第19話 ゲームをしようよ【6月12日(木)】

⬛︎6月12日(木) PM 9:00

――上野第●高校屋上・階段室上――


朔夜零司により階段室の上に設置されたキューブ構造――それは取り外しと折り畳みが可能な簡易的バスルーム。


支柱となる頑丈なワイヤーが四隅の大型ピンに固定されているため、風速二十メートルまで耐えられる。


決して広くはないが、綾だけが使う分には差し支えない空間だ。

少し熱めのシャワーを長めに浴びてから今治タオルで入念に全身の水分を拭う。


簡易式のバスルームの手すりにかけておいたバスローブに身を包むと、綾はキューブ入口付近のアウトドア用のリクライニング式チェアに腰を下ろす。


今夜は風がほとんど吹いていない。

いつもよりドライに時間がかかると内心思いながらドライヤーで髪を乾かし始める。


明日はいよいよXデー。

六月十三日の金曜日の禁忌。

何が起きるかは【あいは】だけが知っている。


結界が破られるとは、一体何を意味しているのだろう。


たまには一人で気ままに過ごすのもいい。


小さな感慨にふけっていると前方に屋上のタイルの上を小柄な人影が一人歩きながら向かってくるのが視界に入る。

綾からは五メートル程下方に位置するその存在に目を見張る。


「そ、颯馬くん?」


「綾先生。お疲れさまです」


うやうやしく頭を下げると「こんな時間にすみません。今忙しいですよね?」と付け加える。


正直こんなところを目撃されるとは……

颯馬と綾の間にあった秘密――

先日部室での共有からこの場で会うのも時間の問題だと内心思っていた。


「どうやってここまで来たの?」

「屋上のドア開いてました。先生が開けたんですか? 閉めないと不用心ですよ」


少し見開いた瞳と小さく覗かせる小ぶりな唇。

綾の意識の外にあって自らの意思でこれらを隠せない。


淡い後悔とほのかな苛立ちの色を鞘に収めると、わずかに憂いを含む口元を綻ばせた。


鍵の壊れた非常階段を昇りきった先……

→ 五階バルコニー

→ 鍵のついていない裏ドア

→ ミス研部室

→ 正面ドア

→ 廊下

→ 屋上への階段

→ 階段室

→ 屋上


この一連のルートが綾の脳裏を走り抜ける。


ミス研の部室前の廊下を二・三十メートル進めば左手に屋上へと続く階段室へと繋がっている。

普段はそこは鍵がかけられているため学校関係者以外開けることはできない。


「たまたま入ってこられちゃった感じ、か……」

「まずかったですか?」


首を横に小さく振ると綾は手招きをする。

階段室の上にいる綾。

どうしたらあの場所へたどり着けるのか。

少しキョトンとしているとそれに察した綾が口を開く。


「裏に昇るための取っ手がついているわ。ここまで来れる?」

「わかりました」二つ返事をして階段室の後方へ回る颯馬。


ホチキス芯の形をそのまま大きくした昇降用の足場構造。

直線状に等間隔で打ち付けられている。


開校当時にはない創り――朔夜先輩が宵のうちに施したのだろうか。

そう考えながら難なく昇り切るとキューブの脇を抜ける。


綾はリクライニングの先端に首の後ろ側を当てていたため、颯馬の位置からちょうど綾の頭部だけが見えた。


「お待たせしました……」


そこから少し綾の方へ歩み寄ると、頭の先にある豊満な双丘に視線が吸い込まれていく。

バスローブの隙間から覗く深淵な誘惑が颯馬の先端にツンとした痛みを走らせる。


綾はまだ動かない。


「颯馬くん」

「は、はい」


綾はのけ反るように頭を颯馬の方へ敢えて垂らしてみせる。

妖艶なまなざしは、執拗しつように颯馬の秘部から顔へと舐めるように――

ニヤリとわらった音に、舌なめずりな湿り気が恍惚こうこつに交じる。


「私、綺麗?」

「えっ? あ、はい。綺麗だと思います」


「どこが綺麗?」

「う、ドコって……」


揶揄からかい半分の綾。

颯馬は思わず視線を外すも、胸が跳ねて答えられずにいる。

年頃の男子の視線の先を知っている綾は悦に入る。


「うふふ……颯馬くんって可愛いわね」頭部を元の位置に戻す綾。

「や、やめてください」今の立ち位置を変えて綾の向かいに歩む颯馬。


左右の小さなメビウスリングの耳飾りが揺れる。

控えめに垂れた二つのシグナルが綾の注意を引く。


「颯馬くん。その耳飾り、とっても綺麗ね」

「あぁ、これですか? 昨日つけたんです。ペアイヤリングっていうやつ」


綾は一瞬思うところがあったが、口に出すのを思いとどまった。

もう少し様子を見てからにしようかなと品定めするように。

今度はまっすぐな熱のこもった視線で微笑むと隣のテーブルを見ながら話を続ける。


「颯馬くんはさ、に会いに来てくれたの?」

「あの……ただ確認したいことがあって」


綾のすぐ隣にある円形の卓上。

置かれていた煙草の箱とジッポに綾の手が伸びる。


「確認? そんな陳腐な言葉のためにわざわざこの時間に?」

「先生のこと、もっと知りたいと思って……」


ジッポの小気味よい摩擦音。

闇中を照らす数瞬――瞳を閉じて口づけするような愛らしいかんばせ

煙草の先端が赤くくすぶると夜の色に溶けるような大人色の煙を吐いた。


「吸うんすね……」

「うん、


「――っ!」


「私のことねぇ……それって聞こえはいいけど、本当は私の秘密を知りたいだけなんでしょ?」

「そうかも、しれないです」


「ふふっ……いいわ。颯馬くんにだけ特別に教えてあげる。私の秘密を」

「秘密……」


「颯馬くん。いまから私と秘密のゲームをしない?」





「秘密のゲーム……」


綾の意味深な提案に心音がざわめく。

綾のバスローブ姿に秘密の遊戯がかもす緊張感。

それらは感じたことのない高揚感として頭と心をじわりと染め上げていく。


「そう、お互い自分の秘密について語るの。伝え終わった時点で本当か嘘かを当てたら勝ち、どちらかが勝つまで続けるというのが大筋の内容よ」


「なるほど。大体わかりました」


「ただし条件があるの。秘密と言った以上、相手を驚かせるくらいインパクトのある秘密情報を打ち明けてほしいわね。小さな秘密じゃ張り合いがないでしょう?」


「やってみます。ちなみに、このゲームの本当の目的は相手のことを知ることだけですか?」

「相手のことをもっと知りたい、そう言っていたわね? それ以上のことってあるのかしら? まずは勝ってから言うことね」


「そうですね。あと、最後に聞いてもいいですか?」

「いいわよ」


「もしこのゲームで勝ったり負けたりしたら何かあるんですか?」

「そうねぇ、お互いのお願いごとを聞いてもらうのはどうかしら?」


「お願いごと?」


「そう。私が勝ったら、颯馬くんは今日から成人するまで酒と煙草をやめること」

「え?」


「匂いでわかるのよ。私からのお願い」

「わ、わかりました。すみません」


「もし、俺が勝ったら……」


「勝ったら?」



「先生のこと、朝まで好きにしていいですか?」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る