第17話 出馬


 バルゴ地方は古来より、鉄鉱石を中心とした鉱山業を生業としてきた地方である。州都バールは、そんな鉱夫たちの街として発展を遂げた街である。


 山間の平野部に存在するが故に、賄える人口はそんなに多くはない。


 けれど、牧畜よりも格段に割りの良い仕事であるという認識があり、多くの夢見る食い詰めた女子達が集まり、一時期は人口が2万に届きそうな時すらもあった(食料供給が追い付かず、帰農令が出されたが)。


 だが、そんな活気に溢れていた街は、今は寂寥感に包まれていた。


 無論、戦時中であり、バールで取れる鉄は飛ぶ様に売れている。ただ、その採れた鉄がクルアン教徒の手に渡り、同胞を殺す刃や鏃になっている罪悪感から、街を離れるものが続出したのだ。


 現在、程々の喧騒の中で程々に働いている。

 往時を下回る人口が7000人ほどの地方都市、それが今のバール市。


 幾度もイスペリア王国軍の侵攻を阻み、今では裏切り者の最たるものとして槍玉に挙げられている、難攻不落の山岳鉱山都市の現状であった。






「何、交渉を求める手紙が?」


「はい、この押印は間違いなく王家のもの。オクタヴィア殿から、若様に会談の申し入れです」


 バルゴ地方を治めている領主、イメルダ・バルゴは家宰から手紙を受け取っていた。


 それは、エレーヌの言を良しとし、軍部に先んじようとしたイスペリア宰相、オクタヴィア・カルロスからの書状であった。


 自らが出向くが故に、イスペリアの未来について論じる会談の場を設けてもらいたいという内容。

 手紙を一読して、イメルダは眉間に皺を寄せた。


「……代替わりして、与し易いとでも思われたか?」


「さて、力技でどうにもならぬので、話術での解決を試みているのやもしれませぬ」


 イメルダはつい最近、病で没した母の後を継いでバルゴ地方の領主となった。その直後に届いた手紙であったので、何か企みがあるのではと思ったのだ。


 幾度も刃を交えている間柄であるのに、急な方針転換を見せられて不気味に感じたというのもある。


 胸の内は分からないが、相手は口先だけでイスペリア宰相になったオクタヴィア・カルロスなのだから。

 油断できない、と自戒も込めて言い聞かせて。


「どちらにしろ、容易く応じては周辺諸侯の疑念を招く。丁重に、謝絶の文書を送り返せ」


「御意のままに」


 これは罠だ、と自らに言い聞かせたイメルダに、家宰もそれで良いと頷いて。


 "ご厚意はありがたいが"から始まる、婉曲的だが拒絶の旨を綴った手紙を送付し返したのだった。


 その手紙を読んだオクタヴィアから、再度の文が届いたのはその一週間後のこと。


 但し、今度は手紙という形ではなく──丸太に貼り付けた文を、クローデット以下の力自慢の令嬢達が矢文代わりにバールの城壁を超えて投げ入れたという形にはなるが。




「皆、丸太は担ぎましたわね。このままぶん投げて、度肝を抜いて差し上げますわよ!」


「慌てん坊の聖ニコラからの贈り物だよ!」


「雪山を越えて薪を届けにきた私たちに感謝しながら、ついでにお手紙も読んでくださることに祈っております!」


 バカみたいなことを口ずさみながらやって来たクローデット達を、平時ならば城壁に詰めている兵が弓矢で集中砲火を浴びせたであろう。


 だが、冬場で敵が来ないという油断があった兵達は、監視を怠り隙ができていた。その一瞬をついた、大胆不敵な犯行であった。


 白昼堂々、丸太は聖ニコラが乗るトナカイのソリの如く宙を舞い、バール市へと堂々入場を果たした。


 犯行後、一目散に逃げ出したクローデット達を追撃することは出来ず、バール市の兵達は無礼にも投棄された丸太を囲んで、困惑した顔を突き合わせることしかできなかった。


「一体なんなの、これ……」


「カルロス方面の山道から来てたし、もしかして敵の攻撃じゃないのか?」


「ほ、報告したら領主様に殺されたりするのかなぁ」


「待て、丸太に何か貼り付けてあるぞ」


 何事かと市民が遠巻きに眺める中で、兵達は丸太に貼り付けてある文章を、恐る恐る読み上げた。


「"イスペリアの行く末について、バルゴ領主イメルダ・バルゴと論じたい。貴殿こそが、全イスペリアの救世主となり得るのだ。イスペリア王国宰相、オクタヴィア・カルロス"」


