【渡瀬かおるの恋の唄】旋律のない恋の唄シリーズ
金子ダイスケ
第1話 始まりの春
1990年4月6日、朝8時15分。
大津市立石郷中学校の校庭には桜の花びらが風に舞っていた。
廊下に貼り出された新しいクラス分け。
それを見てガヤガヤ。
渡瀬かおるは、親友の高橋あかりと森下ゆうかと一緒に、その前で小さく跳ねていた。
あかり(ぴょんぴょん跳ねながら)
「あったあった!
かおる、私たち三人一緒~!!」
ゆうか
「よかった~、
離れ離れだったら毎日泣いてたかも〜」
かおる
(……よかった、
私たち3人一緒で……
って、え?)
並んだ名前たちを順になぞる指先が、ぴたりと止まる。
3組 金谷 大志
かおる
(……た、大志くんも……3組……!?)
心臓が、ドキン、と大きく跳ねた。
白い頰が、ほんのり桜色に染まる。
あかり
「ねぇねぇ! 見て見て!
あいつも3組じゃん!!」
ゆうか
「うわぁ……運命ってあるんだね〜♡」
あかり(小声で)
「顔真っ赤よ?か・お・る♡ 」
かおる(両手を頬にして)
「……!」
(……でも、本当に……同じクラスになれるなんて……夢みたい……)
三人がキャッキャと騒ぐ、少し後ろ。
窓際からクラス分けを眺めていた金谷大志は誰にも気づかれないように、そっと息を吐いた。
大志
(……渡瀬と……同じクラス……!?
去年は違うクラスだったから、
廊下で会うだけだったけど……
今年は毎日、同じ教室で……?)
前髪で隠れた瞳が、ちらりと渡瀬かおるの後ろ姿をみつける。
ロングヘアをピンクのカチューシャで留めた、細い肩。
白いセーラー服の襟元から覗く、色素の薄い首すじ。
大志
(……可愛い……
って、ヤバい、見すぎだろ、俺……!)
慌てて視線を逸らすと、ちょうど目が合ったのは担任の佐藤美奈子先生だった。
佐藤先生(にこにこ)
「金谷くん、どうしたの?
顔赤いわよ~?もしかして、 春バテ?」
大志
「い、いえ! 大丈夫です!」
(って、春バテって、なに?)
佐藤先生
(ふふっ、青春だなぁ♡
今年の3組、面白くなりそう)
そのとき、チャイムが鳴った。
佐藤先生
「じゃあ三組のみんな〜!
教室に入って、席についてね~!
ホームルーム始めるわよ〜!」
その声にガヤガヤと生徒たちは動き出した。
── ── ──
ニ年三組。
かおるは自分の席――廊下側の一番後ろの席に座りながら、そっと真横、グランド側の一番後ろの席に目をやる。
そこには、大志の姿。
不意に大志が横を向く。
目が、合う。
ほんの一瞬だけ。
かおる&大志
((……!))
二人同時に顔を逸らした。
でも、その一瞬で、胸の奥が熱くなった。
かおる
(大志くん……こっち見てくれた……?)
大志
(渡瀬……俺のこと、見てた……?)
1990年の春。
新しい教室で、誰にも言えない恋が、静かに始まろうとしていた。
── ── ──
始業式が終わって教室に戻ると、佐藤先生がニコニコしながら言った。
佐藤先生
「さて、班を決めたいんだけど、三組はちょっと新しい方法で決めることにします」
新しい方法?とざわつく生徒たちに構わず話を先に進める。
佐藤先生
「班は6人ずつ、男女混合。
班長になりたい人が、
この後、放課後に集合して、
誰をメンバーにするか
話し合って決めます!
仲良しグループで固まってもOK、
運命の出会いを狙っても〜OK♡
放課後、班長希望の人は残ってね!」
教室が一瞬の沈黙が包んだあと、爆発した。
かおるは席で固まっていた。
(班長……?メンバーは話し合いで??)
すると、横に来たあかりが肘でツンツン突いてくる。
あかり(小声でニヤニヤ)
「ねぇ、かおる。
班長になりなさいよ?
