第33話 婚約と戴冠

 巨人族の習慣として、当人同士の婚約というものは存在しない。


 婚姻は家と家を繋ぐものであり、基本的に親同士、または片側の親の言う通りに婚姻は執られる。


 ここに来て、カミーユはエトナ姫とどのように婚約を結ぶべきか悩んだ。

 父王ゾンネ陛下に婚姻の許可、要望は受けている。

 問題はエトナ姫の気持ちを確かめ、カミーユの思いを伝えることであった。


 夜半、カミーユは寝台で目を覚ます。フローラたちは眠っており、そっと寝台を抜け出そうとする。


「ロラン男爵。どちらへ」

 騎士クラリスがカミーユに囁き声をかける。


「騎士クラリス。起きていらっしゃったのですね」

 カミーユは巨人の巨大な寝台の上で、体を起こす。


「エトナ姫のところへゆかれるのですか」

 カミーユは動きを止める。クラリスは言葉を続ける。


「見ていれば分かります。フローラも、気がついていると思いますよ」

 クラリスは、従者の名を出した。



 カミーユはクラリスの意をはかる。

「騎士クラリス。私の行いに、何かご意見がありますか」


 クラリスは目を閉じ答える。

「ロラン男爵が皆の幸せを考えていらっしゃることは分かります。そして、それが忠節の心によって形作られていることも分かります。ですが」


 クラリスは一度口を閉じ、再度開く。

「あなたの周りの人の心は、必ずしも正しさを選ぶことはできない。ロラン男爵、それを心に留めていただきたく思います」



 カミーユは自らの周囲の女性たちを思う。


 エトナ姫から向けられる思慕の愛。

 従者フローラから向けられる忠誠の愛。

 サラ・ハイアン侯爵から向けられる情熱の愛。

 ロザリア侯爵令嬢から向けられる幼い愛。

 騎士クラリスからは、わずかに、叱咤する愛。


 それら全てが愛おしく。それら全てに応えようと、心の中で誓った。


 思考の海から浮かび上がり、カミーユは尋ねる。

「騎士クラリス。あなたは私の直接の麾下にはなく、此度の任務で共になっただけです。何故それほど踏み込んだお話をしてくださるのですか」


 騎士クラリスは答える。

「私も、必ずしも正しさを選ぶことができないということです。さあ、エトナ姫が待っていらっしゃいますよ」

 クラリスの声に押され、カミーユは寝台から飛び降りた。無論、音は立てない。


 カミーユは部屋の窓に手をかける。そして、カミン王子より託された指輪に、自らが持っていた金の鎖を通し、首に下げた。


 カミーユは戦士の大樹の表皮を掴み、降りる。カミーユの圧倒的な握力は、壁面のほんの僅かな変形を掴み、移動することができる。


 カミーユはそのまま豆の蔓の裏側を掴み行き、王宮の大樹にたどり着く。


 ここを昇るのは二度目。もちろん、カミーユはあの窓を忘れては居なかった。

 カミーユは大樹の垂直な壁面を攀じ登り、エトナ姫の部屋の窓に到達する。


 窓は開いていた。カミーユは静かにエトナ姫の部屋に侵入する。


 すると、エトナ姫が寝台に座り、窓の方を見つめていた。


「なにか予感がありました。カミーユ卿、あなたは夜風も似合いますね」


「夜半の侵入のご無礼をお許しください。エトナ姫、あなたにお伝えしたいことがあり、罷り越しました」

 エトナ姫の言葉に、カミーユは答えた。


 カミーユは、片膝を付き、早速告白する。

「エトナ姫、あなたを愛しております。私と王国へ行き、共に暮らしていただけますか」

 そして、エトナ姫に、金の鎖に通された指輪を捧げる。


 エトナ姫は寝台の上で震えた。そして涙を流す。

「カミーユ卿。私はこのようなことは初めてです」


 カミーユも言葉を告げる。

「エトナ姫、私もこのようなことは初めてです。どうかその涙が、悲しみのものでは無いことを願います」


 カミーユは神ではなく人に祈った。彼女はそれを受け入れた。