 読み上げてから、兵士達は顔を見合わせた。

 疑念と、心の揺らぎを感じながら。


「なあ、それって……」


「領主様への、手紙?」


「……本物なの?」


「分からない、けど知らせないわけにはいかないし……」


 互いに分からないと呟きながら、兵士達は上へと話を持っていって。夕方には、イメルダのところにまで話が上がって来ていた。




「何のつもりなのだ、奴らは……」


 舐めた真似をされた怒りと、それ以上の困惑。

 皆目見当が付かず、文書を深く睨みつけていた。


 この様な挑発的行動をおこなって、こちらが頑迷になるとは思わないのか。


 控えめに言っても、会談を求め訴える手段としては愚行といって差し支えない。


 ただ、あのオクタヴィアが、そんなことも分からない筈がないので、その部分が不気味で仕方なかったが……。


「分かりませぬ、ただ文言に一言付け足されております」


「貴殿こそが全イスペリアの救世主となり得る、か。下手なおためごかしもいいところだ」


 失笑ものの雑な一文に、イメルダと家宰は二人揃って首を傾げた。こんな一言で、無礼を補えると思っていたのか、と。


「何にしても、応える義理はない」


「返信もでございますか?」


「向こうも求めてなどいないだろう」


 正式な書面ではない、故に義務も生じない。

 イメルダは、諸々を経過観察することにした。


 オクタヴィアが何を仕掛けているのか、それを確かめるための待ちの姿勢であった。


 その真意を理解するまで、数日も掛からなかったのだが。






 妙に顰めっ面の宰相から通達があって行政府まで呼び出されたのは、バローラに滞在して既に2月ほどになりそうな時期のことであった。


「……会談に応じる、と連絡が来た」


 その通達に、エレーヌさんと頷き合った。

 取り敢えずは、第一関門突破である。


 交渉の席に着いてもらわないと、文字通り話にならないのだから。


「苦労を押して、丸太を担いで山登りした甲斐がありましたわ」


「クローデットさんも、本当にお疲れ様です」


「もう何度も言って頂いておりますが、ジルベールさんからの労いの言葉はいつ聞いても格別ですので、もっと聞きたいくらいなのですわ〜!」


 その席に着いてもらう工作活動を、色々と精力的に取り組んでくれたクローデットさんを労うと、彼女は華やぐ笑みを浮かべてくれた。


 うん、いつ見ても可愛い笑顔だ。


「それで、閣下は何故そんなにも不服そうなのですわ?」


 対照的な表情を浮かべながら、クローデットさんが不思議そうに問い掛けると、宰相はジロリとモノクルを光らせながら睨んで。


「……あまりにも躊躇なく謀を巡らし、しかも成功させているものでな」


「ジルベールさん様々ですわね!」


 クローデットさんは鼻高々だが、全然褒められてない。むしろ、油断ならない奴、と警戒されてる。


 ジロリとした目が、そのままクローデットさんから俺にスライドした辺りで、愛想笑いを浮かべて言い訳を並べることにした。


 ……この人、美人だけど目つきが鋭くておっかないから。


「原案は、イスペリア貴族が仕掛けて来た謀略です。一から十まで、俺だけで考えた訳じゃないですから……」


 今回仕掛けたのは、俺達がイスペリア貴族にやられた謀略を転用したものだ。


 民衆に対して期待を煽り、その同調圧力を持って決断を強いる策である。


 尤も、間諜を潜り込ませることもできないから、インパクトのある丸太の不法投棄という形で無理やり衆目を集める方法を取ったのだが。


 成功したら良し、失敗しても春先の戦い前に不信の種を撒ける。


 マリーナ騎士団にとっては、どこを取っても損のない謀略であった。


「帷幕の中だけで全てを動かしているくせに、よくもそんなことが言える」


「……過分な評価、恐れ入ります」


 元々がイスペリアの民だったのだ、クルアン教徒の風下に立つのは多かれ少なかれ不満がある。


 そこを突いての策だから、何かしらの効果は高まると踏んでいたが、当たるか当たらないかは五分五分だった。


 でも、俺が平然していた様子は、不安だらけの宰相閣下からしてみれば、全て上手くいくから泰然としていた風に見えたらしい。


 最悪この人のことは見捨てるしかない、と腹を括ってたからのことではあるが、それを馬鹿正直に言うわけにもいかない。


 曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すと、宰相はジッと見つめて来た後に、ハッとした顔をして目を逸らした。


