役立たずの【分解】スキルだとSランクパーティを追放された俺、実はダンジョンの全てを最強装備と資材に変換できると覚醒する ~今更戻ってこいと言われても、地下帝国で美少女達と暮らしているので手遅れです~

@tamacco

第1章:追放と覚醒

第1話 役立たずと言われて、Sランクパーティを追放されました

じめじめとした湿気と、腐肉の混じったような異臭が鼻をつく。

視界の悪い薄暗がりの中、俺――クロム・ウォーカーは、自分の体重の三倍はある巨大な荷物を背負いながら、必死に足を動かしていた。


ここは『奈落の迷宮』。

世界に数あるダンジョンの中でも、最高難易度を誇ると言われる未踏の地だ。


「おいクロム、遅いぞ! もっとキビキビ歩けねえのか!」


先頭を歩く金髪の青年が、苛立ちを隠そうともせずに怒鳴り声を上げてくる。

彼はグラン。この国で唯一『聖剣』に選ばれた勇者であり、俺が所属するSランクパーティ『光の剣』のリーダーだ。


「はぁ、はぁ……ごめん、グラン。でも、さっきのヒュドラの素材だけで、五十キロは増えたから……」

「言い訳すんな! これだから『分解』しか能のない無能は困るんだよ」


グランは吐き捨てるように言うと、隣を歩く魔法使いの女、エリーゼの腰に手を回した。

深紅のローブを纏った妖艶な美女であるエリーゼは、俺を蔑むような目で見下ろしてくる。


「本当ねぇ。私たち『光の剣』は、人類の希望として魔王討伐を目指しているのよ? あんたみたいな荷物持ち(ポーター)のお守りで足を止められるなんて、時間の無駄だわ」


「クロムさん、頑張ってくださいね。神は試練をお与えになるものですから」


後方から声をかけてきたのは、聖女のマリアだ。言葉だけは綺麗だが、その瞳には一切の慈悲も浮かんでいない。彼女は自分に泥が跳ねないよう、結界を張りながら優雅に歩いている。


