの怪人は不完全だ。
故に様子見をせずまた妙なことを言い出す前に殺すことにした。
「おおおおおおおおお!」
「ホアチャアアア!」
『ヌン!ヌン!ヌヌヌヌヌン!』
片方の平成ヒーローが真っ白に輝き、もう片方はヌンチャクから発せられる電子音が強くなる。
「む、むうううううううう!?」
すると拮抗していた戦いは一瞬で崩れ去り、猪騎士はヒーローたちの攻撃に押されて後ずさる。
打撃の一つ一つが。ヌンチャクの一振り一振りが猪騎士の体を削り、追い詰め、そして。
「ぃよっしゃああ!」
「ホアアアアアアアアア!」
『ヌウウウウウウウウウウウウウウウウ! ケッチャアアアアク!』
猪騎士の腹に炸裂したパンチが上半身と下半身を断つ様に粉砕し、その泣き別れた各パーツは嵐の如きヌンチャクで更に細かく砕かれる。
飽和したダメージが引き金となって猪騎士の体は爆散し、決着が。
つかなかった。
「なっ⁉」
「掛かったな青波いい! 俺は一度死ぬと復活して、その際に周囲の生命エネルギーを奪い去ることが出来るのだあああああああ!」
(上半身と下半身をバラシて、そこから更に砕いたのに復活するとか反則だろ!)
(青波先輩がそんなこと言ってなかったってことは……昭和見習って山が崩れるレベルの火薬持ってくりゃよかった……!)
体の力が抜けて膝をついた平成ヒーローの視線の先には、粉々になって爆散したはずの猪騎士が復活する光景だった。
「死ねい青波!」
「ぐわああああ⁉」
「うわああああああ⁉」
猪騎士が先程とは比べ物にならない力で槍を振るうと平成ヒーローは吹き飛び、余波で発生した力が周囲で爆発を引き起こす。
その直後、令和ヒーローからの攻撃が再び猪騎士に着弾するが、当然のように無傷だ。
「なんで⁉ なんで通じないの⁉」
「くそったれ!」
『これ以上は危険だワン! 逃げるんだワン!』
「地上にこんな奴を出せる訳ねえだろ!」
これには年若い男女が焦燥を浮かべ、相棒である小動物たちは撤退を促すが、彼らだってヒーローだ。
百戦錬磨のヒーローを圧倒する怪人を地上に出す訳にはいかず、ここでなんとか倒さなければならなかった。
その時、風が吹いた。
「一速!」
バイクを発進させるための初動を宣言するかのような声が響く。
瞬く間に令和ヒーローの集団を通り過ぎ、平成ヒーローを越え、サッカーボールでも蹴るような足が猪騎士に直撃。
サッカーボールどころかフルスイングされたゴルフボールのように猪騎士は吹き飛び、遥か遠くの壁に激突する。
「おいコラ。青波が殺した奴だろテメエ。うちの若いのが世話になったらしいな。ああ?」
真っ赤に燃える太陽の化身が、シンプルな赤い装甲服に殺気を漲らせ、マスク越しに血走った視線を向けた。
「青波いいいいいいいいいい!」
それでもなお宿敵に囚われている猪騎士はめり込んだ壁から抜け出すと、涎を垂らしながら宿敵の名を叫び猪突猛進する。
人違いだ。
赤い装甲服が輝く。
赤いマスクが煌めく。
心の炎が燃える。
「俺は正義の味方!」
正義そのものであるはずがない。
それのどこが正義。
だが正しさを守ると。正義の味方であることくらいはできると名乗る。
そしてこんな自分を皆がそう呼んでくれたからこそ、こちらも名乗ろう。
奴らが……。
天を騙そうと。
地に潜ろうと。
人に紛れようと。
悪を許さぬ一人の人間として。
「昭和ヒーロー……真紅!」
パンチ力90t。
キック力110t。
しかも色々と理屈をつけて十倍だの百倍、更には無限の力だと言い出し、言葉通り
「はああああああああ!」
「ごっ⁉ ぐっ⁉ がはっ⁉」
真紅が殴る。殴り続ける。
常人どころか通常の怪人が受けても血煙となる打撃に、猪騎士は再びゴルフボールのように吹き飛ぶ無様こそ晒さなかったが、体のあちこちがへこんで血が噴き出す。
「舐めるなよ青波いいいい!」
「がっ⁉」
ただ流石は大幹部。猪騎士も負けてはいない。
槍で真紅を突くと赤い装甲をへこませて爆発を起こし、彼の体から血が滴る。
不可思議な光で消し飛ばすのではなく、血生臭い肉弾戦を想定している昭和の善悪がぶつかり合う。
だが重ねて述べるが復活した猪騎士には理性がほぼ無く、かつて所持していた技量もほぼ喪失した弱体化状態だ。
「ぬううううう!」
「おおおおおおお⁉」
加速していく真紅の拳についていけなくなり始めた猪騎士は、一歩、また一歩と後ずさり始め、次第に追い詰められていく。
昭和から平成を通り過ぎたというのに、戦い、戦い、戦って戦って戦い続けた古強者に、容赦という言葉は存在しない。
「ごはああっ⁉」
体が浮くほどの拳を腹に受けた猪騎士はくの字に折れ曲がり、口から盛大に吐血する。
「悠太ぁ! 友康ぅ! 根性見せろお!」
「おおっす!」
「ううううっす!」
特訓のため重機で突っ込んだ間柄だ。真紅は後輩に発破をかけると、地獄の特訓に耐えた平成ヒーローが立ち上がる。
確かに足腰は震えていたが、十数人の昭和ヒーローにタコ殴りにされた時と比べたら、どうってことはない。
「せやああああ!」
真っ白だった平成ヒーローの装甲に黒が混ざり、拳に強烈な光が宿って猪騎士に打ち付ける。
「マジチャージ!」
『マジマジマックスチャージアアアアックス!』
もう一人の平成ヒーローは突然現れた巨大な斧を握り締め、渾身の力で振り回すと猪騎士に叩きつける。
「とどめだああああ!」
最後に真紅が猪騎士の顔面をぶん殴ると同時にありったけのエネルギーを注ぎ込む。
「い、一度ならず二度までも! あ、青波いいいいいいいい!」
複数の破壊的エネルギーをぶち込まれた猪騎士は、割れた体からバチバチと電流の如き火花をまき散らしながら、最後の最後までここにはいない怨敵を罵り……。
ダンジョンが揺れる程の大爆発で果てた。
その爆風に揺られながら真紅が顎を擦る。
「ふう……大幹部級が復活したらかなり話は変わるなあ。強行軍でダンジョンを壊すとなると……若い子には悪いけど一週間特訓、やろうか」
その真紅の言葉に、爆風でも揺るがなかった平成ヒーローたちはびくりと肩を震わせた。
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