そしたらさ、
自分でメンバー選べるじゃん?
ほら、誰かさんを……さ♡」
かおる(顔がカーッと熱くなる)
「え、ええっ!?
私、班長なんて無理よ……
人前で話すの苦手だし……!」
(だ、だけど……
もし班長になったら……
大志くんと……同じ班に……?)
あかり
「大丈夫大丈夫!
私たちが絶対フォローするから!
男子の一人は……
決まりよね?♡」
あかりの視線が、グランド側の席 ―― 大志の方へチラチラ。
そんな三人組の視線に気付かない大志は腕組みで考えていた。
大志
(もし俺が班長になったら……
同じ班になれる……?
いやいや、無理だろ……
俺なんか班長とか向いてないし……)
佐藤先生
(ふふふ、3組の恋の火種、
すでに点火完了?
今年は楽しみだわ~♡)
教室の空気が、春の陽射しより少しだけ熱を帯びてきた。
かおる
(……どうしよう……
班長、やってみようかな……。
大志くんと毎日、いられるなら……)
放課後までの時間、かおるの胸はもうドキドキが止まらなかった。
── ── ──
チャイムが鳴って、教室の空気がふっと緩んだ瞬間。
大志はカバンを肩にかけ、誰とも目を合わせないように出口へ向かった。
大志
(……班長なんて、俺には無理だ。
みんなの前で話すの苦手だし……
どの班になってもいいや。
どうせ俺なんか……)
廊下に出る直前、背後から小さな声。
???
「ねぇねぇ! 金谷、もう帰るの~?」
振り返ると、高橋あかりがニヤニヤしながら立っていた。
その隣に、顔を真っ赤にした渡瀬かおるが、うつむき加減でピンクのカチューシャを指でいじっている。
大志
「え……あ、ああ……うん」
(なんで高橋が俺に声かけてくるんだ?)
頬を掻きながら後ずさりしそうになる大志に、あかりがズイッと一歩詰め寄る。
あかり
「私たちはね~、この子が班長するのよ!」
バン!と、隣にいるかおるの肩に手を置く。
かおり
「〜〜〜っ///」
肩をビクッと震わせ、視線を床に釘付けにしたまま、かおるは耳まで真っ赤にさせる。
大志
(え?わ、渡瀬が……班長?!)
あかり
「でさでさ!
副班長、誰にするか考えてるんだけど~
やっぱり真面目で頼りになる人が
い・い・よ、ね〜?」
と、チラチラ大志の様子をうかがいながら、声はかおるに。
大志
(……もしかして、 俺を副班長に?)
心臓が、ドッドッドッと暴れ出す。
前髪の下の瞳が、かおるの方へ勝手に吸い寄せられる。
かおるはまだ俯いたまま。
でも、ほんの少しだけ顔を上げて──
震える睫毛の奥、鳶色の瞳が大志をチラッと捉えた。
かおる
(……大志くんに……
副班長、お願いしたい……
でも、声、出ない……///)
あかり
「ねぇ、金谷?
副班長、やってくれない?
メンバー、もう決まってるの!
女子はかおる、私、ゆうか。
男子は田中と松本(適当に、だけど)。
あと男子、1人……
なんだけどなぁ〜(ニヤニヤ)」
大志の喉がカラカラに乾く。
でも、なぜか口元が勝手に緩んでいた。
大志
「え……俺、なんかを、
誘ってくれるの?」
(しかも渡瀬が班長で……
俺が副班長……?)
かおる(やっと小さな声で)
「……お、お願い……できる……?」
小さく首を傾げ、上目遣いの瞳。
大志
「(ドキッ!)……う、うん……!
お、俺で、いいなら……」
あかり
「やったー!! 決定~♡」
ゆうか
「よかったね~、かおる〜♪」
かおるは俯いたまま、でも唇の端がふるふると笑みの形を作った。
大志
(……渡瀬が班長で、俺が副班長……
明日から、毎日……
渡瀬と話せる……かも?)
夕陽が差し込む廊下で、ふたりの影が少しだけ近づいた。
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