3話 荒れ狂う心臓は今にも止まりそうで
「ペネムです」
「入れ」
「失礼します」
あまりに簡潔に素早いやり取りを済まし、重厚な扉は開かれた。
驚きと緊張のあまり時間が停止した僕を置いて、暁人はさっさと扉の奥に入ろうとしている...
いや待て、ちょっと待て、お前はこっち側であるべきだろうが。
「ははっ、俺はお前が起きる前に聞いてたから」
「な、おま...!?」
聞いてたから、じゃないよ?急にドッキリ魂に目覚めるな。
あの「もしかして、」はなんだったのか。
重要事項はちゃんと教え...スタスタ歩いて行くんじゃないよ馬鹿たれ。
一度も振り返らずに入室して行った馬鹿たれ(@暁人)。
サッサと入れとジト目を向けるペネムさん。
僕は、
──時間経つほど入り辛くなるやつだ
と、察っして腹を括った。
「し、失礼します」
寝かされていた部屋や廊下と比べて、落ち着いた空間だった。
北欧風とでも言うべきか。
家具の多くが木目調で、全体的に白や金でギラギラと彩られていた
ぎっしり詰まった本棚に、書類がたくさん積まれた仕事机。
部屋の中央には腰より低いテーブルとソファが鎮座している。
暖かみを感じさせる空間の最奥、太陽光が差し込む日向に彼はいた。
「あ...」
優しさと冷たさが共存する切れ長のタレ目。
獅子が如き山吹色の長髪。
スラリと通った鼻筋。
着るものこそ違うが、それは強く印象に残っている姿だ。
「はじめまして。私はプロード・ファスタール」
綺麗な顔を少し崩して微笑んだ。
「この国の王を務めております」
簡単な挨拶を交わし、2人は進められるがままソファに背を預けた。
いつの間にかテーブル横に用意されていたティーカート。
「砂糖は要りますか?」
「いえっ」「大丈夫です」
ペネムさんが淹れた紅茶は3人分。
淹れた本人は王様が座った斜め後ろに下がっていた。
流石に暁人も緊張していたようで、紅茶を口に付ける動作はどこかぎこちなかった。
もっとも、僕の方はぎこちないでは済んでいないのだが。
もう手とかガッタガタ。
オーラが、オーラがすごい。
心なしかテーブルを挟んだ向こう側だけ輝いているような......
多分、少しでもこちらを落ち着けようと柔らかい表情を作ってくれている。口調だって前に聞いたときよりずっと接しやすい。
それでも、震えるものは震えてしまうのだ。
とはいえいつまでも本題に入らない訳にはいかない。
彼が口角を引き下げ、真剣な面持ちへと変わるのを確認して視線を上げた。
「状況が掴めず、混乱しておられるでしょうが、先ずは謝罪を」
言葉を区切り、顔が見えなくなるくらい深々と頭を下げた。
咄嗟にその行動を遮ろうと腰が動きかける。
しかし、言動の節々から詫びの色が滲む態度に、先の言葉を待つ事に決めた。
「...私たちの身勝手な事情のために、君たちの日常を奪ってしまったこと」
「加えて、本来この召喚はただ1人、【勇者】の資格を持つ者のみを呼ぶはずだったのだ」
「にも関わらず、【勇者】である暁人殿だけで無く、伊月殿まで巻き込んでしまったこと」
「心の底から、詫びを申し上げる」
「言葉一つで済む問題でない事は重々承知の上で、」
「しかし、それでも、どうか私たちの願いを聞いてほしい」
「......俺たちは、もう帰れないんですか?」
暁人が口を開いた。
「...はい、現状、この世界から別の世界へ渡る方法は確立されていない」
「......そっかぁ」
今のは伊月(@僕)と暁人、どちらから零れた声だったのか。
帰れない。
その可能性が思い浮かばなかったわけではない。
突然見知らぬ場所に飛ばされたのだ。帰る方法に頭を使うのは、真っ当な使い道だろう。
まあ、飛んだ先が異世界という時点で薄々、「これは無理じゃね?」とは思った。
ので、思考を放棄していた。
だからこそ、この呟きに言葉以上の意味は無く。ただ、変えられない現実を受け入れられた。
深呼吸。
頭と心を落ち着かせる。
「それで、俺は何をすれば?」
一拍置き、両者の視線が交わり、
彼は意思を、想いをのせて言い放った。
「──選ばれし勇者よ、破邪の光をもって邪悪なる魔王を倒し、世界を救っていただきたい」
その願いは、大凡予想通りの内容だった。
こっちの世界に来た直後、歓声に混じって「勇者」がどうのと聞こえた気はしていた。
勇者といったら魔王を倒す者、定番中の定番ではないか。
ついでに僕が「巻き込まれ召喚」であることも判明したが、それも考えてみれば妥当な出来事だ。