 俺のこと、謀略が得意な催眠おじさんだって思ってるかの様な素早さであった。


 ……その反応、ちょっと傷付く。


「ともかく、早めに出立の準備を済まさないといけないね」


 けど、傷ついている暇はない。

 エレーヌさんの言う通り、早く準備をしなくてはならない。


 まだ寒いけど、雪は少しずつ溶けてきている。

 ……冬の終わりが近い、そう感じさせられているから。


「ふむ、使節団を編成しなくては──」


 だから、宰相もその言に頷き、早速行動を始めようとした時──部屋の扉が勢いよく開いた。


「その必要はないのじゃ!」


 勢いそのままに部屋に飛び込んできたのは、ベラであった。


 何で宰相の執務室に、とかそんなことは言わない。もう、ベラの正体を知ってしまったから。


「陛下、また抜け出して来たのですか?」


 そう、陛下。イスペリアのイザベラ陛下。

 この賢いおしゃまな女の子が、この国を統べる資格の持ち主だったのだ。


 絹の服といい、視座が広い見識といい、言われてみれば納得であるが、知った瞬間は驚きを超えて顔が青くなってしまった。


 だって俺、無茶苦茶タメ口きいてたから。


「いや、今日は課題を終わらせてさっさと来たのじゃ。そういう訳じゃから、サボった訳ではない。……のぅ、ジルにぃや、褒めてくれんかの?」


「あはは……偉いね、ベラは」


「そうであろう、そうであろう! ん〜、心地よいのじゃあ〜」


 けど、俺は未だタメ口を叩くことになってしまっていた。それどころか、ベラは俺のことを"にぃや"なんて呼んでしまっている。


 頭を撫で始めると、イザベラ陛下……ベラは猫みたいに目を細めて、気持ち良さげにスリスリと擦り寄ってきた。


 なんか宰相がすごい目でこっちを見てきているが、この蛮行とも呼べてしまう行為を止めようとはしない。


 勿論、それには理由がある。

 あまりにしょうもない類の理由が。




 それは、謀を巡らせるために、バローラ執政府の宰相の部屋に集まっている時のことであった。


『オクタヴィアよ、構ってくれたも……れ?』


『……え、ベラ?』


『一介の貴族風情が、何て呼び方をしているっ。このお方は全イスペリアを統べられるイザベラ陛下で在らせられるぞ!!』


『ふぁ!?』


 唐突な交通事故、目の前の宰相はブチギレ寸前。

 まさかの落とし穴で、俺は不敬罪で告発されかねない立場へと追いやられたのだ。


『ナニヲイッテオルノジャ、ヨハベラジャゾ』


『陛下、まさかこの前仰っていた可愛い男の子とは、この腹黒男のことですか!?』


『……えらい言われようじゃが、結婚詐欺でも働かれたのかえ?』


『確かにこれは可愛らしい顔をしていますが、目の前で嬉々として謀略を開陳していく姿を見ていればそうもなります!』


 あまりに酷い物言いだった。

 俺レベルで腹黒なら、この宰相は喉まで黒いだろうに。


『……イザベラ陛下、これまでのご無礼、誠に申し訳ありませんでした。以後は弁えておりますので、どうかご容赦の程を頂ければと存じ上げます』


 でも、何はともあれ、よくない口をきいていたのは確かだ。

 なので、素直に謝罪をすると……。


『──ヤじゃ!』


『え?』


『女王の余に親しげに話しかけてくれる、優しいけど生意気風味な異国のお兄さんなジルベールがいなくなるのは嫌じゃ〜!!』


『えぇ……』


 何故か、ワガママをもって返事と為してきた。

 思わず絶句すると、代わりに宰相が口を開いて。


『陛下、意味のわからぬ性癖を拗らせないでください! その様な男性など、この世に存在しておりませぬ!!』


 ごもっとも過ぎる叱咤で、おかしな論法を喝破しようとした。

 だが、それ以上にベラは頭を振りまくって。


『やーじゃ、やーじゃ! 余もサラみたく、にぃやと呼んで妹になるのじゃ!!』


『一体どうされたのですか、陛下!!』


 スーパーのお菓子コーナーで駄々を捏ねる子供みたいに、断固として我儘を撤回しようとしなかった。


 なんで、と疑問が過る。頭の良いベラなら、理屈が通ってないことに固執する愚を分かるはずなのに、と。


 ただ、ベラのその様子を見て、何かを察したのは長年の付き合いがあった宰相の方であった。


『……私にもたれるだけでは、不足ですか?』


『汝は良い教育者ではあるが、一線引いてるではないか』


『それは……』


 言葉に窮して、宰相は押し黙った。

 ベラの言葉が、理ではなく情から成り立つものだと理解して。


 単純にベラは、甘えられる相手がいなくて寂しくて仕方ないと、そういうことを言っているのだ。


 単純な理屈の上では、王族は孤独という論理で切って捨てられるだろう。