俺は唇を噛み締め、黙って歩を進めるしかなかった。


俺には、前世の記憶がある。

かつて日本という国で、ブラック企業の社畜として働き、過労死した記憶だ。

異世界に転生した時、今度こそは自由に、幸せに生きたいと願った。

しかし、神様が俺に与えたスキルは【分解】という、戦闘には全く役に立たない地味なものだった。


魔物を倒す力はない。魔法も使えない。

俺ができることと言えば、倒された魔物の死体に触れ、素材ごとにバラバラに解体することだけ。

皮、肉、骨、魔石。

普通ならナイフを使って数時間はかかる解体作業を、俺の【分解】なら一瞬で終わらせることができる。

それだけが、俺の唯一の取り柄だった。


だから俺は、荷物持ち兼、素材回収係としてこのパーティにしがみついてきた。

いつか、分け前をもらって田舎でスローライフを送るために。

罵倒され、雑用を押し付けられ、盾代わりに前に出されても耐えてきたのだ。


「……よし、今日はここまでにするか」


迷宮の地下99階層。

ボス部屋の前にある広大なセーフティエリアに到達したところで、グランが足を止めた。

俺はようやく荷物を下ろし、荒い息を整える。肩に食い込んでいた背負子(しょいこ)のベルトの跡が、ジンジンと熱を持って痛む。


「水……食料の準備を……」


休憩する間もなく、俺は食事の支度に取り掛かろうとした。

だが、その時だ。


「いや、必要ない」


グランの冷徹な声が響いた。

顔を上げると、焚き火の準備もせず、グラン、エリーゼ、マリアの三人が俺を取り囲むように立っていた。

その表情にあるのは、嘲笑と、冷酷な決意。


「え……? どういうことだ、グラン?」

「単刀直入に言おう。クロム、お前はここでクビだ」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

思考が真っ白になる。


「ク、クビって……パーティを追放するってことか? こんな場所で?」

「そうだ。俺たちはこれから100階層のボス、『深淵の魔龍』に挑む。そこでお前のような足手まといを連れていく余裕はない」


「待ってくれ! 俺がいなくなったら、誰が荷物を持つんだ? 誰がポーションを管理して、誰が魔物の素材を回収するんだよ!」


俺の必死の抗議に、魔法使いのエリーゼがクスクスと笑った。

彼女は自分の指にはまった指輪を、見せつけるように掲げる。


「ふふっ、心配ご無用よ。実はね、さっきの宝箱から出たの。『亜空間の指輪(アイテムリング)』がね」

「なっ……!?」


アイテムリング。

それは、無限に近い容量の荷物を亜空間に収納できる、伝説級の魔道具(アーティファクト)だ。

これさえあれば、重い荷物を背負う必要はない。素材も食料も、全て指輪一つに収まる。


「そういうことだ。お前という『荷物運搬機能』は、より高性能なマジックアイテムによって不要になった。お役御免ってやつだ」


グランがニヤニヤと笑いながら俺に近づいてくる。

俺は膝から力が抜け落ちそうになるのを必死で堪えた。

アイテムリングが出たのなら、確かに俺の役割の大半は失われる。

だが、それでも仲間として、共に旅をしてきた情はないのか。


「ま、待ってくれ。解体はどうするんだ? 【分解】スキルがなきゃ、高ランクの魔物の硬い皮は剥げないだろ?」

「あー、それな。もういいんだよ、素材とか」


グランは面倒くさそうに頭を掻いた。


「俺たちはもうSランクだ。国からの支援金だけで一生遊んで暮らせる。小汚い魔物の死体を漁って小銭稼ぎなんて、勇者パーティの品位に関わるんだよ」

「そんな……」

「それにマリアが言ってたぜ? お前のその陰気なスキルが、パーティの運気を下げてるんじゃないかってな」


聖女マリアに視線を向ける。彼女は慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべたまま、残酷な言葉を紡いだ。


「ええ。あなたの【分解】は、神聖な生命を冒涜する穢れた力ですわ。これ以上一緒にいると、神のご加護が薄れてしまいますの。ごめんなさいね?」


心臓が早鐘を打つ。

怒りで体が震えた。

こいつらは、俺がこれまでどれだけ貢献してきたか、何一つ理解していない。

野営の準備、装備のメンテナンス、見張り、毒見、そして戦闘中の弾除け。

華々しい戦果の裏で、どれだけの泥をすすってきたか。


「……わかった。わかったよ」


俺は拳を握りしめ、声を絞り出した。


「追放を受け入れる。だが、報酬はどうなる? 今までの積立金と、今回の依頼の報酬だ。それさえくれれば、俺は一人で地上に戻る」


パーティには、引退後のためにと俺の報酬の一部を預けてあった。

それなりの大金になっているはずだ。

それに、ここから地上へ戻るには転移クリスタルが必要になる。それを買うためにも金がいる。


しかし、グランは信じられない言葉を口にした。


「は? 何言ってんだお前」

「え?」

「報酬? そんなものあるわけないだろ。お前みたいな無能をSランクパーティに置いてやってたんだ。むしろ『研修費』として徴収したいくらいだぜ」

「ふざけるな! 約束が違う!」

「うるせえな! 大体、その装備だって俺たちの金で買ったもんだろうが!」


ドカッ!

グランの蹴りが俺の腹に突き刺さる。

俺は地面に転がり、咳き込んだ。


「がはっ……!」


「おい、身ぐるみ剥げ。そいつが持ってるナイフも、防具も、ポーションも、全部置いていけ」

「ちょ、待て……! 装備がなかったら、こんな迷宮の深層で生きていけるわけが……!」


「知ったことかよ」


グランの合図で、エリーゼが魔法で俺を拘束する。

身動きの取れない俺から、彼らは手際よく装備を奪い取っていった。

腰に差していたミスリルの解体ナイフ。

防御力の高い竜革のジャケット。

非常用のポーションが入ったポーチ。

なけなしの小銭入れまで。


俺に残されたのは、ボロボロの布の服一枚だけだった。


「みじめねぇ、クロム。まるで道端のゴミみたい」

「神よ、この哀れな子羊に安らかな死をお与えください……アーメン」


三人は嘲笑いながら、奪った装備をアイテムリングに放り込む。

そして、グランが懐から青く輝く結晶を取り出した。

地上への『帰還の転移石』だ。


「じゃあな、クロム。魔物の餌として、精々役に立ってくれや!」

「あばよ、役立たず!」


「待て! 置いていかないでくれ! 頼む!」


俺の叫びも虚しく、光が彼らを包み込む。

空間が歪み、三人の姿がかき消えた。


あとに残されたのは、静寂と闇。

そして、絶望だけだった。


「…………はは」


乾いた笑いが漏れる。

ここは何処だ?

