第7話 襲来
あれから、急いで準備に取り掛かった。
もし敵がやってくるのならば、間違いなく冬が訪れる前……明日にでも来るだろう。
準備が進む中、クローデットさんと対策を練る。
何も計画が存在しないと、場当たり的な行動で都度の判断をしなくてはならなくなるから。
臨機応変も大事だけど、ある程度の想定は事前準備として必要不可欠でもあった。相手の動きが想定し易い守勢の立場においては、それだけで有利になるのだ。
「準備を進めていますが、想定兵力は二倍の差。何か、良いアイデアが欲しいのですけれど……」
「上策と中策と下策がありますけど、何が良いですか?」
「もう既に用意されていますの!?」
「占いパワーです」
「げに恐るべしかな占いぱわぁ、ですわ」
準備は進んでいる、けどいつ来てもおかしくない。
そう考えると、どうしても焦ってしまう。
「ジルベールくん、何で綺麗な宿舎に泥なんて塗りつけなきゃダメなの?」
「焼け石に水ですけど、火が放たれた時に土が空気を遮断して、ちょっとだけ燃えにくくなるからですね」
「えー、そんなことしなくても、敵が来たら私がやっつけてあげるのになー」
「敵をやっつけられても、家を燃やされたら困るじゃないですか」
「ま、そりゃそっか」
時間は無い、そう思って行動した。
貴族も使用人も関係なく、村の防護のために工作をさせる。
「ジルベールさん、何故武門の生まれで高貴なる私たちが、穴掘りなどさせられているのでして?」
「敵の騎馬隊が来た時、道がでこぼこになってたら脚が止まりますし、そうしたら敵は下馬せざるを得ないじゃ無いですか? そしたら、皆さんが戦いやすいかなって」
「そんなの、馬ごと叩っ斬れば良いだけの話です。納得できませんわ!」
「えっと、じゃあ……本当は、女性と一度穴掘り、してみたかったり……とか?」
「よく分からないですが、これは穴掘りデートということですの!?」
「た、多分?」
「うおーっ、やる気が湧いてまいりましたの!!」
やる気がなくても、何とかして士気を煽りながら仕掛けを施して。
少なくとも、何ら準備できてない状況よりかは、幾分かマシな防備が整いつつあった。
「ジルベールさん、ワタクシ達が動かせるのは、貴族100名に武門のメイド隊が50名ですわ」
「……もうちょっと、動員したかったな」
「実数兵力はもっとありますが、150人分以上の武器が用意できませんでしたの」
「なら仕方ない、かぁ」
兵馬の気配がする、遠くに土煙が見える。
来てしまったかと、重い溜息が出た。
「五分五分で来ないと思ってたのに……」
「そうなのですか?」
「これ見よがしに、防備を整えてたのを偵騎に見せつけてたので」
「それを見た相手は、素直に諦めるか……」
「防備が完全になる前に、攻め込んでくるかの二択になりますから、五分五分です」
ハズレを引いたと二人で顔を見合わせて、ため息を吐いた。
だが、次の瞬間には無言で頷きあって。
「頼みますわよ、ジルベールさん!」
「お願いしますね、クローデットさん!」
その言葉を掛け合って、互いに走り出した。
事前に決めていたこと、その計画に従って行動するために。
村に接近していたクルアン教徒の女性指揮官は、あるラインまて到達すると手綱を引いて足を止めた。
「各員、停止。下馬せよ」
それに従い、村に近づいていた全254名もの兵士達は騎馬から降りた。
事前に、偵騎として放っていた者より報告を受けていたからだ。
村に近づくにつれて、浅い落とし穴に木片で作られた杭が設置されていることを。
このまま気にせずに突き進めば、むざむざ罠に掛かり、少なからぬ馬を損失することになったであろう。
だから、攻撃を続けるのならばこの判断は正しい。
……だが、素直に村への攻撃を諦めた方が賢明ではある。
襲撃に際して、一番重要な機動力という武器を自ら手放すという選択は、愚かとしかいえないものなのだから。
何故、そうまでして攻撃に拘ったのか?