 けど、それでもベラはまだ子供である。

 故に宰相が摂政をしているし、庇護する立場を一貫して取っている。


 その逡巡が、宰相としての理と人としての情、そのどちらを取るべきかの迷いの発露であることは見て取れる。


 色々と未熟ではあるが、この人は本気でベラに仕えているのだと、この時に初めて理解できたのかもしれなかった。


『のう、オクタヴィア。余は誑かされて堕落なぞせぬし、取り込まれたりもせぬ。単に人の良いこやつに漬け込んで、甘えられる相手を作りたいだけなのじゃ。……ダメか?』


 それにしても、俺はとんでもない言われ方をして、ベラはとんでもない要求をしていた。


 なので、無論拒絶しようとするであろうと踏んでいたのだが……。


『……宮廷道化師としてならば、無礼なタメ口も許されましょう』


『では、今日からジルベール・ネイはイスペリアの宮廷道化師じゃ!』


『人前だと差し支えがあります故に、その辺りはご配慮ください』


『委細承知しておる、安心せよ』


『……え、マジ?』


 ただ、困ったことに、宰相は何だかんだでベラに甘かった。そのまま彼女に甘えてしまえ、というレベルで。


『そういう訳じゃ、今日から汝は余のにぃやじゃ。末永くよろしく頼むぞ、にぃや!』


 どういう訳か分からないが、この日から俺はイスペリアの宮廷道化師として勝手に雇い込まれて、女王からにぃやと呼ばれる立場になってしまったのだった。


 敬語は厳禁、サラ同様にお兄ちゃんとして振る舞うことを強要されたのだ。


 因みに、半ば断る間もなくやらされていることではあるが、賃金が発生しているため、これを友達代ならぬお兄ちゃん代と呼んで自分を納得させている。


 お兄ちゃん代は、一人で食べていくには十分過ぎる代金であった。




 無駄に頭が痛くなりそうな回想を挟んだが、そういう訳で俺は今日もにぃやだった。


 クローデットさんとエレーヌさんの目はあるが、この二人の前ならばともはや御構い無しである。


 二人とも、見てはいけないものから目を逸して、見なかったことにしていた。


「それでベラ、使節団が必要ないっていうのは……貴族派の官僚が紛れ込むから?」


「うむうむ、それもあるが、事を急がねば奴らの方が交渉を妨害しかねんからな。今は形式よりも拙速が大事な時期じゃ」


 スリスリとサラ以上に甘えながら、ベラはベラらしい頭の良さを発露していた。


 理屈が通っており、納得ができる。

 手柄の横取りを画策しているのだから、それくらいの想定で物事を進めなくてはいけない。


「では、この交渉は……」


 よもやと目を見開く宰相に、ベラは肯定しながら言い放った。


「──汝と、事情を知るそこなガリディア人達で交渉をするが良い」


 とんでもない無茶振りである。

 だが、内密に素早くことを運ぶには、そうするしかないのも事実であった。


 俺たちは、それぞれが顔を見合わせて、一つ頷き合ったのだった。






 そうして今、俺たちは雪山を超えて狭い山道を通り、バール市の門の前へと立っていた。


 宰相とクローデットさん、それからエレーヌさんに俺。たった四人で、春先に攻撃目標として定まっている街へと乗り込みにきたのだ。


「お話は伺っております、どうぞお通りください」


 妙にキラキラしている視線に居心地の悪さを感じながら、門を通されて。

 そのまま、俺達は領主がいる城へと案内された。




 そこは広間であり、中には家宰のメイドと数人の武官を侍らせている年若い女性が一人、俺たちを待っていた。


「…………よく来られたと言うべきか、よくもノコノコ来たと言うべきなのか、全く分からんところではあるが」


 ジトりとした目で俺達を見回したその女性は、深い溜息を吐きながら名乗りを上げた。


「イメルダ・バルゴである。……市井を怪文書で惑わす手腕、流石は口先で宰相位を掴んだだけはある。誠に見事であったと、そこだけは賞賛に値しよう、オクタヴィア殿」


 非友好的な視線が、ガチリと宰相へと固定される。その冷たい視線に晒されている当の宰相は、顔を引き攣らせながら俺へと視線を投げかけてきた。


 お前のせいだろう、ふざけるなよ、と。


 そんな訴えに満ちた目から視線を逸らし、俺はどこか遠くを見つめた。自分の策で、この人に風評被害をもたらしてしまった自覚があったが故に。


 交渉が始まる前から、イスペリア王国宰相オクタヴィア・カルロスは、策謀家としての令名(悪名かもしれない)をほしいままにしていたのだった。



 …………菓子折り持って行ったら、許してくれたりしないかなぁ。

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