『奈落の迷宮』地下99階層。

Sランク冒険者でさえ、万全の装備で挑まなければ即死する魔境だ。


武器なし。防具なし。食料なし。

あるのは、戦闘に使えない【分解】スキルだけ。


「詰んだ……な」


膝から崩れ落ちる。

悔しさが涙となって溢れ出た。

信じていた。仲間だと思っていた。

いつか認められると、そう思って尽くしてきたのに。

その結果がこれか。


「許さない……」


地面を爪で掻きむしる。


「絶対に許さないぞ、グラン、エリーゼ、マリア……!」


復讐心だけが、冷え切った体を燃え上がらせる。

だが、現実は非情だ。

このままでは、1時間も経たずに魔物に見つかり、食い殺されるだろう。

いや、飢えや渇きで死ぬのが先か。


その時だった。

ズズズ……と、重苦しい地響きが聞こえてきたのは。


顔を上げると、通路の奥から巨大な影が近づいてくるのが見えた。

金属質の光沢を持つ、六本の脚。

鋭利な鎌のような爪。

全身が鋼鉄のような甲殻で覆われた、巨大な蜘蛛の魔物『アイアン・スパイダー』だ。

通常種ですらAランク相当。ここは深層だから、変異種かもしれない。


「……くそっ、もうお出ましかよ」


俺は震える足で立ち上がった。

逃げ場はない。後ろは壁だ。

武器もない。拳で殴っても、あの鋼鉄の甲殻には傷一つつけられないだろう。


(死ぬのか……俺は。また、何も成せずに)


嫌だ。

死にたくない。

あいつらを見返すまでは、絶対に死ねない!


『シャアアアアアアッ!』


アイアン・スパイダーが奇声を上げ、俺に向かって跳躍した。

死が迫る。

スローモーションのように視界が流れる。


俺の本能が、生存への渇望が、魂の奥底にある【スキル】に叫びかけた。


――使え。

――使えるものは何でも使え。

――分解しろ。目の前の脅威を。


俺は無意識のうちに、飛びかかってくる蜘蛛の、その硬い脚へと手を伸ばしていた。

普段なら、死体に対してしか発動しないスキル。

生きている魔物には、魔力抵抗(レジスト)があって通じないはずの力。


だが、今の俺にはそれしか縋るものがない。


「【分……解】ッ!!」


渾身の魔力を込め、俺は叫んだ。

手のひらがアイアン・スパイダーの脚に触れた瞬間。


バヂヂヂヂッ!!


脳内で何かが弾ける音がした。

それと同時に、視界に無機質な文字が浮かび上がる。


『条件達成。ユニークスキル【分解】が覚醒しました』

『対象の魔力抵抗を無効化。構造解析を開始……完了』

『対象:変異種アイアン・スパイダーを【分解】します』


次の瞬間。

俺の目の前で、信じられない現象が起きた。


鋼鉄よりも硬いはずのアイアン・スパイダーの巨体が、まるで砂の城が崩れるように、一瞬にしてバラバラに砕け散ったのだ。

いや、砕けたのではない。

きれいに『素材』へと還元されたのだ。


カラン、コロン……。


地面に転がったのは、不純物が一切ない最高純度の『ミスリルインゴット』の山と、輝く『上級魔石』。

そして、綺麗に精肉された肉の塊だった。


「は……? え……?」


俺は呆然と自分の手を見つめる。

今、何が起きた?

生きたままの魔物を、一撃で分解したのか?

しかも、ただ解体しただけじゃない。

本来ならアイアン・スパイダーから採れるはずのない、加工済みのインゴットになっている。


『スキル覚醒により、新たな権能【創造】が解放されました』

『分解した素材を用いて、新たな物品を作成可能です』


頭の中に響くシステム音声。


「【創造】……?」


俺は震える手で、足元に転がるミスリルインゴットを拾い上げた。

ずっしりとした重み。

これは、最高級の武器の素材だ。

これがあれば……。


俺の中で、絶望が急速に希望へと、そして野望へと書き換わっていくのを感じた。


「そうか……そういうことか……!」


俺はニヤリと笑った。

かつてない力が、体の中から湧き上がってくる。

ダンジョンにあるすべてが、壁も、罠も、そして魔物さえも。

俺にとってはただの『資材』だ。


「見てろよ、グランたち。俺を捨てたことを、地獄の底で後悔させてやる」


暗い迷宮の底で、俺の逆転劇が今、幕を開けた。

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