「カミーユ卿。ありがとうございます。私は世の物事を知らぬ昧者です。あなたにこの身を捧げることしかできません」


 エトナ姫は金の鎖と指輪を受け取る。

「私に御身をお預けくださりありがとうございます。エトナ姫。必ずやお幸せにいたします」

 エトナ姫はカミーユに抱きついた。カミーユの体はエトナ姫より小さいが、その逞しさはまるで大樹のようであった。


「カミーユ卿。あなたを私の大樹とさせてください」

 これは巨人族の求婚の告白であった。カミーユは手を伸ばし、エトナ姫の腰を抱きしめた。


「エトナ姫、私はひと足先にベラルーン王国へ戻り、姫を迎える準備をいたします。その後、迎えに参ります。お待ちいただけますか」


「待ちます。カミーユ卿。あなたのお戻りを、私は待ちます」


 そうして、エトナ姫の心を確かめたカミーユは、今宵は御暇することとした。互いに、互いを思う時間が必要であると感じたのだ。



 数日たち、カミン王子の戴冠の日がやってきた。


 巨人族の冠は、木の花の枝でできており、カミン王子の笑顔によく似合った。


 噂に聞く王弟アルゴとその息子ドブルを、カミーユは初めて見た。しかし、そんなことよりも、美しく着飾るエトナ姫が心を占めた。


 父王ゾンネがカミンに告げる。

「皇太子カミンよ。今日よりそなたは王となる。勇者を従える証をここへ」


 カミンは黒鉄の飛竜の毒針を、ゾンネの座る玉座の隣に突き刺した。


 ゾンネはその毒針を取っ手にし、玉座から立ち上がり、席を譲る。


 カミンはゾンネが隣に立つ玉座に腰を下ろした。

「余はこれよりカミン王を称す。異議ある戦士はあるか」


 戦士たちは黙って王を見つめた。

 王弟アルゴとその息子ドブルも黙っていた。

「余の後見を、千人戦士ダノン、同じく千人戦士カミーユに下命する。二人とも。余に尽くしてくれ」

 ダノンとカミーユはそれぞれ頷いた。

 ベラルーン王国の式典と違い、王の眼前に出ることはなかった。


 カミン王は、言葉を続けた。

「早速、余の後見人たる千人戦士カミーユから、余の国の国号を決めてはどうかと言があった。余はここに、余の国をガルヘルムと発することとする」


 巨人の戦士たちに戸惑いがあった。


 しかし、しばし後に歓声が上がった。

 ガルヘルムの戦士か。悪くない音だ。戦士たちの評は上々であった。

 そうして、戴冠式は終りを迎えた。


 カミーユは振り返り、従者フローラと騎士クラリスの姿を見つめた。


 巨人族のお針子たちは、器用に小さなドレスをあつらえ、彼女らに着せていた。


 従者フローラの碧色のドレスは輝くようで、彼女が従者であることを忘れさせた。


 騎士クラリスの藍色のドレスは深く沈み、彼女の知性を伺わせた。


 みな、カミーユが幸せにしなければいけない者たちである。カミーユにはそう感じられた。



 戴冠式のあとには、戦士たちの祝宴があった。戦士たちはその全員が集まっているようで、巨大な祝宴場には、千人近い戦士たちが集まっていた。


 千人戦士ダノンと千人戦士カミーユは、王の左右に座らされ、戦士たち一人ひとりから、祝いの言葉を受けた。

 その言葉を受けるだけで、数時間は過ぎた。


 挨拶が終わった頃、カミン王は言葉を発した。

 皆、それに注目する。

「千人戦士カミーユは、ベラルーン王国へ帰る。だがこれは後見人としての任を放棄したわけではない。余は、千人戦士カミーユが、ベラルーン王国と、我等が国ガルヘルムのかすがいとなることを望む」

 戦士たちはジョッキを掲げ呼応した。

 千人戦士カミーユの武勇は、カミーユの行動を自由にさせた。


 こうして、カミーユとエトナ姫の婚約、カミン王子の戴冠はなり、カミーユは帰国の途についた。

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