『幼馴染の2人が揃って勇者でしたー!』なんて言われるより、『容姿端麗、誠実で運動神経抜群の主人公!と近くにいたオマケ』ぐらいの扱いの方が納得はいく。
さて、思考の整理が終わったことだし現実の会話に意識を向けよう。
現在はこの世界の大まかな情勢や、勇者として求められるものを教えられている最中だ。
「魔王を始めとした、魔族が住まう土地は並大抵の者では辿り着くことすらできません。さらに、南の海岸戦線では日に日に攻勢が増している」
「長いこと膠着状態にある戦線でしたが、ここ3年で2割近い敵対勢力の増加が確認されています」
「だから、まずは強力な仲間を集めたり、国を攻める魔王軍への対策が必要ということですね?」
「なるほど、パーティーメンバー集めと国家間での協力の促し、両方を満たすための諸国行脚」
「はい、私たちは便宜上、大地巡礼と呼んでいます」
巡る対象が国家ではなく大地としていることに首を傾けたところ、
「有力な自治領域でも、国家として認められていない独立地区がいくつかあるのです」
とのことだ。
具体的には物理的に外国との関わりが断たれたエルフの国や、革命の連続により国家としての体裁が保てない国などがあるらしい。
王様が説明、ペネムさんが情報の補足。
生じた疑問はその都度尋ね、ゆっくりと咀嚼する。
この流れを何度か繰り返した。
語る言葉は分かりやすく、それ故にこの世界の現状も、実感こそまだ無いがなんとなくは理解できた。
人を襲う魔獣の存在、激しさを増す魔王軍との戦争、伴う治安の悪化に裏社会の活性化。
【勇者】はこれらを解決し得る理由があるのだと言う。
「この世界は、希望を必要としているのです。それも、人々が焦がれる太陽が如き光を」
一通りの説明が終わり、暁人はぬるくなった紅茶を口に含む。
紅茶と一緒に、これまでの説明を飲み込んでいるのだろうか。
空になったカップをソーサラーへと戻し、まぶたを上げる。
「本当に、俺が役に立てるんでしょうか」
「ああ」
大きな深呼吸と共に覚悟を決めた。
「──わかりました。正直、この状況で俺に何ができるのかはわかりません」
「それでも、何かの助けになれるなら、協力させてください」
「──ありがとう」
再び聞いた同じ言葉。
今回は、安堵と感謝、それと少量の悔やみを含んでいる様にも感じた。
これにて一件落着、選ばれし勇者は世界を救う旅に出る......とはまだいかない。
暁人が勇者になったとはいえ、元は現代日本の高校生。
聞いた限り、魔獣たちの危険性は野生動物のそれと比較にならないだろう。
運動神経に優れているだけで挑んで良い相手では無い、色々と準備が必要なはずだ。
何より、僕にはまだ納得できない事がある。
暁人が旅に出て戦うのは、まあ受け入れる。本人の意思と、王様の話を聞いたうえで、不安には思うが受け入れるべきだと結論付けよう。
けれど、
「伊月殿はどうなされますか?城で暮らすか、市街に降りるか、いずれにせよ生活の保証はいたします」
「城暮らしってのも悪くないけど、お前の性格だと気不味くなるかもな」
「でしたら、王家と縁の深い者の──」
これは嫌だ。
自分そっちのけで自分の行く道を決められることが。
それ以上に、友達が危険に挑む横でのうのうと生きていく自分の姿が。
この世界で何も持たない僕は、過酷な道のりとなるだろう旅の中、何の役にも立たないかもしれない。
きっと彼らの提案は正しいのだろう。
それでも僕は、何もしない、できない「僕」を許容できない。
巻き込んだ負い目か、「特別」でない僕への配慮か、あるいはその両方。
王様は僕等を慮ってくれている。
僕等に対して何かを強制しないし、僕の今後についても最大限の選択肢をくれようとしている。
それを、今だけは無為にしたい。
「もちろん、今すぐに決める必要は──」
「暁人が巡礼の旅に出るなら、僕から一つ、条件があります」
相手の言葉も遮り、半ば衝動的に吐いた言葉を勢いのままに続ける。
「いや、条件ではないか。お願いです」
「・・・もちろん、お聞きします」
コレが、正しいことかは分からない。
無知で無鉄砲で、無理解故の頼みかもしれない。
けれど、「こうするべき」と思った。
だから──
「──僕も、一緒に行かせてください」
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