その理由は、本当に単純なものであった。
「各員、目標は食糧庫のみで良い。そこに溜め込んでいる食料を焼けば、奴らはこの屯田兵村を維持できんのだからな」
まず一つに、攻撃目標を限定していること。
村を放棄させたという実績さえあれば、それが戦功になる。
無理をしている自覚など、相手にはなかったことが一つ目。
「我が隊は他部隊に遅れを取り、戦果を上げる機会が限られていた。だが、冬に入る前の最後に機会が巡ってきた。これより襲撃するは、将来的に敵の策源地となりうる拠点である。それを叩ければ、大いに戦果として認められることであろう!」
二つ目に、敵指揮官は焦っていたのだ。
自身の部隊は、他の部隊と比べてイスペリア人の村を破却出来ていないことを。
故に、多少の強引さは必要だと考えていたことが二つ目。
「敵は所詮、小細工を弄そうとも豚喰らいの山岳民だ。恐るる必要などない!」
最後に、これが一番大きな要因ではあるのだが──相手を、明らかに侮っていたこと。
これまでクルアン教徒側の軍勢は小競り合いを除き、イスペリア王国軍に対して連戦連勝を重ねてきた。
勝ちに慣れすぎ、負けを想起出来なくなっていたのだ。
この指揮官自身も、かつて同数以上の騎馬隊を破った実績がある。多数の兵力差などものの数ではないと、すっかり見下してしまっていた。
「各員前進、早々に火を灯して帰るとしよう!」
故に、その指示は単純明快であった。
それだけで勝てると踏んで、細かな促しをしなかった。
村の近くまで近づいた彼女達は、嘲笑を浮かべた。
村を申し訳程度に囲う柵越しに見える敵軍は、その陣容があまりにも薄かったから。
恐らく、村側の防衛隊は50名ほどしかいない。
兵力差は4倍以上、騎馬を使うまでもない。
唯一の懸念点は、敵が全員が弓をつがえていることくらいであろうが、こちらも盾を持参している。
問題など、あろうはずがない。
後は、正面の敵を一蹴して、食糧庫を──。
「──放て!」
「男の、声!?」
一瞬、クルアン教徒側の兵士に、意識の空白ができた。戦場で聞こえるはずのない声が、どこからか聞こえて。
「盾、構え!」
それでも、指示に従い盾自体は構えられた。
動揺はしても、戦争自体には慣れていたから。
ただ、動揺の中で敵軍を一望すると、そこにアバーヤに似た衣装を纏った、慎み深い服装をしている男性の姿があって……。
「隊長、あれは?」
困惑した部下からの声に、指揮官の女性は頭を振った。
戦場にいる以上、惑わされてはならないと。
幾ら、清楚な声と格好をしている男性がいても、戦場で見えれば敵以外の何者でもないのだと。
「まやかされるなっ、敵だ!」
一喝すると、部下もそれ以上のことは聞かなかった。
だが、無意識のうちに歩幅は多少緩くなって、敵の矢に晒されながらも兵達の動きが鈍ってしまったのだ。
顔は衣服で隠れてはいるが、あの声は幼く可憐な男性のものであったから。咄嗟に、その存在を手にかけねばならぬのかという逡巡が生まれたがために。
そんなことを考えられるくらいの余裕が、まだ彼女達には存在していた。
「魔術師に通達、火を放て!」
その有り様を見て、指揮官の女性は苛立たしげに指示を飛ばした。
本来ならば魔力を温存させておく予定だった魔術師10名に、柵へ向け放火する様に命を下したのだ。
火を見れば高揚し、減衰した戦意を回復させることだろうと踏んで。
「豚喰らいどもめ、戦場を弄びよって! 放火により柵を打ち壊した後、突撃を開始する!」
男性を戦地に連れて、戦意を低下させる。そんな姑息な策を取った敵に対して後悔させてやると誓い、血の気のままに突撃準備を始めたクルアン教徒の部隊。
