第13話 従者への愛
館にたどり着いた時、カミーユはまるでボロを纏ったような姿になっていた。
剣で切られた服が崩れたのだ。
しかし、カミーユは自らの服装を気にもせず叫んだ。
「フローラ、フローラ。無事ですか」
返事はなかった。
フローラは王宮の仮住まいに帰ったか。
否。
フローラはカミーユの帰りを待つと言った。彼女はカミーユと交わした約束を違えたことはない。
門を開ける。鍵はかかっていなかった。
カサリと音がした。扉の内側に、紙が一枚、ナイフで突き立てられていた。
「従者を救いたければ、運河脇の倉庫まで来ること」
紙にはそのように書かれていた。
カミーユは、館に入り、師を秘密の書斎に戻した。
これから起こるであろうことは危険なことに違いなかった。
小さな師をそのような目に会わせるわけにはいかない。
小さなカワウソの師匠は黙っていた。弟子に起きた試練。
これを師の力を借りることなく解決するように、試しているようだった。
カミーユは新しい普段着に着替え、剣を佩き、夜の王都に駆け出た。
王都の運河には荷揚げ場があり、倉庫が立ち並んでいる。
夜は運河を行く船もなく、倉庫は静まり返っていた。
カミーユは、物陰から倉庫の様子を探る。
カミーユの聴力は常人をはるかに上回る。
離れた距離でも、話し声と心音が二十以上聞こえる。
話の内容は、暇を互いに嘆くものや、女、フローラに対してやましいことをしようと企むものだった。
しかし、そんな下世話な話を、断ち切る声が聞こえる。
「静かにしろ。お前たち。閣下の意向はあくまで人質を丁重に扱うことだ。その命に逆らうものは、今ここで俺が切る」
「そんな。旦那。勘弁してくださいよ」
旦那と呼ばれた声は、カミーユを打ちのめした剣士のものだった。
やはり、かの剣士とフローラを拉致したものたちは、共謀していたのだ。
カミーユはどうしたものかと考える。
あの剣士がいなければ、一度に全員を相手にし、フローラを救うことも叶っただろう。
けれども、その作戦は使えない。
剣士に時間を稼がれ、フローラを人質に取られれば、カミーユにはなす術がないからだ。
カミーユは被りを振った。考えていても仕方がない。
すでにフローラは人質に取られているのだ。まずは相手の言う通りにするしかない。
カミーユは、倉庫に向かって、ゆっくりと歩みを進めた。
「止まれ」
倉庫の中から、カミーユに向かって声が放たれた。
カミーユは歩みを止めた。
「剣を置いて、ゆっくりと中に入ってこい。いいか、ゆっくりとだ」
カミーユは剣帯を外して剣を置く。
命ぜられる通り、ゆっくりと倉庫の扉をくぐった。
中は薄暗かったが、カミーユの瞳は暗がりも昼間のように明るく感じることができる。
フローラが倉庫の片隅で後手に縛られている。意識はないようだが、小さな呼吸音が聞こえた。
カミーユは安心し、残りのものどもを見た。
港湾労働者とも、盗賊とも見られる男たちが、フローラを背に、カミーユを取り囲んでいた。
男たちの中には、風変わりなものが二人いた。
一人は剣士。先ほどカミーユが戦った相手だ。
一人は魔法使い。魔法使いの証である杖を持ち、こちらの様子を伺っている。
その魔法使いが口を開いた。
「カミーユ。カミーユ・ロラン男爵に相違ないな」
「はい。私がカミーユです」
カミーユは魔法使いの目を見ないようにして答える。魔法使いの中には、瞳術。瞳の力で魔法を使うものがいると、聞いたことがあるからだ。
「よろしい。私の言うことを聞けば、その従者は自由にしよう」
カミーユは、その言葉に嘘を感じなかった。
「良いでしょう。要求は何ですか」
すると、数人の男たちが、じゃらじゃらと音のなる鎖を持ってきた。
その先には、金属製の手枷と足枷が付けられている。
「まずはこれを身につけてもらおう。そして、我々が連れてゆく場所に、しばらく留まってもらうことになる」
カミーユは魔法使いに言葉を発する。
「わかりました。その前に、フローラと話をさせてください」
「良かろう。逃げようとすれば、まずはその従者が害されると思うように」
魔法使いは、後ろの剣士に合図する。
剣士はフローラの後ろに立った。
カミーユはフローラを抱き寄せ、縄を千切った。
そして、自らの血から魔力を汲み上げ、フローラに注ぎ込む。
フローラの血色が明るくなり、やがて目を覚ました。
「カミーユ様。ああ、カミーユ様」
フローラは、カミーユの顔を見て涙を流す。
「フローラ。安心なさい。あなたの身は私が守ります」
カミーユはフローラを抱きしめると、立ち上がった。
「私の手枷足枷と、フローラの解放。どちらを先にいたしましょう。私としては、フローラの解放を先に行っていただきたいです」
カミーユの堂々とした態度に、周囲の男たちは毒気を抜かれる。
「カミーユ卿。従者の解放後、大人しく手枷足枷を付けることを誓うか」
魔法使いは言葉を放つ。魔法には、言葉が力を与えるものも数多い。
「誓います。さあ、フローラを解放しなさい」
カミーユの態度は、気高く光に満ちており、悪党たちの心まで魅了しかけた。
「わかった。従者よ。どこへなりとも行くが良い」
魔法使いはフローラに向かって言う。
フローラは首を振ってカミーユに抱きついた。
「嫌です。フローラもお側におります」
カミーユは厳しい視線で従者に命じる。
「いけません。フローラ。あなたは屋敷に戻り、引越しの手筈を進めなさい。私もすぐに戻ります」
カミーユはそう言うと、従者を倉庫の扉から外に出した。フローラは、何度も振り返りながら、街へと歩んで行った。
カミーユは男たちに振り返る。
「さあ、手枷と足枷を付けましょう。お手伝いが必要ですか」
カミーユは、重たい金属でできた足枷を自ら付け、続いて手枷を支えて、男たちに閉じさせた。
「次はどこかへ移動するのでしたね。目隠しは必要でしょうか」
場を仕切るカミーユに、魔法使いが口を挟む。
「ああ、そうだ。目隠しをして、荷車に乗り、付いてきてもらう」
こうして、カミーユは、虜囚の身となった。
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