第18話
後悔の念に苛まれるエドワード王子が、一つの決断を下すのにそう時間はかからなかった。
(リーファに……会わなければならない。会って、謝り、そしてもう一度……)
だが、王子という立場が自由な行動を許さない。婚約を破棄した相手の元へ自ら赴くなど、世紀のスキャンダルになるだろう。
そこで、彼は頭を働かせた。父である国王陛下にこう進言したのだ。
「父上。此度の北の領地での一件、聞き及んでおいででしょう。我が国の領民が、隣国ヴァルツ帝国の騎士に助けられたとのこと。これは、両国の友好を深めるまたとない好機かと存じます」
「うむ、そうだな。それで?」
「つきましては、帝国の騎士殿への感謝と、両国の友好を祝うための晩餐会を、王都で開いてはいかがでしょうか。そして、その席には、当事者であるヴァル-インベルク公爵令嬢も呼び寄せ、陛下に直接、事の次第を報告させるのです。それが筋道というものでしょう」
一見、理路整然とした完璧な口実だった。国王は息子の提案に満足げに頷いた。
「うむ、良い考えだ。すぐに手配させよう」
エドワードは、心の中でほくそ笑んだ。これで、リーファを王都に呼び戻すことができる。彼女の素晴らしい手腕を公の場で称えれば、自分の見る目がなかったという失態も少しは挽回できるかもしれない。そして、もう一度彼女とやり直すきっかけを……。
彼の浅はかな計算のもと、一羽の王家の紋章をつけた伝令鳥が北の空へと飛び立っていった。
◇
その頃、わたくしの領地では森喰らいたちのための新しい餌場作りが順調に進んでいた。村人たちも積極的に協力してくれ領地は活気に満ちている。
「リーファ様!見てください、こんなに木の実を拾いましたぞ!」
「ありがとう!それを山の麓へ運びましょう!」
穏やかで満ち足りた日々。王都での出来事など、もう遠い昔のことのように感じられたその時だった。
空から一羽の鳥が舞い降りてきた。その足に結び付けられた、王家の封蝋が施された羊皮紙を見てわたくしの胸が嫌な音を立ててざわめいた。
ヨハンが、慎重にそれを受け取りわたくしに差し出す。震える手で封を切りそこに書かれた内容にわたくしは目を見開いた。
『――国王陛下の名において、ヴァインベルク公爵令嬢リーファを、王都で開かれる親善晩餐会へ召喚する。北の領地での一件について陛下の御前で直接報告すべし――』
「……王都へ、呼び出し……?」
血の気が、すっと引いていくのがわかった。戻りたくない。あの息の詰まるような場所に二度と。
「……罠ですな」
隣で羊皮紙を覗き込んだヨハンが、低い声で吐き捨てた。
「間違いなく、エドワード王子の差し金でしょう。お嬢様の功績を利用して、体面を保ちつつ、呼び戻そうという魂胆に違いありません」
わたくしも、同感だった。このタイミングでのあまりに不自然な召喚。
どうすればいい?病と偽って、断る?いや、国王陛下直々の命令だ。それを拒めば、ヴァインベル-ク公爵家そのものに謀反の疑いがかけられかねない。
わたくしが答えを出せずにいると、館に思いがけない人物が訪れた。
「……騒がしいな。何か、あったのか」
「アレンさん……!」
彼は、わたくしの手にある羊皮紙と険しい表情のヨハンを見てすぐに事態を察したようだった。
事情を話すと、アレンさんの鋼色の瞳が鋭い光を宿した。
「……王都へ、か。感心しないな」
「アレンさん……」
「王の命令とあれば、逆らうことはできまい。だが、気をつけるんだ。今の君にとって、王都は敵地も同然だ」
彼の声には、隠しきれない心配の色が滲んでいた。それが不安に揺れるわたくしの心を温かく支えてくれる。
そうだ。わたくしはもう昔のわたくしではない。
守られるだけのか弱い令嬢ではない。この領地と、ここに住む民を守るとそう誓ったのだ。
わたくしは、顔を上げた。
「……行きますわ」
「お嬢様!?」
「これは、国王陛下からの命令であると同時に、わたくしがこの領地の代理領主として果たすべき公務です」
わたくしの瞳に宿る決意を見て、ヨハンもアレンさんもそれ以上何も言わなかった。
「ヨハン。王都へ戻る準備を」
「……御意のままに」
不安がないわけではない。エドワード王子やセラフィナと、また顔を合わせなければならないと思うと気が重い。
けれど、逃げるわけにはいかない。
わたくしは、アレンさんにもらった鳥の羽根のお守りを胸元で強く握りしめた。これがあればきっと大丈夫。
自分の足で、胸を張ってあの王都へ戻ってやろう。
わたくしは、遠い王都の空を真っ直ぐに見据え固く心に誓ったのだった。
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