指揮官の怒声が兵士たちに伝播し、兵士たちは背筋が伸びたのだ。男性が云々を考えるよりも、この指揮官の怒りを買う方が怖い、と。
また、次々と魔術師達から火が放たれ、柵に幾つも襲い掛かる様を見て、自然と敵の混乱に乗じる用意を兵士たちは始めた。
これまでも、そうして幾つかの村を焼き払ったときのように。体が、それを覚えていたから。
……だが、柵に直撃した火は、どうしてか延焼しない。ボヤが起こったかのように、じんわりと燃え広がるのみ。
更には、スコップを持ったメイドが燃えた箇所に新たな泥を被せて、次々と消火していく。
「っ、火計を読まれていたということか!」
その様を見て、自身達の行動、目的を読まれていたことをクルアン教の指揮官はついぞ認めざるを得なかった。
そこで、ささやかだが矢が降り注ぐ中で、彼女は逡巡した。
読まれているのならば、これより先は新たな罠が仕掛けられているかもしれない。
それを考慮に入れて、引くかどうかを。
ここで引けば、豚喰い共の村人に負けたという汚名を背負うことになる。プライドが傷付けられる事実と不明瞭な敵の陣容、それらを天秤に乗せて。
……結果、プライドよりも理性が凌駕した。
これまでにも、小癪で小賢しい小細工が数多あったことは確かである。それ以外の小細工はないと考える方が、明らかに不合理な考えで。
だから、ここは引くべきだという理性に従おうとした──そんな時のことであった。
「忌々しい限りだが、ここは……ぬ?」
無数の手投げ斧が、空からクルアン教徒の軍勢に降り注いだのは。
辺りに、悲鳴と血が飛び散る。
全て、クルアン教徒の軍勢から漏れ出たものである。
「何事だ!?」
訪れた惨状に動揺しながら、状況を確認しようと声を荒げた指揮官が目にしたのは──近隣の森に潜んでいた令嬢達が、猛進してくる姿。
「突撃ですの!!」
「ぶちころがせーっ!」
「血祭りにあげろーっ!」
ふざけたことに、時速40km近くで接敵を試みる悪夢みたいな光景であった。
「……え?」
その光景を見て、想定以上なんだけど、と引きながら目を丸くしていた占い師が村に居たらしいが、敵手たる彼女達は知る由もなかった。
のちに、某占い師は語った。
──何あれ怖い、猪の群じゃん、と。
魔力を持つ者、その中でも取り分け優れた素質を持つ貴族令嬢達を、期せずしも集中運用した鮮やかな奇襲であった。
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tips:ガリティア貴族の概要
この世界では、女性に魔力という力が宿っていた。
魔力を使い、身体能力を強化することで、男性よりも優位な力を手に入れられたのである。
その中でも強い魔力を持っていた者は、特段に強力な身体強化や魔法が扱えた(魔法自体は、素質のある平民も扱える)。
結果、その力を使い周囲を守っていく内に、権力がそういった人物に集中するようになったのである。
村から街へ、街から地域へ、地域から国へ。
範囲を拡げて、力あるものに権力が集中していった果てに、王族や貴族といった支配階級が誕生する。
更に貴族達は、強力な魔力を持つ血筋の者同士を掛け合わせたりなどして自らの一族の品種改良に励み、その才能を伸ばすように努力を重ねていった。
結果、現在における貴族と平民の魔力さは隔絶したものとなり、貴族令嬢は一人で平民兵30人に匹敵すると言われるほどの戦闘力を得るを至った。
故に、そのような貴重な令嬢達を封建領主達は、分家も含めて自領に囲い込み、外に出そうとはしなかった。
だから貴族令嬢達は、一ヶ所に集まって軍事行動をとることなどはなかったのであるが……。
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