第6話 見せてみなさいよ、あんたの髪質(ステータス)!

「アカネ! なーにしてるの!」

 サロン・ド・ヨシコの裏口から顔を出すなり、ママの雷が落ちた。


「ママ! 今忙しいから! 超重要プロジェクトが進行中だから!」

「また変な動画撮ってるんでしょ」

「そうじゃないって!」


 私は靴を脱ぐのももどかしく、自宅の物置へダッシュした。


 物置に静かに置かれているのは、埃っぽい段ボール箱。マジック書きで『夫・道具』と書かれた、開かずのパンドラボックス。


 箱を開けると、そこにはパパが生前使っていた仕事道具が詰め込まれていた。

 どれもこれも、経年劣化でボロボロだ。


 ママが来て、呆れたように後ろから覗き込む。

「あんた、ガラクタ引っ張り出してどうするの?」


「ちーがーうーの! 天才美容師アカネの誕生なの!」


「好きにすればいいけど、全部壊れてるわよ。それから、美容師は名声じゃなくてテクニックだからね!」


 長そうな小言が始まる前に、私は段ボール箱ごと抱え上げた。

「ありがとママ!! 晩ごはんはハンバーグ希望!」


 再びダッシュ。

 私は裏山へ戻った。



 ♢ ♢ ♢



「モフ太。やるぞ!」

「キュッ?」

 サンタクロースみたいに、私は段ボールを床に置いた。


 中に入っているのは、パパのバリカン、コーム(くし)、ドライヤー、一眼レフカメラなどなど。


 女子高生の小遣いなんて絶賛「雀の涙」だ。買いたくても買えない美容器具が沢山ある。

 ついでにカメラも手に入れて、美容系のユーチューバーとして電撃デビュー!


 ウヒヒと笑う。モフ太も楽しそうに私の周りを駆け回った。





 ポチャン。シュウゥゥゥ……。

 私は次々と修理をした。


「歯の抜けた」ボロコームは虹色に輝くゲーミングコームに。うんともすんとも言わないバリカンは、鬼の体育教師みたいにうなりを上げるようになった。


「やったやった! 成功!」


 すごい。すごすぎる。


 そんじゃ、いよいよ、本命!




 私の視線は、段ボールの底にある「本命」に向けられた。

 パパが奮発して買ったという、プロ仕様の一眼レフ。有名ユーチューバーたちがこぞって使ってる、動画がキレイに撮れるヤツだ。


「これさえ直れば、私の動画クオリティはハリウッド級になる……!」


 スマホの画質じゃ、モフ太の毛並みの「一本一本の解像度」が伝えきれない。

 バズるためには、機材への投資は必須。やるしかないっしょ。


 私は祈るような気持ちで、重たいカメラを両手で持ち上げた。

「頼むよ、泉の精霊さん! ついでに4K画質対応とかになって帰ってきて!」


 ドボン。

 盛大な水音。


 私は固唾を飲んで見守った。


 さあ来い。光の柱よ立ち昇れ。そして私に銀の盾をもたらしておくれ。


 …………。

 ……………………。

 シーン。


「……あれ?」

 何も起きない。


 水面は静まり返っている。

 え、沈んだまま? ただの不法投棄になっちゃった?


 ピコン。

『素材が不足しています』



「は?」

 メッセージに思わずドスの効いた声が出た。

「素材? 素材って何? 部品的な?」


 ウィンドウの文字が変わる。

『必要素材:粘性のある高純度シリコン、またはそれに準ずる生体鉱物』


 何それ。

 東急ハンズに行けば売ってるの? それともママゾン?





 頭を抱えていると、


 ベチャッ……ベチャッ……。

 洞窟の奥、さらに深い闇の方から、不快な音が聞こえてきた。


 スニーカーで泥を踏む感じ。


 私の足元で、モフ太が「グルルル」と低く唸り始めた。




 暗闇からヌルリと現れたのは、半透明の青色をした……塊。サッカーボールくらいの大きさがある、ゼリー状の物体。


「うっわ……キモ。スライムじゃん」


 RPGの代名詞スライム。でも、リアルで見ると、可愛げのカケラもない。ただの〝巨大な鼻水〟だ。


(やばっ。逃げ──)

 そう思った瞬間、私の脳内でシナプスがスパークした。


 ――不足している素材。粘性のある、生体鉱物。


「……まさか」

 私の恐る恐る振り返る。

(これのこと?)


 どうやらスライムのことらしい。


 戦う……? 戦うの?

 そして、見る。


 私の装備。右手にシザー。左手にコーム。


(いや、ダメだろ! 髪のないツルツルスライムに、本日はレイヤーカットにしますか? 姫カットがいいですかで倒せるかよ!)


 ……いや、待て。


(このシザーとコームは、ただの道具じゃない。泉で修理された「魔改造アイテム」)


 私は胸の前で、シザーとコームをクロスさせた。スライムに向かって言い放つ。


「……見せてみなさいよ、あんたの『髪質ステータス』!!」


 目の前が光りに包まれた。

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