第15話
森喰らいたちの問題が平和的に解決し、領地には安堵の空気が戻ってきた。被害にあった畑の補修も進み、わたくしたちは遅ればせながらの収穫祭を開くことにしたのだ。
「これは、皆で困難を乗り越えたことを祝うお祭りです!今夜は、身分など関係なく、皆で歌って、食べて、笑い合いましょう!」
わたくしの宣言に、村の広場に集まった領民たちから、大きな歓声が上がった。
広場の中央では大きな焚き火が燃え盛り、その周りには村人たちが持ち寄った収穫物や、わたくしが館の皆と作った料理がずらりと並んでいる。もちろん、主役はあの大鍋で焼かれている、特製のポテトガレットだ。
「さあ、どんどん焼いてちょうだい、モーリス!」
「へい、お任せを!リーファ様も、味見ばかりしてないで手を動かしてくださいよ!」
わたくしは、すっかり相棒のようになった料理長と軽口を叩き合いながら、熱々のガレットを皿に盛り付けていく。その活気と喧騒が、心地よくてたまらない。
そんな中、広場の入り口が少しだけ、ざわめいた。
「……」
そこに立っていたのは、いつかの堅苦しい制服ではなく、簡素な旅装に身を包んだアレンさんだった。今日の主賓として、わたくしが特別に招待したのだ。
彼は、あまりの賑やかさに少し気圧されているのか、戸惑ったように立ち尽くしている。その姿がなんだかおかしくて、わたくしは彼のもとへ駆け寄った。
「アレンさん!よく来てくださいました!」
「……ああ。招待に、感謝する」
「さあ、こちらへ!わたくしの自信作を、一番に召し上がっていただきたくて」
わたくしは、アレンさんの手を引き、特等席である焚き火のそばの切り株へと案内した。そして、山盛りのガレットと、果実酒を差し出す。
彼は、最初こそ戸惑っていたが、一口ガレットを口に運ぶと、その顔をわずかに綻ばせた。
「……うまい」
「よかったわ!」
祭りの喧騒の中、わたくしたちは、ぽつり、ぽつりと会話を交わした。彼が故郷で過ごした収穫祭の話。わたくしが王都では決して経験できなかった、こんなお祭りの話。
やがて、どこからか楽しげな音楽が聞こえてくると、村人たちが輪になって踊り始めた。
「隊長!こっち来て、一緒に踊ろう!」
畑仕事探検隊の子供たちが、わたくしの手を引っぱる。
「えっ、わたくしは……」
「いいから、いいから!」
ためらうわたくしは、あっという間に踊りの輪の中に引きずり込まれていた。見よう見まねでステップを踏む。最初はぎこちなかったけれど、皆の楽しそうな笑顔に、だんだんと恥ずかしさも消えていった。
くるくると回り、手を叩き、笑い合う。こんなに心の底から、体を動かす喜びを感じたのは、生まれて初めてだった。
少し離れた場所から、アレンさんが、その光景をじっと見つめていることに、わたくしは気づいていなかった。
(……笑っている)
アレンは、目を奪われていた。子供たちに囲まれ、月明かりと炎に照らされて、無邪気に笑うリーファの姿に。完璧な令嬢でもなく、聡明な領主代理でもない。ただ一人の、光り輝く女性が、そこにいた。
その笑顔を、誰にも曇らせたくない。この場所を、この時間を、自分が守らなければならない。彼の胸に、温かく、そして激しい感情が込み上げてくる。
踊りが一段落し、わたくしが息を弾ませながら輪から抜けると、アレンさんが静かに近づいてきた。
「……楽しそうだったな」
「ええ、とても!アレンさんも、いかがですか?」
「俺はいい」
彼はそう言って首を振ると、懐から何か小さなものを取り出した。
「これを」
「これは……?」
彼の手のひらに乗っていたのは、鳥の羽根をかたどった、素朴な木の彫り物だった。
「俺の故郷の、お守りだ。旅の安全と……幸運を祈るものだとされている」
「……わたくしに?」
「今回の、礼だ。君には、助けられた」
ぶっきらぼうな物言いは相変わらず。けれど、その瞳は、今までにないほど、真剣で、そして優しかった。
わたくしは、そっとそのお守りを受け取った。木の温もりが、じんわりと手のひらに伝わってくる。
「ありがとうございます。大切にしますわ」
胸がいっぱいで、そう言うのが精一杯だった。
祭りの喧騒が、少しだけ遠くに聞こえる。わたくしたちは、ただ黙って、燃え盛る炎を見つめていた。その沈黙が、どんな言葉よりも雄弁に二人の心の距離を物語っているようだった。
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