アウロセッタにて

少女を保護した三人は、

焔の草原を越えて、

小さな村へと足を踏み入れた。


木造の門はどこか古びていたが、

中に入ると——

ふしぎなことに、空気が少し明るくなった。


灰色がかった空が、

ごくわずかに空の色を取り戻したようだった。


サニーが小さくつぶやく。

「……この世界、さっきより明るくなってるね。」


リノは頷いた。

「観測が変われば、世界も変わる……そういう構造なのかもしれない。」


少女の手を引いて歩いていると、

家々の間から、二人の大人が駆け寄ってきた。


「――メイ!!」


少女が叫ぶ。

「お母さん、お父さん……!」


母親が涙を浮かべて少女を抱きしめる。

父親は深く頭を下げた。


「ありがとうございます……!

本当に、本当に助けていただき……!」


ルナは優しく微笑み、

少女の背中をそっと撫でて言った。


「無事でよかったわ。きっとすごく怖かったでしょう。」


父親は震える声で礼を述べ、

少女の手を握ったまま家の方へと戻っていった。


その光景は短いものだったが、

確かな温度があった。


そして、

三人はようやく村の奥へと足を進める。



村の中には小さな市場があり、

木製の看板に手彫りの絵が並んでいる。


だがその温かい雰囲気の裏で、

すぐに“違和感”が目に入った。


人々の首元には、

金属の首輪をつけた者たちが数人いた。


子供も、大人も、男女も。

皆うつむき、黙々と運搬作業をしている。


サニーが足を止める。

「……これって。」


ルナが静かに答える。

「奴隷制度。

この世界の階層では、どうやら“当たり前”みたいね。」


リノは表情を曇らせた。

「Nではすでに廃止された制度なのに……。

ここは“似ている別の世界”なのか。」


それでも、

通貨はNと同じ単位を使っていた。


ただし物価は驚くほど安い。

市場の店主に聞けば、

「電子マネーのみ対応」とだけ返ってくる。


リノは首を傾げる。

「電子マネー……使えるのか?

あのDP、対応してるかな……」


サニーが肩をすくめた。

「とにかく試してみよ?

今は寝る場所を探す方が優先だし。」



アウロセッタには宿屋が三軒ほどあった。

どれも木造の質素な建物だが、

窓から漏れる灯りは温かい。


「とりあえず……今夜はここで休もう。」

リノが言うと、ルナも頷く。


「長い一日だったわね。

明日、この世界についてもっと調べましょう。」


サニーが笑う。

「今日は眠ったら、一瞬で朝になりそうな予感。」


焔の草原での救助、

初めての戦闘、

そして見知らぬ世界の村。


三人は、新しい冒険の入口に立っていた。


ここ——

アウロセッタが、

この世界の最初の拠点となる。



村の門をくぐり、

アウロセッタの石畳を歩きはじめた瞬間、

リノたちはこの世界の“生活の音”を実感しはじめた。


焔草は足元で揺れ、

風に合わせて橙色の光をちらちらと散らしている。

その光はまるで村全体を照らす暖炉のようで、

危険よりも不思議な安心感を与えていた。


通りには、

市場に向かう村人、

家から出てきた母親と子ども、

商品を運ぶ青年の姿があった。



そして奴隷として、

荷物を運ぶ人、

店の裏で作業する人、

畑に向かう人。


彼らは皆、静かに、

与えられた役割を淡々とこなしていた。


サニーが小声で言う。

「……なんか、胸が痛むね。」


ルナも表情を曇らせる。

「制度として固定化されているみたいね。

でも、彼らが“生きている世界”として認識されている……」


“ただのNPC”ではない。

ここにも観測者がいる、この世界の住人として。


リノは少し考え、

Dream Phoneを確認するように視線を落とした。


「……Dream Payがこの世界で使えるのは幸いだね。」


サニーが驚いたように振り返る。

「え、これリノの調律が影響してるの?」


「うん。

端末が世界の内部データと繋がったとき、

“通貨体系の互換性”が自動生成されたっぽい。

つまり——」


リノは空中に浮かぶ小さなDP画面を指で弾く。


「どの世界でも、支払いはDream Payで共通化された。

“記録媒体に残っている世界データ全て”に対応するようにね。」


ルナが静かに息を吐く。

「便利だけど……逆に言えば、この世界が想像よりずっと“大きいネットワーク”に繋がっているということね。」


サニーは周囲を見渡す。

焔草の間を歩く村人、

市場で値段を確認する女性、

小さなパン屋から漂う小麦の香り。


「でも……意外と、普通の生活なんだね。」


「そうだね。」とリノ。

「奴隷制度以外は、Nの初期時代とも似てる。」


三人は市場を抜け、

広い通りを進む。


焔草は光を放ちながら道を縁取り、

村全体がまるでオレンジ色の灯で彩られているようだった。


「今日泊まる宿……このあたりかな?」

サニーが店の看板を指さす。


木造の宿屋。

温かい光が窓から漏れて、

村の暮らしの1ページとしてそこに存在していた。


「アウロセッタ……

きっとここから、この世界の“本当の姿”が見えてくるはずだね。」

リノは静かにそうつぶやく。


焔草がまた揺れ、

わずかな夕風が三人の頬をなでた。


その光は——

どこか、優しい世界の始まりのように見えた。

 


 


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