第3話 二人の旅

 雪解けでぬかるむ街道を、二頭の騎馬がゆく。


 騎士カミーユと、従者フローラ。二人は王都モスカウに続く街道を進んでいた。


 王都までは十日ほどの行程になる。初春を迎え、道脇の緑は増し、若草の香りを感じる。


 カミーユとフローラは、街道沿いの村々の教会に泊まり、時には野営をしつつ、旅を続けた。


 フローラは、野営は何度も経験していたが、二人きりと言うと初めてのことだ。

 焚き火を見つめ、どこか心細さを感じた。


 春先とは言え、まだまだ朝夕は寒さが厳しい。

 フローラが主人の方を見ると、目が合った。


 カミーユは、まるで謎謎が解けたかのように、フローラに微笑んだ。


「まだ寒い時分ですものね。いらっしゃい。フローラ」

 カミーユはフローラを自らの寝床に招いた。カミーユの体には魔力の込められた血が流れており、たとえ冬の寒さでもその暖かさは失われない。


 初めは畏れ多いと、フローラは遠慮がちであったが、旅を続けるうち、今では大人しくカミーユに抱かれている。


 寝床では、普段と違う空気が流れ、フローラはカミーユに話をせがんだ。


 ただの村娘で、少し聡いだけで従者となったフローラと比べて、カミーユの経歴は俄かに信じられるものではなく、少女の好奇心を刺激した。


 カミーユは、どこからお話ししましょうか。と、この可愛い従者の望みに応えることにした。


 カミーユは従者の背中から抱きしめる。カミーユの温かな体温がフローラに伝わる。

「私は生まれた時、一人でした。周囲に誰もおらず、洞窟の中にいました」

 フローラはカミーユの体温を感じる。温かく溶けるような感覚に身を任せ、尋ねる。

「お一人で、ですか。それはどういうことでしょうか」


 カミーユは従者に答える。

「私は生まれた時の記憶を持っているのです。初めて目を開けた時、母も父もそこにはいませんでした」

 フローラは驚いたが、それは事実であろうと思った。自らの主人がその様な嘘を言うはずがないと知っているのだ。


 カミーユはフローラの癖のある茶色の髪の後ろ髪に口を付けてから、言葉を続ける。

「私は四つ足で歩き、その洞窟から離れました」

 フローラはカミーユの吐息に戸惑いながらも尋ねる。

「カミーユ様は、生まれてすぐに歩けたのですね」


 カミーユの右手がフローラの腹に触れる。

「はい。そうです。外に出て、周囲は森で、時刻は夜のようでした。けれども、私にはその森が明るく見えました」

 フローラは身を捩らせ、カミーユに話しかける。

「カミーユ様は、その頃からお目が良かったのですね」


 カミーユは左腕でフローラの肩を抱いた。

「歩くと、村の灯が見えました。近づくと木戸があり、中から男性。司祭様が顔を見せたのです」

 フローラの吐息はカミーユの腕に当たる。

「その方が、カミーユ様の養父になられる司祭様ですね」


 カミーユはそのまま耳元で囁く。

「はい。私はカミーユと名付けられ、その司祭様の子となりました」

 フローラはくすぐったさに身を震わせながら尋ねる。

「カミーユ様は、生まれたその日のことを覚えて、いらっしゃるのですね」


 カミーユは目を伏せ、従者の肩を唇でなぞった。

「覚えています。その後すぐに立って歩いてことも、木剣を握ったことも」

 フローラには、主人の寂しさが感じられた。自身の首筋から伝わって来たのだ。

「それは、喜ばしいこと、では、なかったのですか」


 カミーユはかすれた声で話す。

「私は五歳になることには、司祭であり、村一番の戦士でもある養父を、木剣を持って打ち倒しました。皆に喜んでほしかったのだと思います」

 フローラは自身に回されたカミーユの腕を擦る。

「カミーユ様」


 従者に励まされ、カミーユは言葉を続ける。

「私のような子どもは、他にいませんでした。その後、私は戦士として、戦い続けることになったのです。そして、武勲により、騎士に叙されました。けれど」

 フローラはカミーユの孤独を知った。後ろを振り返り、カミーユを抱く。

「カミーユ様。カミーユ様はお一人ではありません。フローラが、フローラがおります。ずっとずっと、近くにおりますから」


 カミーユはフローラを抱きしめ、額にキスをした。

「ありがとう。フローラ。これからもよろしく頼む」

 カミーユはその指をフローラの指に絡ませ、身を起こした。

 組み伏せられたフローラは、カミーユの瞳を見上げ、カミーユのその長い睫毛に視線が吸い寄せられた。



 冷ややかな朝の空気がフローラを撫でる。

「おはようございます。フローラ。朝食をとって、出立いたしましょう」


 フローラは、寝過ごしたことに気づき、顔を真っ赤にして飛び上がった。

 そして、昨晩のことを思い出し、さらに顔を真っ赤に染めた。

 これ以上無い恥ずかしさを覚え、フローラは体が固まってしまった。


「フローラ。粥が冷めてしまいます。早く起きてください」


 フローラは後悔する。昨夜のことがあったとは言え、フローラは主人であるカミーユに、朝食の用意をさせてしまったのだ。


 そのことを詫びると、カミーユは笑って答えた。

「フローラは長旅は初めてでしょう。疲れが溜まるのは仕方のないことです。夕飯はお願いしますね」

 カミーユは微笑んで従者を見やる。


 フローラは、寝床にいる時のカミーユ様と、普段のカミーユ様は少し口調が違うなあ。と、主人の顔を惚気て見ていた。


「わかりましたか。従者フローラ」

「はい。わかりました。騎士カミーユ」

 そうして、二人はお互いに笑い合い。朝食を取った。


 こうして、騎士と従者、二人の旅は続いた。


 しかし、そんな二人の旅も、長くは続かなかった。

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